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『犯罪小説集』 吉田修一 (角川書店)2016.10.16 Sunday
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犯罪に陥るのにも大きく分けて2パターンあって、環境などによってやむをえずに陥るものと自己制御できずに陥るものとに分けられると考えます。とりわけ印象に残ったのは後者の自己制御できずにずるずると落ちぶれていく人達であろうか。貧困や周りの環境により陥っていく犯罪は読んでいて同情の余地があるものの、家が裕福であったりあるいは栄光の頂点を極めた人間が落ちていく姿は、やむを得ない部分よりも自業自得的要素が強く読んでいてスリリングであり、作者の筆もひと際冴えている様に見受けられる。本作にて該当するのはバカラカジノに現を抜かす「百家楽餓鬼」、プロ野球一流選手から落ちぶれてしまう「白球白蛇伝」。男性読者としては、全く気持ちがわからないわけではないものの、決して肯定することが出来ないと結論付けざるを得ないところが抉られます。
ただ残り三編を押す方がいらっしゃってもおかしくありません。いずれにしても作者の人間の弱さをあぶり出す見事な描写は他の作家のそれとはステージが違うと感じます。出来れば全編を映像化して楽しませていただけたらと思います。一般的に白吉田作品と言われる『横道世之介』や『路』と合わせて読まれると作者の多才ぶりがより実感できると考えます。一体吉田修一はどこまで進んで行くのだろうか、今後ますます期待がかかります。
評価8点。
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『橋を渡る』 吉田修一 (文藝春秋)2016.04.10 Sunday
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少し内容に触れると四章からなる本作、春・夏・秋は現代(2014年)そして冬はなんと70年後の未来が描かれている。もっとも特徴的なのはやはり時事問題を扱っているところであろう。描かれているのは不倫・不正・裏切りなど。どこにでもいる身近な登場人物たち(明良・篤子・謙一郎)、これは初出が週刊誌というところが大きいのであろうが、連載時に読まれた方はそれぞれの章の登場人物たちと自分を照らし合わせ、自分だったらどんな選択をしたかという正義感を持った登場人物たちに常に葛藤して読むことを強いられる。
時には息苦しいのであるがそこが心地よくも感じられる切迫感が吉田作品の魅力であると感じる。
そして最終章での未来での展開が、正直言って評価の分かれるところでもあるのだろうが、作者は危機感をもって生きることの大切さと将来を見据えての生きるべきだという願いを込めて書かれていると感じる。これは作中の「サイン」という身分の人造人間の登場が最も象徴的であって、作者の凄いところは、吉田修一が描けば本当にそうなりそうな気にさせる現実感があるところである。
一見平和に見える現代社会であるけれど、様々な問題を抱えているのも事実、目を背けてはいけないということを示唆している問題作であるが、日々の積み重ねが自分たちの子孫の平和に繋がるということだと思われます。機会があればもう一度読みたい一冊であります。
評価8点。
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『平成猿蟹合戦図』 吉田修一 (朝日文庫)2014.11.18 Tuesday
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やはり読ませどころは後半の主人公格である純平が衆議院選挙に出て、それに向かって他の主要人物が力を合わせる所であろうか。その力の合わせ方が東京歌舞伎町から秋田へと舞台が変わるのはもちろんのこと、それぞれの人物がいろんな過去や経験や鬱屈を踏みつつも力を合わせてゆく過程がやはり心地よいと感じます。とりわけ高坂さんの奮闘ぶりは印象的でした。
あと描かれている女性陣(夕子、美姫、友香、美月、サワ)が繊細というよりも力強く素敵でそれぞれのサイドストーリーを読んでみたいなという気持ちにさせられます。
本作を作者の代表作だと思われる方は少ないと思いますが、単行本の発売順で言えば『横道世之介』や『太陽は動かない』の間に出せれた作品で、芥川賞作家としての称号とイメージが付き纏った作者がよりエンターテイメント小説作家としての磨きをかけるためにいろんな挑戦を試行錯誤している時期だったと感じられます。
そこに代表作である『悪人』からもっと良質な作品をと努力を惜しまない作者の意気込みを感じたのは私だけでしょうか。
評価8点。
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『怒り』(上・下) 中央公論新社 (吉田修一)2014.04.06 Sunday
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いろんな楽しみ方が出来る作品だとも言えそうですが、個人的には作者の代表作だと言われている『悪人』ほど完成度の高さを感じることが出来ませんでした。それはやはり犯人の動機が曖昧というか救いが見いだせず読者にとって納得し辛いレベルのものだったような気がするからです。ただ読物としてはミステリー要素に満ちていて3人のうち誰が犯人であるかどうかが楽しめますのでエンタメ作品としてまずまずでしょう。作家側の立場から見れば、誰が犯人であっても着地点をつけれたと思うし楽しく書けた作品ではあると思います。どちらかと言えば3人の男たちの周りにいる人達の人を“信じること”とか人を“大切にする気持ち”を感じ取る作品だと思います。
タイトル名となっている“怒り”という言葉が上手く収斂されていないのが残念ですが、逆に辰哉の怒りが最も如実に出ていたような気がします。犯人以外の2人の男や北見刑事も含めて登場人物すべての幸せを願って本を閉じました。そういった意味合いにおいては読者サイドが“救い”を与える作品だとも言えそうです。作者にはこれからもいろんな人の人生を描いて欲しいと思います。映像化希望。
評価8点。
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『あの空の下で』 吉田修一 (集英社文庫)2013.09.05 Thursday
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機内だけでなく通勤電車などで読むのに最適な作品だと言える。
この人の短編(掌編)の特長はサラッと読めて心地良くかつ少しあっけなく終わるところだと思うのですが、本作においても予想を裏切らない内容でしたね。
少しドライな語り口が個人的には大好きなのですが、それでもたまに凄いフレーズがあるのでそれを探しながら読み進めたのですがやはり遭遇してしまいハッとさせられた。。
まるで旅先で素敵なものに出会ったかの如く感じたきらめいたフレーズ。
旅にまつわる話が多いのですが、やはり昔の恋や友情をからめた想い出話が印象的である。機内で読まれた方はきっとキラキラした素敵な想い出を作って帰ろうという気持ちにさせられるところでしょう。
出来れば私も外国でこの本を読んでみたいな、私だけじゃないと思いますが。
印象的だったのは階上の人の郵便物から手紙を盗む「自転車泥棒」と男の友情を語った「東京画」あたりです、どちらもほろずっぱい話ですが吉田氏らしいなとため息が出ました。
エッセイの方ですが、作者の人となりが垣間見れて面白いのであるがやはり小説のように主人公に自分自身を投影することが不可能なので、読物とすればワクワク感に欠けているようにも感じられた。
しかしながら印象的ものもあり、メイド喫茶と執事喫茶に行った体験談はリアルというか、作者の気持ちを赤裸々に語っていて滑稽に感じたものであった。
他の作家と比べて短編の名手と言えるかどうかは評価し辛いところでもあるが、タイトルに有名映画名を付けたり、少なくとものそのセンスの良さは作者特有のものであり、安心して読者も委ねることができるのだと感じられる。ANAが吉田氏を選んだセンスの良さに拍手を送りたいと思う。
評価7点。
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『愛に乱暴』 吉田修一 (新潮社)2013.07.13 Saturday
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吉田さんすごいですよね、端的な表現になりますが、有意義な本であるか否かは読者を選ぶのかもしれませんが、とっても面白い作品であるのは間違いのないところだと思います。
ただし人によっては読後感は良くないとも思います。
まず読まれた人の大半が途中で度肝を抜かれますよね本書の構成に。
各章、不倫をしている女性の日記、本文(妻の日常)、夫に不倫をされている妻の日記という構成で語られています。
ところが途中で凄くミスリードさせられていたことに気づきます。
そこが結構衝撃的でスリリングなのです。
<ネタバレあり>
そうなんです、実は初めの日記は桃子が初瀬(現夫)と不倫してた時の日記でタイムラグがありますが、同一人物の書いた日記なのです。
ということでポイントとなってくるのが桃子も過去に現在自分がされていることと同じことをしているわけですね、ただ男性読者視点から言えばやはり旦那が悪いわと認識せざるをえないのです。
まあいろんなことを考える作品であるのですが、まあ基本的には人間こんなに変わるものかなということでしょうか。
個人的には凄く人間観察に長けた作家だと思っております。
元来つかみどころのないところが吉田修一らしいのですが、意外と素晴らしいと思った結末でした、少し狂気の沙汰に陥る桃子ですが、救いがあったように思えます。
誠実な方向に導かれたと受け取っています。
吉田さんは本作において“究極の恋愛”を描いたのかもしれませんが、読者にそれを納得させようとはしていないと感じます。
世の中は悪意に満ちているとまでは言いませんが、結構不条理なものでその中での自分自身の居場所探しを究極の環境にいる登場人物を使って描きたかったのでしょう。
まあ真守のようなだらしない男性を選んだ桃子にも責任はあると思いますが、自業自得とまではいいませんが凄く練られたキャラクターだと思いますし、彼女の再生を願わずにはいられません。
女性読者よりも結構冷静に読めた自分を褒めてやりたいですね(笑)
そして新しい愛人のその後も読みたい気がします。いずれにしても吉田修一恐るべし。
かつて『パーク・ライフ』で芥川賞を、『パレード』で山本周五郎賞を受賞し純文学と大衆文学の大きな賞を合わせて受賞し、その後どのような方向性に進むのか興味を持たれた方も多かったと思います。
その後『悪人』と『横道世之介』の違ったタイプの二つの代表作を上梓したのが一般的な見方ですよね。
全体的なまとまりでは代表作に劣るとは思いますが、本作のような捻りの効いた作品はもっと作者が高みを極める作品へのステップ的なものであると信じたいと思ったりします。
読了日7月12日
評価8点。
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『路』 吉田修一 (文藝春秋)2013.01.21 Monday
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台湾に新幹線が走るというプロジェクトを通してその中に作者特有の優しさと郷愁感に満ちた人間模様が描かれている作品であり、プロジェクトの厳しさのリアルな描写を求めて読まれたら肩透かしを食らいます。
主人公と言って良い春香は大学生の頃台北に旅行し、そこで短時間知り合った男(人豪)が忘れられずにずっと引きずっているのですね。
引きずっていると言えば男性側の人豪も同様。
サイドストーリーも素敵です。
春香の先輩にあたる安西とアキ、高雄に住む威志と幼なじみの美青。
そしてやはり中年以上の読者が読まれたらやはり葉山勝一郎の存在ですね。
人豪が彼を慕っていく過程は微笑ましいの一言に尽き、勝一郎と中野の再会が一番感動的であります。
すっごく感動したかどうかと言えば微妙ですが、そこが吉田修一の魅力なのでしょう。
誰一人傷つけずに物語が進行します。映画化や中国語に翻訳して台湾の人にも読んで欲しいなと思います。
少し風呂敷を広げ過ぎるという意見もあるかもしれませんがそれは作者特有の温かい眼差しが注がれたためなのでしょう。
本当に登場人物ひとりひとりが魅力的ですよね。
最後に緩やかでありますがそれぞれの人物が繋がり、まさにタイトルどおり「路」が連なるが如くです。
作者はもっとも不幸であると言って過言ではない春香の恋人繁之でさえ、あらたなスタート地点を用意し読者に納得させます、さすがですよね。
そして私たち読者は現実に抱えているものが軽くなって気がし、爽やかで充実した読後感を得ることが出来る作品です。
(読了日12月23日)
評価8点。
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『さよなら渓谷』 吉田修一 (新潮社)2009.02.08 Sunday
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「週刊新潮」に連載されたものを単行本化。
ひさびさの“よっしゅう”こと吉田修一作品。
ご存じの方も多いと思うが、吉田さんは2002年に『パークライフ』で芥川賞、『パレード』で山本周五郎賞を受賞。
当時純文学とエンタメ系の両方の賞を受賞したことで話題となった。
その後、どちらかといえば若者の都市生活を描いたエンタメ系作品を中心に活躍、2007年に殺人事件を題材とした『悪人』を上梓し新境地を開拓、ますますその作品の幅が広がってきている。
本作は『悪人』と同系統のクライム系の作品。
物語は息子を殺害した疑いで、立花里美という名の若い母親が逮捕されるところからはじまる。
しかし主人公は彼女ではなくその隣人夫婦である尾崎俊介とかなこ。
彼らの過去に起こった事件から物語が動いていくのである・・・
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『初恋温泉』 吉田修一 (集英社)2009.02.08 Sunday
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いや〜、本当に巧いな吉田修一。
男女の機微や心のすれ違い、人間に潜む本質的な部分を語らせたら第一人者と言って過言ではないであろう。
たしかに、他の作家のようなメッセージ性は薄いかもしれないが、それが吉田作品のスタイルでもあるのだと思う。
吉田作品の特徴は、読んでいて“わかるわかるこの気持ち!”というように読者を必ず納得させてくれる部分。
平易でさりげない文章の中にも現代人の持つ倦怠感や不安な心理状態を鋭くあぶり出している。
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『ひなた』 吉田修一 (光文社文庫)2009.02.08 Sunday
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この作品は雑誌“JJ”に連載されていたものを大幅改稿したもの。
やはり女性読者を強く意識して書かれたものだと容易に想像できる。
主な登場人物は大路浩一・桂子夫妻と浩一の弟である大路尚済と彼の恋人新堂レイの4人。
春・夏・秋・冬、4人それぞれの視点から描かれている。
ちょっと簡単に4人を説明すると・・・
新堂レイは元ヤンキーであるが、大学でフランス語を習得しフランス本社の外資系有名ブランド“H”に就職。
その恋人、大路尚済はレイと同級生であるが一浪しているために大学4年生。
尚済の兄、浩一は中堅信用金庫に勤めている。
浩一の妻、桂子は出版社で編集の仕事をしていて帰りが遅くなることが多い。
物語は別居していた浩一夫婦が尚純と両親の家にて同居をはじめるところからスタートする。
あと浩一の友人・田辺もキーパーソン、どんな人物かは読んでからのお楽しみということで・・・
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