|
評価:
伊東 潤
講談社
¥ 756
(2016-08-11)
|
中山義秀賞受賞作。徳川家康を主人公とした4章からなる作品集でラストではタイトル名ともなっている最大の危機とも言える伊賀峠越えが待ち受けています。
何はともあれ小気味よい文章には感服せざるをえません。あまり歴史小説には縁がなかったのですが説教臭くなくすんなりと入って行けます。
家康と言えば欠点がなくてとっつきにくいイメージがあったのですが、作者は慎重さを踏まえつつも人間臭く描くことに成功しています。
本作の大きな特徴とも言える、回想シーンの多用が読者と家康との距離感を縮めているように感じます。彼が信長を絶えず恐れているところはリアルで、逆に虎視眈々という感覚はありませんでした。
逆に本多忠勝をはじめとする個性的な家臣たちの活躍があってこその天下取りであったと強く感じました。クライマックスは斬新な解釈で描かれる本能寺の変とその時に堺にいた家康の峠越えですが、そこに至るまでの桶狭間、長篠など有名な合戦でいかに雪斎の教えを忠実に守っていたかがキーポイントとなっているのでしょう。
やはり彼の忍耐強さは幼少期の人質時代の経験の賜物だと言えるのかなと感じます。いずれにしても信長を恐れるがゆえに嫡男や妻を死にいたらしめざるをえなかったこの時代、忠実に生きることを貫いた家康にはリスペクトすべき点は多いと感じました。
作者の歴史小説は初めて読ませていただきましたが、背中を押してくれる何かを強く感じます。戦国時代の作品を中心に他の作品も読み進めたいと思っています。
評価9点。