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『峠越え』 伊東潤 (講談社文庫)
中山義秀賞受賞作。徳川家康を主人公とした4章からなる作品集でラストではタイトル名ともなっている最大の危機とも言える伊賀峠越えが待ち受けています。
何はともあれ小気味よい文章には感服せざるをえません。あまり歴史小説には縁がなかったのですが説教臭くなくすんなりと入って行けます。
家康と言えば欠点がなくてとっつきにくいイメージがあったのですが、作者は慎重さを踏まえつつも人間臭く描くことに成功しています。

本作の大きな特徴とも言える、回想シーンの多用が読者と家康との距離感を縮めているように感じます。彼が信長を絶えず恐れているところはリアルで、逆に虎視眈々という感覚はありませんでした。
逆に本多忠勝をはじめとする個性的な家臣たちの活躍があってこその天下取りであったと強く感じました。クライマックスは斬新な解釈で描かれる本能寺の変とその時に堺にいた家康の峠越えですが、そこに至るまでの桶狭間、長篠など有名な合戦でいかに雪斎の教えを忠実に守っていたかがキーポイントとなっているのでしょう。

やはり彼の忍耐強さは幼少期の人質時代の経験の賜物だと言えるのかなと感じます。いずれにしても信長を恐れるがゆえに嫡男や妻を死にいたらしめざるをえなかったこの時代、忠実に生きることを貫いた家康にはリスペクトすべき点は多いと感じました。
作者の歴史小説は初めて読ませていただきましたが、背中を押してくれる何かを強く感じます。戦国時代の作品を中心に他の作品も読み進めたいと思っています。

評価9点。
posted by: トラキチ | 伊東潤 | 17:04 | comments(0) | trackbacks(0) |-
『横浜1963』 伊東潤 (文藝春秋)
評価:
伊東 潤
文藝春秋
¥ 1,620
(2016-06-08)

初出「別冊文藝春秋」加筆改稿あり。作者はこれまで直木賞の候補として五回ノミネートされて来たのであるが、本作が初めての現代ものとなる。時代は最初の東京オリンピックが開催された1964年の前年にあたる1963年、昭和で言えば38年となりアメリカとの支配下から必死に経済成長を遂げようとしている時代と言えよう。ただ舞台が横浜ということで駐留軍がいて、アメリカ人と接することが多い点と作者の横浜愛というのが注がれた点が特長と言えるのではないだろうか。

主人公は米国人とのハーフの警察官で国籍が日本人であるけれど外見は白人にしか見えないソニー。彼が理不尽な殺人事件を怖いもの知らずの如く追いかけてゆくところが読ませます。途中から出てくるソニーとは対照的な日系三世のショーン(外見が日本人で国籍がアメリカで米軍犯罪捜査部員)が捜査協力するところがやはり読ませどころでしょうか。互いの生い立ちは違うけれど、正義を貫くことの大切さは伝わります。但し、作品を通して敗戦国としての色合いが濃く、現代に生きる読者にとっては懐かしかったりあるいはお若い読者が読むと目新しくも感じるように思える。

ミステリー的には弱いようにも感じられるけれど、ケネディ大統領やベトナム戦争、あるいはボブ・ディランなど歴史の重みを感じさせる作品でもあります。2人の対照的な主人公を登場させることにより、日本側からもアメリカ側からも当時の世相が垣間見れるところが素晴らしいと感じ、深読みすれば作者は前のオリンピックの頃と現代の平和な日本との対比を読者に呼びかけているようにも感じられる作品でもあると言える。作者の歴史小説早速手に取ってみたいと思っている。

評価8点。
posted by: トラキチ | 伊東潤 | 21:02 | comments(0) | trackbacks(0) |-