-
『ブラフマンの埋葬』 小川洋子 (講談社文庫)2015.07.03 Friday
-
解説の奥泉光氏が本作が創作されたのは南フランスにある小さな町を訪れた際にヒントを得たと裏話を披露しているがとっても感慨深い。
それにしても本作のような読者を非日常の世界に連れて行ってくれる作品はまさしく小川ワールドと呼ぶにふさわしいのであろうが、10年の歳月を経ても全然色褪せないことに驚かされる。
初読の時に感じたブラフマンという得体のしれない小動物に邂逅した驚きはさすがに小さかったけれど、主人公であり芸術家が集う創作者の家の世話係をしている僕がいかにブラフマンを愛おしく思い、悲しみを乗り越えてタイトルでもわかるように彼を埋葬したかが語られるのであるが、やはり読者にとっては結果がわかっていつつも読み進めるにあたって、そうであって欲しくないという気持が強く芽生え感情移入を余儀なくさせられる。
作中でレース編み作家や雑貨屋の娘がブラフマンに取る態度がとっても腹立たしく感じたけれど、最後のおくるみを作ってくれるところで帳消しですかね(笑)
小川作品は何回読んでも新たな発見があり、いわば読者の想像力を試されているようにも感じられる。それだけ奥が深い証拠だと思われるけれど、僕が作中で買ったとある家族の写真がとっても印象的で、ブラフマンを大切にした気持ちの源となっているのかなと考えずにいられない。とっても美しくて悲しい作品であった。
評価8点。
-
『夜明けの縁をさ迷う人々』 小川洋子 (角川文庫)2014.09.29 Monday
-
まるで朱川湊人とかミルハウザーを彷彿とさせるような奇怪で不思議な話が盛り込まれていて、時には懐古的にそして幻想的な世界が堪能出来るのであるが、グロテスクな作品もありとにかくバラエティに富んでいるという言葉以外に形容が出来ないのであろう。
中にはブラックユーモア的なものもあり、決して感動的な話は少ないので、どこまで読者を引き付けるかどうか、そのあたりは読者を選ぶ部分もあるのでしょう。作者の初期のテイストに近いとも推測します。
本作品集においてはやはりその構成の妙が読者にとって魅力的に感じる。それは最初と最後に野球関連の話が配置されていて、全9編ということで野球のイニングにたとえられるのでしょう。
個人的に印象的だったのは 中華料理店のエレベーターのなかで生まれ育った男を描いて哀愁感の漂う「イービーのかなわぬ望み」や自分の涙に特別な効果があるということで、
涙を売って暮している女が恋をする様を描いた「涙売り」は本作の中では感動的な要素が詰まってます。
読者にとっての宿題は読み終えたあとにタイトル名を照らし合わせてみることなのですね、やはりそれなりのコンセプトを感じ取ることが出来たとも言えるのですが(笑)
作者の世界はもっと奥が深いのかそれとも本作はサラッと読み流す類のものなのか自分自身でもわからないけど、そこが読書の醍醐味でもあるようには感じられます。
とにかくこれから秋の夜長の静けさの環境の下で読んでどっぷりと小川ワールドに浸るのには格好の一冊だと言えそうです。
評価8点。
-
『人質の朗読会』 小川洋子 (中公文庫)2014.06.25 Wednesday
-
エピソード作りに長けた作者らしく、それぞれの物語がとっても印象的なのであるが、とりわけやまびこビスケットの話が脳裡に焼き付いて離れない。
作者の物語を読むと誰もが平凡だけど実は個性的なのであるということを知らしめてくれる気がするのであるが、それは作者の作品を読むと人生に深い彩りを添えてくれる感が強いことに繋がっているような気がする。
地球の裏側にある村の反政府ゲリラに人質として拉致されたという朗読会が行われている設定自体、少し難を言えば、物語の設定上、入り込めば入り込むほど捉えづらい面もあり、かといってサラッと読むべき作品でもない。個人的には私たちが生活している国の平和ぶりがクローズアップされたという捉え方もできるのであろうと考える。読者自身がもし同じような環境に陥った場合、どのような話を朗読するべきかということを9人目の朗読者としてシミュレーションすればより本作を楽しめるような気がする。
今の日本の現状と読者自身の立ち位置の把握という両面の理解を促せてくれる作品であり、それは作者から読者へのプレゼントのように受け取っている。 余談であるが、本作は本来映像化しづらい作品だと思われるがWOWOWにて見事にドラマ化されている。原作とは少し設定は違うのであるが、視聴者が見やすくなるように工夫が凝らされているという範囲内のことだと考えられる。機会があればそちらもご覧いただきたい。
評価8点。
-
『ことり』 小川洋子 (朝日新聞出版)2013.01.21 Monday
-
本作は生きることの大いなる辛さとちっぽけだけどひたむきな幸せが表現された傑作です。
主人公はことりの小父さん(弟)とその兄で、世間から離れた所で小鳥たちの声だけに耳を澄ます兄弟のつつましい人生。
ポーポー語という鳥との会話しか出来ない兄、そして兄の唯一の理解者である弟。やがて兄は人生の幕を閉じます。
最も印象的だったのは図書館の司書との淡いと言っていいのでしょうね、恋の話です。
切なくてこの物語の哀しさをより深くしています。
しばしば小川作品のキーワードとなっている別れですが、本作では死という究極の形で表現されていますが、これは読者に配慮して冒頭で語られています。
もしその配慮がなければ本を閉じる時にあまりに悲しくて、小川さん得意の哀しさが表現出来なかったのかなと思ったりします。いわば読者への配慮ですね(笑)
なぜならことりの小父さんのお兄さんの死も作中で描かれているからです。
究極の兄弟愛を描いた本作、過去の小川さんの傑作『猫を抱いて象と泳ぐ』や『ミーナの行進』と比べて、幻想的でないだけに読者にとってもそこに描かれている人生における生きがいと直面する死とがリアルに伝わってくるのです。
本作が小川さんの新たな代表作であると確信しつつも、自分も死を静かに受け入れることが出来るだろうかという疑念が当分脳裏から離れないであろうことを確信している。
小川ワールドにどっぷりですね。
(読了日 12月14日)
評価9点。
-
『最果てアーケード』 小川洋子 (講談社)2012.12.01 Saturday
-
世界で一番小さなアーケードを舞台として大家であった亡き父の娘が少女の頃から配達人となった現在に至るまでを語っていきます。
それぞれの話の店主や登場人物は個性的ですが中には事情があってハッとさせられる物語も含まれています。
小川さんにかかると本当に物語は変幻自在に操られます。
解明されないようなこともあるのでしょうが、それも含めて小川ワールドなのでしょう。
でも一貫しているところはやはり“愛しさ”と“優しさ”が詰め込まれているところでしょうね。
印象に残った話はRちゃんの百科事典の話、輪っか屋さんと元オリンピック選手との話、そしてラストの父との映画を観る約束の話あたりでしょうか。
正直評価の分かれる作品だとは思います。それは小川洋子というトップブランドと言っても過言ではない作家に対する“面白くて、そして良かって当然”という読者の先入観がもたらされているからだと思います。
個人的にはよっぽど読解力のある人はともかく、じっくり何回か噛みしめて読み込んでいく作品なのだと思いますが、本好きは次々読まなくてはいけないので(笑)なかなかそれができませんよね。
書き忘れてしまいますが、本作での愛犬“ラブ”の変化も物語に大きな彩りを与えています。
父親だけへの愛情が目立ちますが愛犬に対しても気配りを含めた愛情が溢れています。
切なさが増す読書となったような気がします。
(読了日11月14日)
評価8点。
-
『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川洋子 (文芸春秋)2009.04.04 Saturday
-
<かつてこれほどもの哀しくて美しい物語があっただろうか、追憶の一冊。>
まず最初に本作の感想を書くにあたって、物語と作者の文章があまりにも素晴らし過ぎて感想が上手く紡げないというジレンマに陥ったことを書き留めておいて駄文ながら綴りたいと思う。
初出誌 「文學界」2008年7月号〜9月号。
約3年ぶりに小川さんの作品を手に取った。
彼女の作品は有名どころの3作品(『博士の愛した数式』『ブラフマンの埋葬』『ミーナの行進』)しか読んでいないが、どれもが素晴らしく心に残る作品であった。
そして上記3作品に勝る勢いの本作の素晴らしさ。
作者の類まれな筆力はどう表現したらいいのだろう。
本当に安心して身を委ねられる作家ですよね。
小川さんが描くと、たとえどんなに荒唐無稽で非現実的な物語でも素晴らしい光沢を持った作品として読者を感動の渦に巻き込む。
本作は寓話というジャンルになるのであろう。
なぜなら私達読者も論理的な説明を作者に求めていないからだ。
そういったものを超越した世界、すなわち小川ワールドに読者は浸りたいのである。
どっぷりとどっぷりと・・・
-
『ミーナの行進』 小川洋子 (中央公論新社)2009.04.04 Saturday
-
美しくて心が安らぐ小説である。
私の場合何年かに1度、欠点のない作品に出くわすことってあるのであるが、本作もその数少ない作品の中の1つに仲間入りを果たしたと言える。
小説を読んで、是非他の方とこの暖かさを分かち合いたいと思ったことはないであろうか。
私はこの作品をひとりでも多くの方に手に取って欲しいなと思っている。
この作品はいわば読者の賛否両論の起こりうる作品ではないと思うからだ。
多少の読書のジャンル的な嗜好による合う合わないは出てくるであろうが、根本的に否定される方って“あまのじゃく”だと思うのである。
小川さんは本作で小説で描きえる最大限の懐かしさやあたたかさを読者に披露してくれている。
小川さんの上手さに舌を巻いた読者のひとりとして感想を書かせていただこう。
< 前のページ | 全 [1] ページ中 [1] ページを表示しています。 | 次のページ > |