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『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』 宇江佐真理 (文春文庫)2017.11.24 Friday
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早いもので作者の宇江佐さんが亡くなられて早や二年が過ぎ去りました。デビュー作であり直木賞候補作であった本作を改めて読むと、思い出のアルバムをめくっているような感覚となる。本作が出て既に20年の日々が過ぎ去り、直木賞候補として6度ノミネートされ(歴代トップタイの回数)、惜しくも直木賞の受賞は叶わなかったけれど、亡くなる直前まで上梓を重ねられ都合67作品(内髪結いシリーズは16作品)私たち読者を楽しませてくれました。各作品のクオリティの高さは個人的には藤沢周平のそれに匹敵するものだと思っています。思うに作者も直木賞を受賞されなかった悔しさをばねとして頑張ってこられたように思うのである。
本作が時代小説全体に残した功績は甚大であると思います。それは読者層も含めて数年前の“みをつくしシリーズ”にも繋がっていると思います。一番の特長はどちらも市井物でありチャンバラ(武術)シーンがないことが上げられると思われます。
みをつくしシリーズは完全に主人公に読者が乗り移って読み進め、感情移入する作品として成功しましたが、本作は主人公の伊三次だけでなく恋人役(のちに妻となります)お文(おぶん)をはじめとするサブキャラクターが伊三次以上に魅力にあふれている点で、各編主人公が変って行き読者を楽しませてくれます。
作者は、「(このシリーズは)編集者がもう要らぬと言わない限り、書かせていただくつもりである」「伊三次とともに現れた小説家なので、伊三次とともに自分の幕引きもしたいと考えている」と述べているほどで、いわば作者のライフワーク的作品とも言え、登場人物の成長や変化が作者だけでなく読者の変化をも気づかせてくれるところが凄いなと読み返しながら強く感じました。
シリーズ序盤は共に25歳の伊三次とお文の恋模様が気になりますが、基本的には恋だけでなく泣けて笑えます。
とりわけお文のキャラが素晴らしく、そのいじらしさは圧巻で可愛く思わない男はいないと思いますし、シリーズの成功の最大のポイントとなっているのでしょう。
ディープな宇江佐ファンなら他の作者の作品の女性と比べてみて楽しむこともできるでしょう。
気風の良い江戸っ子言葉が再読しても印象的であり、天国にいる作者とお文を重ね合わせて読むと本当に目頭が熱くなる読書となりました。
少しずつ再読して、何年たっても読み継がれて行けるように少しでも尽力したいと思っています。
評価9点
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『為吉 北町奉行所ものがたり』 宇江佐真理 (実業之日本社)2015.10.24 Saturday
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やっぱりこの安心感は格別ですね。途中で為吉が登場しない話もあるのですが、それはそれで読ませますが本作はやるせない話が多いかもしれません。例えば岡っ引きのやってはいけないような話などを交えていて、これは現代社会に通じるものがあると思えます。
そして新たな試みと言えるのでしょう、与力の妻など今までスポットが当てられていなかった人が中心となる話が盛り込まれています。
最後に下っ引きとなったいきさつが宇江佐ファンとしては、為吉の今後の成長が語られる場があると予想され嬉しい限りです。これはやはり人との繋がりの重要性を説いているように感じる。
亡き藤沢周平がそうであったように文は人を表わすと言いますが、宇江佐作品に触れるとやはり幸せな気分に浸れますよね、休筆期間もあったと言われていますが、今後も健康に留意されこれからも魅力的な作品を書いて欲しいなと切に願っています。
評価8点。
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『雪まろげ 古手屋喜十為事覚え』 宇江佐真理 (新潮社)2014.01.24 Friday
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あとは、喜十が捨吉を連れて事件解決に奔走するシーンのエピソードなどが印象的ですが、結論として捨吉の登場により前作ではキャラが立ってなかった主人公である喜十の存在感というか人格が増したように感じられました。実の子以上に子供をかわいがることによって夫婦の絆はより深まって行きます。そして季節が移ろい行きますがこんな人生もいいものだと思わずにはいられません。あとラストの上遠野がおそめに一両を渡すシーンがもっとも印象的で、捨吉の姉たちのこれからの幸せを暗示しているかのようであり今回は前作以上に安堵感の高い読書を満喫させていただきました、作者に感謝です。
評価8点。
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『高砂 なくて七癖あって四十八癖』 宇江佐真理 (祥伝社)2013.10.12 Saturday
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各編のタイトル名が巧みに作られているのでそう言った観点で各編で描かれている人間模様を読んでみると余計に楽しく読める。
その象徴がラストの表題作であって、読んでいる途中で見当はついた方が大半だと思いますが、微笑ましい気分で本を閉じることができます。
息子に家業を譲って隠居した会所の管理人を務める内縁夫婦の又兵衛とおいせの愛情が各編の事件(というかトラブル)を通して深まって行くところが心地良く微笑ましい。
物語の根底にはなぜ籍を入れずにいたかという点が重要となって行きます。
特に男性読者は強く感じると思うのであるが、幼馴染みである又兵衛と長屋の差配をしている孫右衛門との強い友情ですね。物語の骨格をなす2人の関係は安心して読める宇江佐作品の象徴とも言えそうですが、やはり2人の誠実で人情味溢れる生きざまが共感を呼ぶのでしょう。
弱者というか不器用な人物に対しての温かいまなざしは卓越していて、このあたりが読んでのお楽しみなのであるが、具体的には「どんつく」の浜次と灸花(やいとばな)の道助。
胸が痛くなります。
あとはやはりこれは現代社会にも通じることですが、ちょっとの思い違いでお互いの妬みが膨れ上がり大きくすれ違ってしまうということですね。これは良い勉強となりました。
おそらく続きも読める日が来ると思います、楽しみにして待ちましょう。
評価8点。
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『ほら吹き茂平 なくて七癖あって四十八癖』 宇江佐真理 (祥伝社)2013.09.30 Monday
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たとえ武家物を描けば偉大なる先輩の藤沢氏に劣るかもしれませんが、市井物では藤沢氏の端正な文章には見劣りはしても、しみじみとした内容では引けをとらないと感じられます。
決して泣けるような話じゃないんだけど、適度にほろっとさせてくれます。このあたり他作との兼ね合いを考えて宇江佐さんのレベルでは書き分け出来そうな気がします。そして他の作家さんより秀でたところはやはり、各編40ページぐらいですが読み応えがあるところでしょう。
全6編中、やはり2編入っているファンタジー要素が入った千寿庵の話が印象的でしょうか。2番目の「妻恋村から」では天災にで家族を亡くしてずっと引きずっている男を主人公浮風が見事救います。
あとはラストの「律儀な男」ですね、意外な展開に驚いたのですが、主人公が律儀ではなく、箱根で救った男が律儀なのですが少しシニカルなタイトルが本を閉じる際に心に残ります。もちろん口は災いのもとですが主人公の市兵衛も律儀な男ですよね。
もろい愛情、あるいは強い愛情、いろんな愛を描いていますが、やはりこの方の作品の根底には身の丈に合った生き方をしなさいという川が流れていて、そのあたりは藤沢氏に通じるところがあるのだなと強く認識しています。
未読のものも多いけど、急いで読むのがもったいないと思えるほど心を癒してくれる作家であることは間違いないですね。
嬉しいことに「高砂」というタイトル名で続編が刊行されています。リンクした作品があるのかどうかワクワクして続きをじっくりと楽しみたいですね。祥伝社さんではずっとこのシリーズ書いてほしいです。
評価8点。
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『紫紺のつばめ 髪結い伊三次捕物余話』 宇江佐真理 (文春文庫) <再読>2013.08.23 Friday
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本作においてはやはり“すれ違い”がテーマとなっている。
特にお互いが強情な故に別れてしまった伊三次とお文。
これは読者もハラハラドキドキするものなのですね。
まあ、あるきっかけで表題作にて伊勢屋忠兵衛の世話を受けることとなったお文も悪いのかもしれませんがね。
お金がない(というかこつこつやって生きている)伊三次にとってはショックでしょうね。
2編目から3編目まではより伊三次のイライラがヒートアップする展開が待ち受けている。
「ひで」では幼ななじみの日出吉の死に直面し、次の「菜の花の戦ぐ岸辺」では殺人の下手人扱いを受けるのである。
それも不破は何の庇いもないのである。
ここで悲しいかな、伊三次と不破との信頼関係が崩れる小者をやめてしまうのであるが、逆にお文との関係が修復しそうな方向性で終わるのですね。舟での2人のやりとりはとっても印象的かつ感動的。
4編目の「鳥瞰図」は、まあ言ったら後に伊三次と不破との関係の修復を図るため、作者が不破の妻のいなみに一肌脱がせたと言って過言ではない感動の物語です。
伊三次がいなみの仇討ちを思いとどまらせるのです。
最後の「摩利支天横丁の月」は、お文ところの女中のおみつと1作目で強盗をやらかした弥八との恋模様が描かれている。弥八が改心し人間的にも成長して行く姿はとっても微笑ましく、おみつとの幸せを願わずにいられません。
いずれにしても、2作目まででこのシリーズの特徴は登場人物キャラクタライズがとてもきめ細かくされているということに気づくのである。
たとえば、ある人を造型的に取り上げるのでなく、いろんな過去のいきさつや生い立ちを巧みに交えてこの人はこういうところもあるんだということを読者に強く認識させてくれる点が、素晴らしいと感じたのである。
いわば、登場人物も作中で変化→成長していっていると言い切れそうなんですね。
それだけ作者が人間の感情のもつれや人情の機微を描くのに長けているという証なんでしょうね。
評価9点。
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『幻の声 髪結い伊三次捕物余話』 宇江佐真理 (文春文庫) <再読>2013.08.13 Tuesday
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本作に収められている全5話のうち、もっとも感動的である「備後表」以外どの犯人も決して悪人として読者に受け入れられない点が非常に印象深い。
いわば作者の温かさが滲み出ている作品だといえるのだけど、その温かさが主要登場人物のキャラに乗り移っていると言っても過言ではないのであろう。主人公である伊三次。
床を構えない廻り髪結いを職としている25才の下戸男であるが、本業とは別に下っ引として同心、不破の手下の顔も持っている。
一話一話の捕物的要素(ミステリー度)は低いんだけど、脇役も含めてそれぞれの登場人物の生い立ちが語られ、それがいかに展開していくかがこのシリーズの楽しみであると思われますね。
あとは、気風のいいセリフの飛び交うお文と伊三次との関係も含めて目がますます離せなくなるのですね。
あらためて読み返してみると、不破の妻のいなみがとってもいい味を出しているんですね。最後の「星の降る夜」の伊三次を諭すシーンは「備後表」でおせいと一緒に畳を見に行くシーンと並んで本作の中ではもっとも印象的で感動的なシーンと読者の脳裡に焼き付くであろう。
シリーズ第1作を読むのは実は5回目です。全11作中第6作までしか読んでないので決して良い読者とは言えないのですが、初期の頃の展開は他のどの時代小説よりもスリリングな印象が根強く、そして時代小説の面白さを教えてくれた記念碑的と言うかパイオニア的な作品なのです。
伊三次がこの世に出てもう16年経つのですが、若い伊三次を楽しめるので自分も若返った気にさせられました。
デビュー作なれど全5編の構成もすこぶる良い。
最初の3編は伊三次・お文・不破の主要登場人物の生い立ちをそれぞれの視点から事件をまじえて読者に披露する。
男性読者の立場からして伊三次を弁護したいと思う点を最後に書かせていただきたい。
恋人であり深川芸者であるお文に比べて頼りないのかもしれないが、その欠点を補って余るほどの長所が彼にはある。
そう彼の“一所懸命生きていこうとする”姿がお文の胸を打つ。
いや読者の胸を打つと言ったほうが適切であろう。
普通“健気”という言葉は男性には使わないのであろうが、伊三次にはあてはまるような気がするのである。
このあたり、作者の宇江佐さんの女性読者を意識した気配りは賞賛に値する。
評価8点。
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『古手屋喜十 為事覚え』 宇江佐真理 (新潮社)2012.11.02 Friday
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江戸浅草の「日乃出屋」という名の古着屋を舞台とした6編からなる連作短編集。主人公である喜十の人柄が他の宇江佐作品の主人公ほど魅力的に映らないのが少し残念ですが、周りを取り巻く妻のおそめや隠密廻り同心で喜十に為事(仕事)を振ってくる上遠野平蔵が魅力的でカバーしている感じですね。
他の宇江佐作品よりもミステリー仕立てな面や暗い話も多いのであるが、やはり人情話的要素の強い「小春の一件」が秀逸であろう。最後に捨て子が子供のいない喜十夫婦の店の前に捨てられる話があるのだが、二人の結婚への馴れ初めからしてこのまま自分たちの子にしてより夫婦の絆を深めて欲しいなと思ったりした読者も多いはずである。
小説新潮に連載されたのもですが、三カ月ごとに一話ずつ書かれている。そのあたり律儀できっちりとした作者の人柄が窺い知れる。
。季節感が滲み出ているのにも一役を買っているのであろう。
(読了日10月26日)
評価7点。
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『髪結い伊三次』本日よりBSフジで再放送開始。2009.10.12 Monday
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宇江佐真理さんのデビュー作であり看板シリーズである“髪結い伊三次シリーズ”がテレビドラマ化されたのが今から10年前の1999年。
そして待望の再放送が本日よりBSフジで開始となります。
現在までシリーズは8作品出てますが、ドラマは全9話なので内容的には第1作の『幻の声』(1997年)と第2作の『紫紺のつばめ』(1999年)ぐらいまでの話となりそうです。
若き日の伊三次とお文が楽しめますね。
放送は毎週月曜日 19:00〜19:55 【再放送】翌週月曜日 8:30〜9:25です。
ちなみにキャストは
伊三次 :中村橋之助
不破友之進 :村上弘明
文吉(お文) :涼風真世
いなみ :伊藤かずえ
弥八 :山田純大
中村橋之助はかわせみシリーズのイメージが強いですが、どう演じてるのやら楽しみです。
http://www.bsfuji.tv/top/pub/isaji.html
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『卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし』 宇江佐真理 (講談社文庫)2009.05.23 Saturday
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宇江佐真理の作品は何度読んでも飽きない。
なぜなら、結末がわかっていても宇江佐作品に集中してる時の“幸福感”を読者が実感出来るからである。
少し心が弱ってる時に読むと効果抜群の宇江佐作品であるが、またまた恰好の1冊を読者に提供してくれた。
題名から推測出来るように食べ物を題材とした連作短編集である。
近年歴史小説も書かれている宇江佐さんであるが、本作は従来の宇江佐さんの得意分野(庶民的な市井もの)により磨きをかけた作品と言えそうである。
彼女の代表作である“髪結い伊三次シリーズ”のようにハラハラドキドキさせられる恋愛模様の展開はみられないが、夫婦や家族のあり方をじっくりと考えさせられる秀作に仕上がっている。
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