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『オブリヴィオン』 遠田潤子 (光文社)2018.03.10 Saturday
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個人的には隣に住んでいてバンドネオンを演奏する沙羅や実母を戸籍上の父親(森二)に殺され不安な毎日を過ごす冬香など本当に魅力的な人物、言い換えれば幸せをつかんでほしいなと思わずにいられない人たちにため息が出ます。 ミステリー度も高く、主なところで言えば冬香の本当の父親は誰なのかという疑問を持って読まれた方が大半だと思いますが、終盤の怒涛の展開、兄弟愛に満ちたシーンや森二が沙羅に取ろうとする行動などジーンとくるシーンが待ち受けていますが、何はともあれ私たち読者は彼らが前を向いて生きていく姿に胸を打たれます。
森二は愛する唯を死に至らしめましたが、その事件も人生をやり直そうと思っていた時期のことであったこと、夫婦の愛情は本物であったと思いますし、これからもわずかですが希望をもって生きていくのでしょう。とにかく作者の熱量に圧倒された読書となりました。タイトル名ともなっているオブリヴィオンですが、忘却と赦しという意味で主人公の生きざまを表しています。絶望的な人生でもわずかな希望をもって生きてゆく、応援したいものです。
評価9点
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『若葉の宿』 中村理聖 (集英社)2017.11.19 Sunday
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京都の町家旅館の娘として生まれた主人公の若葉の成長物語であるが、父親を知らず祖父母に育てられいつか自分を置いて失踪した母親に会えるかどうかという希望を捨てずに現実にもがきながら生きてゆく様が読者に伝わってきますが、シャキシャキした女性読者が読まれたら多少イライラするかもしれませんが、男性読者は可愛く思えそうなキャラとも言えます。
京都特有の町家旅館で生まれ育った女の子の成長物語ですが、古い伝統を重んじつつも新しいものに徐々に変更していかなければならない葛藤が描かれています。伝わるのはやはり、祖父母の孫に対する愛情であり挫けそうになりながらも立ち向かって行く姿が儚げで胸を打たれます。
京都の宿泊施設の実態がわかる内容であり、祖父の口利きで入った老舗旅館に勉強として働きに出る若葉ですが苦労が絶えません。友達である舞妓や板前見習いの慎太郎に背中を押されて一皮むける姿が清々しい読書となった。母親との再会ができたかどうか、凄く巧みなエンディングにやられた気持ちになった。
評価8点。
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『夜空に夜空に泳ぐチョコレートグラミー』 町田そのこ (新潮社)2017.10.28 Saturday
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繊細さと力強さは余程の筆力がなければ相伴わないものであるというのが私の持論であるけれど、自分の作品の世界を構築し終えているレベルに達していると思わざるを得ないのだ。
全5編からなる連作短編集であるけれど、それぞれの編にドラマが満ちています。どの編の人物もまさに崖っぷち状態であってそれをどのように打開していくのかが楽しみでもありますが、何よりも主要人物であるサチコと啓太の生きざまには肩入れしてしまいます。彼女たちの壮絶な人生を堪能するのが本作を読む行為イコールということであります。
冒頭の差し歯が外れたエピソードが秀逸で物語全体に深みを与えています。私はサチコと啓太は恋人同志かなと思いましたが実は親子でした。彼らは一見愛に飢えているように見受けられますが、実は愛に満ち溢れています。それを理解できるのは読み終えたからでありますが、。どのように繋がって行くのかを体感出来るのが読み進めて行く上での楽しみであると感じます。
とりわけ人と接するのが苦手で不器用な人生を歩んでいる自覚している読者が読めば、自分と同様あるいはそれ以上に不器用な人に邂逅し、少しずつですが自分の人生を切り開いて行こうと感じるのでしょう。感動的でもあり実益的でもある本作、是非手に取って欲しいですし、次作以降の作者の期待はとっても大きいものとなりました。
評価9点。
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『ニュータウンクロニクル』 中澤日菜子 (ポプラ社)2017.10.28 Saturday
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作者は人生というよりも人間の一生における変化を高度成長時代の象徴のひとつであるニュータウンを取り上げて、登場する人たちの人生に彩を添えている。
この物語は全6章からなり、最初は1971年から最後は未来にあたる2021年で終わるのであるが、子供や高校生だった頃の人物が変化を遂げてゆく様が読者にとって心地よい。
いずれもが幸せな人生であったとは言い難いけれど、各時代の世相を反映したシーンを織り交ぜつつ読ませてくれる。
二章目で出てくる風変わりな転校生の正江、三章目のバブルの時代に若い男に貢ぐ陽子などが印象的であるが、主人公格である公務員の健児がニュータウンの栄枯盛衰を理解しつつも誇りを持っている姿が終盤貫かれているところが良く、本を閉じた時にじーんとくるのが心地よい。
重松氏のように踏み込みが深くなく泣けるような話ではないけれど、サラッとリアリティのある話は読者の背中を押してくれ懐かしい気持ちに浸れる。是非コンプリートしたい作家のひとりとなった。
評価8点。
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『カンパニー』 伊吹有喜 (新潮社)2017.07.01 Saturday
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私は本作を読んで、この作者はエンターテイメントの舞台で勝負できると確信しました。個人的には本屋大賞ノミネート希望します。
老舗製薬会社の総務部で永い間勤め上げたものの妻子に逃げられた47歳の青柳、そしてオリンピックを目指していた選手に電撃引退されたトレーナーの由衣。彼らに新たな使命(舞台「白鳥の湖」を成功させること)が与えられるのですが、主役に男女二人を配置することが読者の共感を大いに呼び込むことになったと感じる。
男性読者は青柳に、女性読者は由衣に自分自身の日頃の苦しみや悩みを投影し、そして逆に男性読者は由衣に、女性読者は青柳に心をときめかせる。
作者がいかに二人に道を拓かせるのか、予想通り順風満帆とは行きません。高野という世界的なバレリーナが彼らに試練を与えるのですが、高野自身もバレリーナとしてのキャリア終盤に来ており自分自身の最後の居場所を探します。
彼のような天才にも悩みがあるのだと、読者は否応なく知らしめられることにより肩の荷がおれる気分に
浸れ、より青柳や由衣に対して励ましながらページをめくります。
本作は青柳と美波、由衣と高野との淡い恋も描かれていて清々しい気持ちで読めるのも特徴であるが、やはりバレエ団に出向してからいかに誠意を持って取り組んだ様が男性読者の私に突き刺さったことは書き留めておきたい。
彼にとって、徐々に娘が自分の方に寄り添ってきてくれたことが彼の成功に大きく繋がったことだと感じる。
そしてこの物語は脇役陣の充実が凄まじいです。青柳の元妻、社長の娘紗良、那由多など、彼らのサイドストーリーも読んでみたい気がしますが、やはり本作の魅力はタイトル名に集結されると思います。
会社、そしてバレエ団のこともカンパニーと呼び、作者も掛け合わせてネーミングしているのかもしれませんが、私は“仲間”という意味合いで捉えています。
というのは本作で最も印象的なシーン、それは新宿アルタ前でのそれであり、やはり脳裡に焼き付いて離れません。まあ読ませどころ満載の本作、是非手に取って欲しいですし、続編でまた彼らに会いたいですね。新たな苦難に出会っていたとしてもきっと切り抜けてゆくことでしょう。
評価9点
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『セシルのもくろみ』 唯川恵 (光文社文庫)2017.06.30 Friday
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その要因として二つのことが考えられる。まず、連載が「story」という光文社の40歳ぐらいをターゲットとした月刊誌で、いわば業界内のことを小説化したものでありあまりな内容を書けばイメージダウンを避けることが出来ないであろう点。もう一つは唯川氏以降出てきた女性作家、いわゆるイヤミス系を得意とする面々はもっと人間の弱くて醜い部分の描写に長けていて、読者もそれに慣れていて唯川氏のドロドロ度が低く感じられる点。
ただ本作は文章の読みやすさは他の女性作家よりも一日の長があるように思える。
もちろん、女性の嫌な部分も描写されているが、読み方によってはサクセスストーリーという捉え方も出来爽快感が漂う背中を押してくれる作品であるとも言える。
男性読者の私は、その背中を押してくれる流れとやはり主人公であり専業主婦から雑誌の読者モデル、そしてプロのモデルへと変貌してゆく奈央の人柄と女性的魅力に惹かれて一気に読み切った感が強かったと言える。
それはやはり、少し控えめで容姿的にも飛びぬけていないながらも、現状に満足せず(現状も決して幸せでないことはありません)に前向きに生きて行こうという姿が可愛くもあります。
作者は、女性読者に対してタイトル名ともなっている“もくろみ”を持つように示唆しています。
このもくろみとはやはり前向きに生きる生き甲斐のようなものだ私には感じます。女性読者の心の内に届きやすい作品であると感じます
ドラマでは真木よう子が主人公を演じますが、脇役陣も豪華で楽しみにしてます。
評価8点。
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『神様からひと言』 荻原浩 (光文社文庫)2017.06.14 Wednesday
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13年ぶりの再読となる。再読のきっかけとなったのがNHKでのドラマ化であったのであるが、ご存知のように放映中止となったことは残念でならない。
昨年、念願が叶って直木賞作家となった作者がユーモア作家として人気を博していた初期の代表作と言って良い本作。
短気で喧嘩っ早い性分が災いして大手広告代理店を辞め、中堅食品メーカーに中途入社した佐倉涼平だが、新しい会社でもトラブルを起こしお客様相談室へ異動させられる・・・
広告制作会社勤務歴のある作者なので、主人公と作者がオーバーラップされた読者も多いはずです。自身の経験をいかんなく発揮した作品といえるでしょう。
単行本の帯にかつて“会社に人質取られてますか?”という言葉があり、それにドキッとした方も多いと思いますが、内容はそんなに深刻なものではありません。現代社会に起こりうる事を軽妙洒脱な文章で綴ってます。
コメディータッチながらもサラリーマンにとっては、結構真剣に読まざるをえない作品ですが、日頃のストレスの解消には恰好の1冊と言えそうです。
なんといってもお客様相談室のメンバーのキャラが素晴らしい。特に、上司のギャンブル(競艇)狂の篠崎さん、いい味出してます。篠崎さんを主人公とした小説も読んでみたい気になりますよ。
登場人物を自分の身の回りの人間に置き換えて読むだけでもストレスの解消となる本作は、現実では出来そうもない事を主人公がやってくれるので、その過程を楽しめるだけでも読む価値があるでしょう。
普段、“忍耐強く勤めてる人”に是非読んで貰いたい作品です。又、カップ麺やギャンブル好きな人、心して読んで下さい(^O^)
本書を読めば会社内における自分の位置づけや立場を再認識できるかもです。
最後にラストの終わり方もよく、“涼平とリンコの幸せを心から祈って本を閉じた”ことを付け加えておきます。
評価7点。
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『罪の余白』 芦沢央 (角川文庫)2017.05.29 Monday
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キーパーソンとなってくるのが安藤の同僚でもあり彼の世話をする早苗でしょうか。コミュニケーション障害がある彼女の視点のパートが本作をより深みのある作品としていることは明白であり、ラストのサプライズにも繫がります。母親が自分の命を捨ててまで生んだという設定は男手ひとつで育てたという加奈に対する愛情の深さと共に、早苗という存在をより際立たせるための計らいであったと感じます。それにしても咲の自分自身を守るために取った陰湿な行動は想像を絶するほどで許しがたいですよね。女性作家ならではの繊細さと力強さを併せ持ったセンセーショナルな作品だと思います。
読者サイドからすると、やはり加奈や真帆が咲からなぜ離れられなかったのだろうかという疑念が残りますが、これは当事者にとっては難しい問題なのでしょう。
本作読了後、映画化されたDVDを鑑賞しましたが楽しめました。咲役の吉本実憂の悪魔ぶりが原作顔負けで印象的でした。次期朝ドラ主役の葵わかなも脇役ですが出ています。
評価7点。
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『海の見える理髪店』 荻原浩 (集英社)2017.04.12 Wednesday
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直木賞受賞作ということで期待して読んだんだけれど、『明日の記憶』のようなインパクトは感じず、後年作者の代表作として語り継がれるような作品とまでは言えず、個人的には佳作だという評価であり、どちらかと言えば今までの功績を評価しての受賞のように感じる。
とはいえ、表題作と最後の「成人式」は特筆すべき作品であり、全盛期(と言えば失礼だろうか)の浅田次郎を彷彿とさせる高いレベルの作品であると言え、読者に対して読んで良かったと思わせるのは流石であると言えよう。
表題作は店主が海辺の小さな町にある理髪店にやってきた青年に、自らの人生を語っていきます。予定調和的作品ですが非常にまとまりのある作品であると感じます。
「成人式」は15歳で事故で亡くなった愛娘への悲しみをずっと引きずって生きている夫婦が娘の成人式(生きていたら出たであろうという意味です)に二人で代わりに出ようとします。滑稽にも見えますが、あの時こうしてたら事故が防げたのにと思い続ける父親の気持が身に沁みます。式での娘の友達の協力的な反応が涙物であり、夫婦としての結束がより強固になったと感じられた読者が多かったと容易に想像できます。やられたーと思い本を閉じました。
評価8点
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『この世にたやすい仕事はない』 津村記久子 (日本経済新聞社)2017.04.02 Sunday
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バリバリと働くOLが対象ではありません。燃え尽き症候群によりある職を辞した三十代半ばの女性が、風変わりというか読者がこんな仕事あったのかと思われるような仕事をこなすことによって自分らしさを取り戻して行く過程が読ませどころの作品ですが、それは通常の津村作品の定番ともいえる、個性的なれど等身大的なキャラの人物を描いているのではなくて、普通よりも悪く言えば精神的に弱いキャラの人物を描いている点が目新しく感じる。
それによりタイトル名ともなっている、“この世にたやすい仕事はない”という言葉がじーんと読者に伝わてくるような気がして、読者の常日頃持っている“労働観”が覆ったり、あるいは大きく変わったりするところが本作の一番魅力とも言えそうです。
基本的には、主人公が少なくとも全力かつ真面目にそれぞれの仕事に取り組んでいく姿を少しでも吸収して読むべき作品のように決定づけたいと思っている。
相談員でもある正門さんがとってもユニークであり、本作を読むきっかけともなったNHKでのドラマ化でどのように描かれているか楽しみである。
評価7点。
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