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『スティグマータ』 近藤史恵 (新潮社)2016.07.12 Tuesday
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早く読みたい気持と読み終えるのがもったいないという気持ちが交錯してハイテンションな読書体験が余儀なくされます。
前作『キアズマ』にて大学の自転車部を描き、斬新でもあってけれどスピンオフ的な作品という捉え方をされた読者も多かったことであろうと思われます。
そして本作、あのチカこと白石が語り手で最初から最後まで読者を誘ってくれ、いわばプロのサイクルロードレースの王道作品として堪能させてくれます。
舞台はヨーロッパ、ツール・ド・フランスのシーズンが始まるところから物語がスタートしますが、知らぬうちにチカもベテランの域に達しており、いつまで現役選手としてやっていけるのかという瀬戸際に立たされているという境遇が読者にとって驚きでもあり切迫感が伝わってきます。
日本から伊庭もヨーロッパに活躍の場を求め渡るのですが、伊庭の立場とチカ(アシスト役)の違いを心情吐露する描写が印象的です。
物語は冒頭でかつての偉大な選手でドーピングの事件を起こして今季復活を期するメネンコらの依頼がミステリアスでページを捲る手がとまりません。
本作の醍醐味はやはりサイクルレースの過酷さと実態(選手の役割)を的確な描写で行っている点で舌を巻いてしまいます。
メネンコを取り巻く事件の内容もハッとさせられる内容であったし、期待を裏切らない内容であったことは素晴らしい。
次はチカの恋愛を絡めた話や彼のイストワールのさらなる完成も読んでみたいが、本作でチカと再会できたことを作者に感謝したいなと思う。
このシリーズの最も凄いところは、再びシリーズを読み返したいという衝動に駆られる点に尽きるのであろう。
評価9点。
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『はぶらし』 近藤史恵 (幻冬舎文庫)2015.12.29 Tuesday
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脚本家として生活する鈴音の下に高校時代の友達である水絵から突然電話がかかってくることから物語が始まる。
水絵は離婚し子連れでリストラにあったばかりで、一週間だけ泊めて欲しいと泣きついてくる。しぶしぶ承諾したところから物語が動き出すのであるが、予想通りの展開と言えばそれまでですが、やはり秀逸なのはタイトル名となっている“はぶらし”に関するエピソード。これは読んでのお楽しみであるけれど、節操のない水絵の心情を最も表わしたエピソードで、読者並びに鈴音は開いた口が塞がりません。
その後はお決まりのパターンと言えばそれまでなのですが、予定通りに滞在が延期されます。読んでいてやはり子供(耕太君C)が可哀想ですね。あとは女性読者がどちらに共感というか同情するかによって捉え方も違ってくるのでしょう。リストラ、DVもっと言えば結婚して子供を持つことの意義について考えさせられます。一見、鈴音が利用されたようにも見受けれますが、やはりそれほど親しかったわけでもないのに、ずるずるひきずって同居を許した親切心が問題を大きくしていると感じる。
鈴音に対するイライラと同情は男性読者や独身女性の共感を呼ぶのでしょうか。いずれにしても、水絵が完全な悪人でないところが物語に奥行きを与えているようです。耕太君が普通に育っているところが印象的で、子供の持つことの責任の重さを再認識した読者も多いと思います。ラストは予想よりも爽やかで、ドラマがどう描かれるか楽しみにしたいなと思います。
評価8点。
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『キアズマ』 近藤史恵 (新潮社)2015.04.10 Friday
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過去の3作品によりサイクルレースの魅力についての知識を得た読者にとっては、アマチュアの世界が描かれているということで少し新鮮で自分との距離感の近さが心地よい。前3作のようなスリル満点のレースシーンは影を潜めるけれど、それを補って余りあるほどの人間ドラマが楽しめるのである。
主人公である岸田の相棒役でライバルと言って良い櫻井のキャラが際立って魅力的に映る。彼が自転車を走り続けるきっかけとなったお兄さんの件が謎めいた部分を含んでいて、当初は変わった奴というイメージだったものが、終盤には魅力的な人物に変貌してゆく姿を楽しめるところが本作を読む醍醐味だと感じる。
書き忘れていたけれど、岸田の過去の出来事である友人である豊の存在も本作にとっては大きな生命線となっていることも忘れてはならないのであろう。本作は情熱を持つことの大切さを忘れてはならないという作者のメッセージが込められていて、そこから困難を乗り越えて逆境に負けない自己形成が出来るのだと強く感じた。
思えば岸田も櫻井もまだ20歳ぐらいであって、2人の夢と友情はこれからまだまだ続くのであろう。夢の続きを読める日を楽しみに待ちたいなと思っている。
評価8点。
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『サヴァイブ』 近藤史恵 (新潮文庫)2015.03.03 Tuesday
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しかし本作品集では懐かしいと言えばオーバーかもしれないけれど伊庭と赤城によって語られている残りの4編が主役というかメインだと考えるのが妥当であろうか。その中でも赤城によって語られる彼自身の過去のヨーロッパでの前歴や元エースである石尾との話が特に印象的である。というのはサクリファイス以前のチームオッジの過去の話が語られていて、競技だけでなチーム内のエースを中心とした変化の過程、とりわけ赤城と石尾との信頼関係が築かれて行くシーンが圧巻で、本作を読むことによって1作目のストーリーがより感動的に読者の胸の内に入ってくる。
ご存知のように本シリーズは白石が2作目以降ヨーロッパに活躍の舞台を移すのであるが、赤城によって語られる石尾の存在の影響をかなり受けていると思われる。彼の意志を受け継いでヨーロッパで活躍している白石の姿が浮かび上がって来る。人生以上にドラマティックで厳しい世界を見事に描いている作者には頭が下がる思いである。
そして毎度ながら本シリーズのタイトル名の命名には度肝を抜かれるのであるが、今回も同様であった。今回のサヴァイブという言葉は本当に力強く、とりわけ本作で描かれているアシスト役を貫いている姿勢を語っているように捉えている。それは“チームの結果に結びつくなら、自分(アシスト役)は最下位でも構わない”という近年の私たち日本人が忘れている姿勢であると思わずにはいられない。人生時には送りバントも必要ですよね、いい勉強となった一冊であることを付け加えておきたい。
評価8点。
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『エデン』 近藤史恵 (新潮文庫)2015.02.22 Sunday
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再読。『サクリファイス』の続編であり本作は主人公である白石の夢が叶い、彼のヨーロッパでの活躍が描かれます。
自転車ロードレースの本場であるヨーロッパ、ほとんど興味のない人でもその最高峰のレース“ツール・ド・フランス”という言葉は知っている方は多いと思われます。
白石は前作同様、脇役ながらもツール・ド・フランスに挑戦するのですが、主人公の夢が叶う=読者の夢が叶うということだと思います。
ただ描かれている現実は主人公にとって決して楽な状況ではありませんよね。作者は敢えて試練を与えてくれます。スポンサーの撤退でチームの解散が決まり、なおかつ他チームのレーサーのアシストをすることを方針として打ち出されます。
レース中も含めて、本作は逆境に打ち勝つというシーンがとっても読者にとっては心地よいのですが、他のチームの選手の間(二コラとドニ)で大きな事件が起こります。この事件の真相はまあ読んでのお楽しみであるのですが、ドーピングに友情を絡めて描かれていてその根底にあるバックボーンが大きな人間ドラマとなっていてドキリとさせられます。この事件を通してタイトル名ともなっているエデンという言葉がより一層大きく読者に立ちはだかり、そして息づくことだと受け取っています。
タイトル名となっているエデンという言葉、それは直訳通り楽園という意味合いですが、これはツール・ド・フランスに代表される一線級の自転車ロードレース界に席をおけるものたちの境遇を象徴した言葉であると解釈していますが、そこでしのぎを削る大変さを本作は奥深く描いています。
感動度では前作には劣ると思いますが、読者も檜舞台に上った感覚で読め高揚感を味わえる読書となること請け合いです。白石とミツコとのさりげない友情がアシストとエースの信頼関係を巧みに描写していててエンディングは爽やかで余韻のあるものとなっていることを見逃してはいけません。
評価8点。
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『サクリファイス』 近藤史恵 (新潮文庫)2015.02.13 Friday
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まず、主人公であり語り手である白石の人柄というかキャラが読者受けする点が本作の最も成功した所以だと考えます。決してチームのエースを目指すわけじゃなく、とは言えヨーロッパで活躍したい意向も持っている、一見優柔不断のように見れないこともないのですが、読み進めていくうちに彼の心の中の葛藤に酔いしれ、思わず背中を押している読者としての自分を感じています。
彼がサイクルロードレースの世界に飛び込んだ過程というのが、物語全体を支配している点も見逃せません。これは彼の恋愛事情にも関連しているのですがこれは読んでのお楽しみということにしておきましょう。
もっとも作者が上手いなと思われるのは、終盤のミステリーの解明に関わるにつれてタイトル名がくっきりと浮かび上がってくるところだと考えます。当初はサクリファイス=アシスト役と捉えて読んでいきましたが、そうではというか少なくともそれだけではありませんよね。
これが解明できて次に続けれることはやはり読者冥利に尽きると言って良いのかなと再読を機に再認識いたしました。 登場人物それぞれのキャラもたっていてアクセントのついた読書が堪能できる点も見逃せません。次作であるエデンまでは一回読んでいます。確かヨーロッパでの活躍が次に描かれるはずです。何度読んでも素晴らしい本があることは嬉しいと強く感じました。
評価9点。
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