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『シネマコンプレックス』 畑野智美 (光文社)2017.12.20 Wednesday
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タイトル通りシネコンが舞台となっていますが、作者が作家を志す前にシネコンでフリーターとして働いていたということで、作者の夢が登場人物ひとりひとりに込められた力作だと感じます。
シネコンにはいくつかの部署があり、シネコンの裏側もたっぷりと語られます。
各章それぞれの視点で語られますが描かれているのはクリスマスイブの一日というのがドラマティックでもあります。ただそれぞれの登場人物の過去が重ねられているところが物語に奥行きがあって読みごたえがあります。
バイト間の人間関係など、そのリアルさは他の小説では味わえないでしょう。
印象的なのは加藤君という小柄なイケメンの存在で彼がとっても魅力的に感じられ、彼をとりまく女性たち(映画女優も含む)の描写が巧いです。
作者のストロングポイントである、群像劇&恋バナモードが全開作品と言えそうです。
主人公格の島田さんと岡本さんとの五年前の出来事がミステリーテイストで、彼らベテランアルバイトの頑張りがあって10年間シネコンが続いてきたと思いますね。いずれにせよ、各読者にとって等身大の登場人物たちがリアルに描かれた本作、重めの作品も手掛けだした作者の王道的作品として語り継がれる日もそう遠くなさそうに思える。
評価8点
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『コンビ』 畑野智美 (講談社)2017.07.21 Friday
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毎年初夏の時期になるとこのシリーズが読めるということで、小路さんのバンドワゴンシリーズのように楽しみにして待っていた読者も多かったと思われます。
しかし、敢えて作者は物語に終止符を打ちました。ただ読者サイドも登場人物それぞれの通過点であることはわかっていて、あとはバトンを渡されたような気がします。
作者サイドからすれば、本シリーズは作者自身を叱咤激励する創作であったと思われます。
このシリーズを読む楽しみとして各章の視点が代るということが上げられます。
前作『オーディション』ではすべて男性視点で語られ、それはそれで熱く語られてよかったのだけれど、女性視点の話がなかった点が物足りないと感じた読者も多かったと思われます。
今回、最終巻で津田及び鹿島両ヒロインが登場、二年間待たされた甲斐がありました。
作者の作品は前作読んだわけではないけれど、ドラマ化もされた『感情8号線』で開花された女性のリアルな恋バナの巧みさは、個人的にはこの人の右に出るものはいないと言って過言ではないと思っているので(多少肩入れしてるかもしれませんが)
同様の話を津田及び鹿島両名視点で読めたのは感慨深い。
思うに、彼女たち2人の想いが物語全体にもたらす深さは計り知れないと感じます。
話が横道にそれましたが、メリーランド、ナカノシマ、インターバル、それぞれの面々はまだまだ成長途上です。
彼らがそれぞれ現実にもがきながらも未来を見据えている姿を明日の糧として本を閉じた読者が大半であると思います。
作者の次のステップに期待します。
尚、本シリーズは声を大にして映像化希望します。
評価8点。
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『罪のあとさき』 畑野智美 (双葉社)2016.12.01 Thursday
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ポイントとなっているのは卯月の中学時代の家庭環境と楓の前の恋人との間の傷心の事件でしょう。中学時代からの楓への卯月の気持ちは楓にとって全然知らなかったみたいですが、少なくとも楓にとっては卯月と再会することによって自分自身が再生する大きなきっかけとなりました。本作を手に取られるのは圧倒的に女性が多いと察せれますが、その内の大部分の読者が過去の事件を乗り越えて卯月に対して好意を持つことだと思います。作者の人柄が滲み出るような見事な物語の着地点にうっとり、読み終えて本を閉じ表紙を見るとジーンとこみ上げてくるものがありました。
評価8点。
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『オーディション』 畑野智美 (講談社)2016.06.29 Wednesday
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特長としてあげると、まず読みやすい文章、他の作家では扱っていない分野であること、語り手が章ごとに代わるので視点が目新しくかつどの語り手にも共感できる点。
タイトル名どおり、いよいよオーディションが開かれます。個人的にはナカノシマの三人組には肩入れしてしまいます。七話中三話が彼らが語り手を担当するところがやはり特筆すべき点だと感じたのだけれど、第四弾に関しては彼らが主人公と言っても過言ではないように感じます。
それはやはりメリーランドやインターバルよりも苦労を積み重ねていて、後がない感が読者にも伝わるのでしょう。そして漠然とですが、同じようなコンビやトリオが現実にもたくさんいるのでしょう、そして彼らもバイトと掛け持ちしてある人は家族を養い日々を過ごしているのでしょう。
一見華やかな世界のように見えますが決してそうではありません。笑いの陰に涙があります。そして読者に伝わってくるのはオーディションを通してそれぞれの語り手(今回は三組七人の男たちです)が結果を踏まえて成長していく点が清々しくもあります。
今回は大半の読者の期待通りの話の運びでしたが、いつも作者が手厳しい津田さん視点の話がなかったのが寂しかった気がします。対照的な人物として描かれているマネージャー鹿島さんの成長が著しいだけに次作での津田さんの心情吐露を楽しみとします。
評価8点。
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『感情8号線』 畑野智美 (祥伝社)2015.12.23 Wednesday
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畑野作品の御多分に漏れず、女性読者を念頭にして書かれていて各章ごとに違った価値観の女性を登場させていて、まるで若い読者にとっては自分探しの物語のようにも見受けられる。そこに夢が決してないわけではないけれど、三角関係、DV、不倫など常に現実を見据えて生きてゆくことを余儀なくされている女性たちが微笑ましくもあります。
タイトル名は環状八号線のもじりであり、直線は近いけれど電車で行くと遠いという本作の内容をも表わしています。
テーマとしては“ままならない恋愛”を描いているのでしょう、恋愛は決して楽しいことばかりじゃありません。その中で経験するビターな部分を読者がどう捉えるによって評価が分かれてくるのでしょう。個人的には最初と最後に出てくる世間知らずのお嬢さんの麻夕ちゃんのその後が気になります。女性読者の失笑を買うでしょうけれど(笑)
評価7点
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『春の嵐』 畑野智美 (講談社)2015.09.06 Sunday
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現実の世界ではこんなに人が好くってのし上がれるのであろうかとも思ったりしますが、読者にとっては人を笑わせることを生業としているひとたちの笑うどころではない深刻な悩みを抱えていてそれが読者にとっても人生の岐路における選択ということでオーバーラップしてしまい目が離せません。
本シリーズの軸となっているであろうメリーランドが売れっ子芸人になれるかどうかは、次作でのオーディションでの活躍で明らか になると思われますが、やはり本シリーズの魅力は立派な芸人になれるかどうかというよりも人生いかに悩みながら生きて行くかを様々な形で描写している点だと思います。
印象に残ったのは橋本と津田との恋の行方で前作同様、作者は津田ちゃんに手厳しすぎますよね。売れっ子になった津田ちゃんが有頂天になってはいけないということを知らしめてるのかもしれませんが、個人的には魅力的な女の子です。
あと、溝口が終盤に少し鹿島さんのことを意識しだした点も見逃せませんよね。それと書き忘れましたが不器用な三人組のナカノシマ、解散の危機を免れて胸をなでおろしましたが果たして中嶋君は千夏ちゃんのことしあわせにできるのでしょうか。なんとかしてあげて、畑野さん。そしてテネシー師匠の娘に対する愛情にも触れることが出来ました。魅力的な人物に囲まれ支えられているメリーランドの2人が羨ましくもあります。最後にはほっこりしたいというのが人の心というものでしょうが、まあ楽しみに次作待ちましょう。
評価8点。
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『メリーランド』 畑野智美 (講談社)2015.09.04 Friday
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その顕著な例として脇役たちの充実したサイドストーリーが繰り広げられていることが上げられます。一見華やかな世界であるがゆえに裏はいろいろありますよね。主人公格で本作のラストでタイトル名ともなっているコンビ名が決まった溝口新城コンビだけでなく、脇役の脇役と言って過言ではない「トリオ」で出てくるナカノシマの中島がバイトする映画館で働く古淵という女の子の視点で描かれているストーリーがほんとに秀逸で、凄くグッサリとする描写が繰り広げられて、読者もハッとさせられること間違いなく印象的な一編となりました。
あとはやはり鹿島と津田さんの2人の女性の描き方でしょうか。これは読者によっては捉え方も違ってくると思いますが、鹿島さんは作者の応援したくなる人物として、そして津田さんは作者にとって手厳しく描かれていると感じますが2人とも幸せになって欲しいなと思います。それ以外の人物もバラエティに富んでいて、次は誰が主役なんかと胸を高鳴らせながら読むことが出来ます。今後はインターバルとのライバル争いが勃発するのでしょうか、それともナカノシマの人気浮上があったりして目が離せません。
現在まで3冊の刊行でずっと続きがあればと思っています。近藤史恵さんの「サクリファイス」シリーズのようにもっと多くのファンが後押しすればずっと話を広げて書き続けることが作者も可能なのかもしれません。夢を持つことの素晴らしさと現実を知ることの厳しさの両方を思い知らせてくれる本作、未読の方は是非手に取って欲しいなと思っております。
評価8点。
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『南部芸能事務所』 畑野智美 (講談社)2015.08.23 Sunday
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芸能事務所と言っても所属しているのは芸能人じゃなくて芸人。いわゆる漫才やコント、そしてものまね系ですがちょうどブームが去って苦しい時代に差し掛かった時期が描かれていて、そこがかえって読者が共感できる人間ドラマが繰り広げられていると感じます。
7章立てですが各章視点が変わっていく所が読者にとって斬新であって、芸人を取り巻く環境がリアルに感じられます。とりわけ冒頭の新城とという大学生が芸人ライブを観に行って芸人になりたいと決心するところは物語の導入として良かったと思います。特に私のように普段テレビで芸人の出ている番組に疎い人間にとっては。素人である新城が成長してゆく姿というのが繰り広げられるというかと言えばそうではありません。落ち目の芸人や追っかけをしている女子高生なども描かれ、夢を追いかけつつも現実に突き合せて生きなければならないことが読者に突きつけられます。
そしてやはり読者の脳裡に焼き付くのは、コンビやトリオにおける人間関係の繊細さですね、これは人気が陰ってくると顕著に表れてきます。著者の人柄が滲み出た作品とも言えそうで、登場人物誰もを愛おしく思え応援したい衝動に駆られます。次作以降はやはり新城と溝口のコンビが舞台に立って悪戦苦闘するシーンがメインとなってくることは容易に想像できますが、それ以外の脇役たちの人間模様も噛みしめて読んでいけたらと思います。苦しくても生き生きと描かれている点が作者の魅力だと強く感じました。
評価8点。
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『海の見える街』 畑野智美 (講談社)2013.01.21 Monday
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人気作家を多数輩出している小説すばる新人賞受賞作家の3作目。
個人的に畑野作品はデビュー作に次ぎ2作品目に当たるのですが心地良い青春小説を書く作家だと認識しています。
海が見える市立図書館で働く20代及び30代の男女4人の姿を描いています。
本田さんに松田さんの男性陣、日野さんに春香ちゃんの女性陣、共通点があってこの4人が皆不器用で臆病なのです。
各章それぞれ視点が変わって行く構成が読者を飽きさせず、各自過去を引きずって心に傷を持っているシリアスな面も共感できます。
でも少し松田さんの話は哀しいですね。まあそれも人生なのでしょう。
ちょっと春香ちゃんのことを書きますと、初めは受け付けないなと思われた読者も多かったのだと思われます。
でも最後は愛おしく感じるのです、男性読者だからでしょうか(笑)
この作品は月並みな表現ですが、人を好きになることの素晴らしさを思い起こさせてくれます。
最後に素敵な恋が成就するかどうか楽しみにして読める作品ですがどうなるでしょうか。
本作にて、作者は集英社を離れ講談社から上梓、作者の新たな意気込みが読者に伝わるグッと来る素敵な青春小説だと言えそうです。
(読了日12月26日)
評価8点。
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