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『鮪立の海』 熊谷達也 (文藝春秋)2017.05.23 Tuesday
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時代は昭和初期〜戦後と時系列的には前作にあたる「浜の甚兵衛」のあとであり、前作を読んでないのは残念であったけれど、名船頭であった父や兄を目標として生きる主人公の菊田守一が成長してゆく姿は読む者の心を和ませること請け合い。
海の男というロマンを感じさせる作品であることは当たり前であるけれど、作者の特徴とも言うべき繊細な男心の描写が売り物の作品であるともいえ、甚兵衛の妾の子として登場する征治郎との友情や真知子との恋の行方など恋愛青春小説として読んでもそのほろずっぱさは一級品であると言える。
ちなみに仙河海サーガシリーズを備忘録的に記すと下記の通りとなります。
出版社の垣根を乗り越えて書かれていますし、登場人物に関連性のあるものとそうでないものがあります。
『リアスの子』 光文社
『微睡みの海』 角川書店
『ティーンズ・エッジ・ロックンロール』 実業之日本社
『潮の音、空の青、海の詩』 NHK出版
『希望の海 仙河海叙景』 集英社
『揺らぐ街』 光文社
『浜の甚兵衛』 講談社
『鮪立の海』 文藝春秋
評価8点。
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『モラトリアムな季節』 熊谷達也 (光文社文庫)2015.12.25 Friday
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本作に至っては凄く自由奔放に書かれた印象が強く、ところどころに作家となった現在からその当時の時代を振り返ったシーンが散りばめられていて前作以上に私小説度が上がっていることが最大の特長だと感じます。
感動的なのはやはりナオミとの劇的な再会でしょう、彼女が登場しなければ小説も成り立たず、読み手の興味も削がれたことでしょう。彼女とカーコとの三角関係に悩むシーンがリアルで青春を満喫できます。
ただ和也という主人公ですが、悪く言えば少年時代(第一作)の正義感溢れる性格から優柔不断な性格に変貌されていて、浪人生の本分をわきまえていない所が目立っているような気がします。
自伝的作品なためにやむをえないのでしょうが音楽喫茶に嵌ったり、小説を書いたり、予備校をサボったり。勉強に身が入らずこれでは受験の神さまがなかなか微笑んでくれませんよね。あとは安子ネエが本作でも重要な役割を演じていますがユキヒロの登場が少なかったのが残念でもあったけれど。
先日、仙台を観光した際にカーコと分かれた勾当台公園を訪れたのであるが、若き日の作者がこのあたりを彷徨っているのをイメージしたのであるが、作品としてのインパクトや完成度は決して高くはないけれど、熊谷達也という作家をこれから何冊か読もうと思っている読者には必読書だと言えよう。なぜなら作者の仙台という街に対する愛情が詰まっているからである。
評価8点。
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『七夕しぐれ』 熊谷達也 (光文社)2015.12.12 Saturday
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通常は小学五年生の男の子が主人公の話となれば、ほろ酸っぱい成長物語という物語が用意されていると思われがちであるが、作者は容赦なく大人が目を背けているというか関わらずにおこうとしているシリアスな問題を主人公に投げかける。
作者は本作においてイジメと差別との違いを読者に説いていて、それは学校内においてのノリオたちの行動から終盤の先生たちの行動までを非難し、読者に正義を貫くことの大切さを説いている。
それと本作を語るのに忘れてはならないのは昭和というノスタルジックな雰囲気がもたらしたということと、ちょうど仙台の七夕(通常の一か月遅れ)に物語が終焉を迎えるということが読者に大きなインパクトを与えます。
読者の根底には子供たちに罪はないということが常にあり、ユキヒロとナオミと次第に仲良くなる和也の姿が微笑ましいを超えて感動的である。『邂逅の森』などの力強い作品が目立っている作者であるが、繊細なタッチの作品も非常にうまいということを付け加えておきたいなと思う。
そして、ラストで父親が原因で和也が友達2人と離れ離れになったのであるが、それはあらたなる物語できるためのスタートでもある。和也とナオミとの再会がとっても楽しみである。
評価8点。
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『リアスの子』 熊谷達也 (光文社)2014.01.20 Monday
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教師体験のある作者の半自伝的及び作者の理想像を主人公の和也に投影した作品。1990年のバブル景気真っ只中の宮城県仙河海市の中学校が舞台の物語であるが、主人公和也の受け持つクラスに風変わりなスケバン風な転校生早坂希がやって来ます。爽やかで感動的なスポーツを絡めた教師と生徒との交流及び再生の物語なのですが、和也の成長物語として読むのが本来は正しい読み方だと言えそうです。というのは読む前は気付かなかったのですがどうやらシリーズ物らしくってずっと和也が主役を張っているみたいなのです。(「七夕しぐれ」(幼年期)→「モラトリアムな季節」(青年期))最初から読めば良かったとも思いましたが本作で出てくる初恋のナオミ先生、本作では距離を置いていますが恋していた青春時代を描いた第二作、あるいは31歳の和也の人格を形成したであろう幼年時代を描いた第一作、早く手に取ろうと思っています。
作者の代表作である『邂逅の森』で直木賞を受賞して今年で10年となる。受賞後、どちらかと言えば地道に執筆活動を過ごされたというイメージも強いのであるが、今回久々に作者の作品を手にとって、良い意味でやはり誠実な作品を書く作家だと思ったりする。
『邂逅の森』の頃は力強い作品を書く作家だというイメージが強かったのであるが、久々に熊谷作品を手にとって繊細で優しい作品を書くと感じ、他の作品も読んでみたいという衝動に駆られている。
それは他の大半の作家の作品が読者の“背中を押してくれる”作品群であるのに対して、作者のそれは読者の“背筋を伸ばしてくれる”作品であると感じ、それがとっても心地良いからである。
本作を読む限り、確かにエンターテイメント性では少し落ちるかもしれないけど、読者の心の底に染み渡るような内容の作品を書きはります。それはやはり創作上作者独自のスタンスを貫いていると言って良い部分であると思えますし、逆に熊谷作品に身を委ねて楽しめる読者はそれなりの誇りを持っていいのではないかと思ったりもします。
評価9点。
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