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『羊と鋼の森』 宮下奈都 (文藝春秋)2016.01.25 Monday
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有体に言えば調律師である一人の若者の成長物語なのだけれど、読者の心を揺さぶることが間違いのないと感じるのは読者自身が誠実に努力して生きて行けば必ずいいことがあると、読後に切なさを通り越して他の作品では味わえないような清々しさを感じとることが出来る。
やはり主人公である外村のキャラ(特別な才能を持っていないけれど彼の生い立ちが起因している)が絶妙で作者の静謐で美しい文章が奏でるピアノの音色が読者にも響いてくる。ピアノの世界に入るきっかけを与えてくれた板倉や双子姉妹を初め、直接の面倒を見る柳など周りを固める人物の配置も絶妙。
読み終えた読者の大半が外村から学ぶ点が多いと気付く。少しの勇気と大きな謙虚さ、そして努力を怠らないこと。人生を切り開いて行くレクチャーを受けた気がする。外村がこの先、調律されたピアノを弾く人の幸せな姿が目に浮かぶ。人生にロマンは必要である。
嬉しいことに本作は本屋大賞にノミネートされた。本屋大賞の本来の趣旨から言えば大賞を受賞してもおかしくないというか、ふさわしい作品であると感じる。推測であるが、舞台が北海道ということで作者が北海道に移り住んだことがこの物語の誕生に繋がったのであろう。
作者にとって本作を上梓された意味合いは今後の作家人生にとっても大きいと感じる。これからも読者の心に響く物語を書いてもらいたい。余談であるが外村との関係も含めて、双子の高校生の女の子たちのその後の物語も読んでみたい気がする。
評価10点。
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『たった、それだけ』 宮下奈都 (双葉社)2015.01.07 Wednesday
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ラストは作者の良さが十二分に発揮されたと感じます。いろんな過去を引きずっていても、明日を見据えて生きて行くことの大切さを教えてくれます。ルイちゃんの名前(本当は涙と書きます)のことが言及されているが微笑ましくもあり少しジーンと来たのであるが、読者である私たちも嬉しい涙を流せる人生を送りたいものですね。
評価8点。
(読了日2014年12月31日)
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『ふたつのしるし』 宮下奈都 (幻冬舎)2014.12.09 Tuesday
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決して現実的な話ではないかもしれませんが、人間誰しも夢を持ってそして前向きに生きて行くと良いことがあるということを物語を通して読者に教えてくれます。
読ませどころはやはりふたりのハルがどういう接点で交わっていくかということでした。
それと有体な表現になりますが、しるしという2人の愛の証と言える子供の誕生が読者にとっても大きな喜びとなっている点でしょうか。
どちらかといえば不遇とも言える2人の生い立ちがどう絡めていくのかと思いました、女性が5〜6歳年長で少なくとも男性側よりもしっかりものですよね。
ターニングポイントはハル(温之)にとってミナとの出会いが大きかったのでしょう。自分自身、生きてゆくうえで引け目を感じていた彼がそこから旅立つきっかけとなったと思います。
余談ですが、作者の人柄が文章に滲み出ていて、たとえ遥名が不倫をしていても温之とは合わないとかいう気持ちにさせられませんよね。あと健太という友達の存在が気弱な温之にとっていかに大きかったか、終盤のしるしちゃんの語りからわかるところが微笑ましくもあり感動的でもあります。
ラストの「生い立ち記」は感動的で2人の夢が叶ったところを見届けれて心温まる読書を体験できたことを作者に感謝したいと思います。
評価8点。
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『窓の向こうのガーシュウイン』 宮下奈都 (集英社)2013.03.23 Saturday
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世の中は後出しじゃんけんに満ちている。真面目にかつ誠実に生きる人に救いをもたらす物語。
いつもの宮下作品とはちょっと違って、胸のすく思いを求めてはいけないんだけど、また違った方向性を示してくれた作品である。
グッとくるところは少ないんだけど、他の作品と一線を画するという意味合いにおいてはとっても印象的なターニングポイントとなる作品である。
驚いたのはそうですね、情けない(?)お父さんの登場シーンでしょうか。これは佐古が横江さん一家と親しくなることに呼応したように戻って来ます。
そして私がもっとも感じたのは普通の準が凄く佐古さんに対して劣等感を抱いているところですね。
本来は逆なのですが、佐古さんが額装のお手伝いをすることによって立派に成長して世界が変わったのです。
誰もが多少なりとも自分自身に欠けているものを自覚しているのであろう、少なくとも主人公のように明確なものでなかろうとも。
ただ作者は器用な言葉を使って読者に説明しています、それは“物差し”という言葉です。ふと自分は物差しを持ち過ぎなんじゃないかと思われた読者は多いはずです。ふと主人公を見習わねばという気持ちにさせられるところが一番の読ませどころなのでしょう。
読者が本作のような作品を求めているかどうかは別として、他作と違った評価をすべきだと思ったりします。作家というのも難しい商売ですねと改めて感じた作品でした。
エンディングんのまとめ方はいい意味で宮下さんらしかったとつけ加えておきたい。
晴れやかなとは言いませんが、物語の内容に伴った光明がもたらされた終り方だったと感じました。
再読すればもっと理解を深めることができるとは思います。
(読了日2月28日)
評価7点
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『終わらない歌』 宮下奈都 (実業之日本社)2013.02.04 Monday
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高校2年生から大学で言えば2回生の年代へ、前作は少女だった登場人物達が大人へと成長する時期に差し掛かった時期に当たる。
前作においては玲をはじめ皆、どことなくやる気が失せてたり何かを引きずっている状態の女の子たちが合唱を通じて心を開き合って行く過程が見事に描かれていたのであるが、本作では夢を追いかけているのだがその中で壁に打ち当っている状態が描かれている。
メインの話としては、念願かなって音大に進学したがもがき苦しんでいる玲と、彼女の親友でミュージカル女優を目指している千夏が関わった話でまあ読んでのお楽しみなのですが、胸のすくラストが約束されています、まさに心にしみる宮下ワールド、玲や千夏の歌声が聞こえて来ますよ。
千夏はカレーうどんが美味しいうどん屋の娘で前作からとっても印象的な女の子なのですが、とっても一生懸命なところが胸を揺すぶられます。
どちらかと言えば玲の背中を押している役割を演じていると言っていいでしょう。
あと、サイドストーリーとしては北陸での話ですね「コスモス」、語り手が28歳の女性が担当していて物語をよりふくよかなものとしている。
全体を通してもっとも感じ取らなければならないところは、高校生たちだった彼女たちがずっと繋がっているということ、それを読者も共感し自分自身にも当てはめてみると明日からは少し世界が広がるのだと思います。
個人的には前作の『よろこびの歌』と含めてこの2作のシリーズを宮下作品の代表作だと捉えている。
少し余談であるが、あまり本を読まない人にオススメの作家を教えて欲しいと言われたら原田マハ、瀬尾まいこ、そして宮下奈都を勧めている。
3人とも温かい作品を書く作家で読者に切なさと夢を提供してくれていると私は捉えています。
(読了日1月24日)
評価8点。
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『よろこびの歌』 宮下奈都 (実業之日本社文庫) <再読>2013.02.04 Monday
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初読の時よりも玲の母親の気持ちがわかりました。本作は平凡な女子高(私立明泉高等学校)の2年生のクラスメイトたちが描かれています。
全7編からなる連作短編集で最初と最後が御木本玲という、親が著名なヴァイオリニストで、娘である玲が音大の付属高校を不合格になって明泉高校に入学するところから始まります。
夢が途絶えられて、落ち込み気味で入学してきた玲ですが合唱というチームでなし得る行事によって心を開いていくのですね。
とりわけ、高校生ぐらいの多感な年代の頃って隣の芝生は青く見えがちですよね。
本作が成功している大きな要因は、各編ごとに視点が変わっているところですね。
上述した“隣の芝生は青く見える”ところが読者である私たちに本当によく理解できます。
これはあたかも、私たちがそれぞれの編の主人公に乗り移ったかのように感じられるのですね。
それぞれの個性的な人たちが持っている、それぞれの悩みがリアルで思わず誰もが持っている“心の中の膿”を出したい衝動が本当によくわかるのですね。
この作品を読んでいて、誰もが似たようなことで悩んでいるということを理解しつつ、そしてあの人にもこんな悩みがあったのだと思わず納得し、そして時にはニンマリさせられてしまいますよね。
それぞれの悩みは、希望がありそして夢へと繋がる悩みなのですね。
悩みことによって心の成長を得ることができますよね。
“人生失敗を恐れてちゃ何も出来ない。”
作者の一番訴えたいところはこの点だと私は思います。
(読了日1月21日)
評価9点。
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『誰かが足りない』 宮下奈都 (双葉社)2011.11.04 Friday
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地方の駅前のロータリーにあるれんが造りの古い一軒家の人気のレストラン“ハライ”に、くしくも同じ日の同じ時間に予約したお客さん6人のそれぞれの来店にいたるまでのエピソードを描いた連作短編集。 思わず自分も7人目のお客さんとして行きたくなるのですが、作者は過去を振り返りつつも未来の重要性を教えてくれます。 レストランって言えばお洒落なイメージなのですが、内容的には総じて少し重いですね。一冊読み終えて最後に心が軽く前向きな気持ちになれます。特に「予約2」は秀逸。
初出 “小説推理”を大幅な加筆・修正。
宮下さんの最新刊です。これでコンプリートですね。
個人的には『よろこびの歌』と同じぐらいベストの評価をしたく思います。
この作品は読み終わって幸せな気分に浸れる小説ですね。
まあ宮下さんの作品すべてがそうと言っても過言ではないのですが、まず「予約1」から「予約6」まで 本当にバラエティに富んだ主人公が登場します。
中には風変わりな人も登場します、たとえばビデオを撮っていないと部屋の外に出られない青年や、人の失敗の匂いを感じてしまう女性など。
身近に同じような悩みの人を見つけることができれば共感度が強いですね。
私が最も感動した「予約2」の認知症の老女の話なんかは結構リアルです。
帯に書かれている“足りないことを哀しまないで、足りないことで充たされてみる。”という言葉がジーンと来ます。
いつも死んだ夫が身近にいるのですね。そしてまわりの家族との距離感が絶妙に描かれています。
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『メロディ・フェア』 宮下奈都 (ポプラ社)2011.10.28 Friday
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初出 asta。
主人公の結乃は大学を出て田舎へUターン就職、化粧品カウンターの美容部員として働き始めるのであるが、志望していた赤や白がテーマカラーの会社や外資系の会社を落ちたあげく、ピンクがテーマカラーの会社にやっと引っかかり、なおかつデパートじゃなくって郊外のモール勤務なのです。
まあ前途多難な方が、いろんな葛藤があり作者としても書きやすいのでしょうが(笑)
そして付け加えると家族との軋轢があるのです。それは母と妹が化粧品の代名詞とでも言える口紅を嫌ってるのです。
これは読んでのお楽しみですが、結構深い話が根底にあります。
姉妹の確執とあとは、旧友のミズキとのひょんなことからの再会がこの物語の主人公再生の部分以外の太い幹となって描かれています。
というかこれをクリアして成長していくのですね。
ミズキの登場のシーンが印象的です。ちょうどタイトル名になっている懐かしい名曲『メロディ・フェア』が流れる時間に現われます。鉄仮面のような厚化粧をしてたので初めは誰かわからずに避けていたくらいです。
あと男性読者としては、化粧に寄せる想いはないのですが、普段身近でないだけに新鮮に感じたのは化粧品売り場の実態ですね(笑)
いろんなお客さんがいてます、そしてそれだけドラマがあります。
口紅一本で女性の人生が変わると言っても過言ではないですよね。
男性からしたら、すごく大変だなと思いつつも素晴らしいことだと思わざるをえません。
読まれた方の大半がそうだと思うのですが、浜崎さんの初恋と嫁との話、やっぱり印象的ですよね。
あとは馬場さんや前任者の白田さんやマネージャー、もっと掘り下げて書いてほしかったような気もします。
それぞれのサイドストーリー読んでみたいです。
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『田舎の紳士服店のモデルの妻』 宮下奈都 (文芸春秋)2011.10.19 Wednesday
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初出 別冊文芸春秋。
本作は本来女性が読まれて大きな共感を呼ぶ作品なのでしょうが、男性読者の私が読んでも同様の結果を得ることができました。
それは女性としてだけでなく、人間として主人公の梨々子が魅力的に成長をした証しだと思います。
これから結婚しようと思っている女性にも是非読んでほしいです。
結婚してからの良い点と悪い点との両方が巧みに描かれていて良い勉強になるんじゃないでしょうか。
宮下さんの作品は本作で5冊目ですがいずれも外れがなく安心して読めます。
読者が“ああ、読んでよかった”と必ず満足感を得て本を閉じることができます。
私の好きな作家である瀬尾まいこさんが“平易な文章で感動を呼び起こす作家ならば、宮下さんは“美しい文章で感動を呼び起こす作家だと言えそうです。
私的には2人とも共通してるのは“この本に出会えて良かったということ”ですね。
何が好いかと言えば、物語の着眼点&着地点が良いんですね。
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『よろこびの歌』 宮下奈都 (実業之日本社)2010.05.17 Monday
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若いって本当に希望があっていいですね。いつまでも前向きな気持ちを忘れずに本を閉じれた。作者に感謝ですね。>
世界は六十八億の人数分あって、それと同時に、ひとつしかない。いくら現実逃避したところで、ここで私は生きていくのだ。こんな小さな街にも、クラスメイトたちが住み、先生が住み、そして学校とは関係のない人がそれよりもたくさん住んでいる。ピアノがほしくても与えられなかった子も、ヴァイオリニストを母に持つ傲慢な娘も、ここで生きている。ここで私は生きていくのだ。専門的な勉強をしていなければ通じないのなら、誰のための音楽だろう。
(本文より引用)
初出“月刊ジェイ・ノベル”を加筆・修正。
お気に入りの宮下さんの昨秋発売された作品。
まだ単行本4冊しか上梓していない宮下さんですが、個人的には本作が一番心に響き、そして心に残る一冊となりました。
構成・内容ともに素晴らしいですね。
この人の作品の特徴は、温かい眼差しで読者の背中を押してくれるところだと信じて疑わないのですが、本作では作者の特徴が一番発揮出来ているように思えるのですね。
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