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『七緒のために』 島本理生 (講談社)2012.12.01 Saturday
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表題作を読み終わった後、ため息が出た。美しい文章が特長の島本作品なのだが、14歳の多感で依存心の強い女の子2人の友情の物語と言えば聞こえが良いが、実は虚言癖のある女の子に振り回される女の子の話でかなり重くて辛くかつ共感し辛い話である。
たとえ少数派であろうが、正しくないかどうかにはかかわらず、主人公の気持ちに共感できるというのが島本作品の魅力ではあったのであるが、少なくとも以前は。
この世界を理解できるのは胸がざわつく可能性が高いお若い方かもしくは女性しか無理なのかなと思ってもどかしい読書となった。
その理由としていつもはわかり辛ければもう一度読むのであるが、それをも拒否してしまう自分がいるのである。
決して島本さんの集大成的な作品とは呼びたくはない自分がいて、成長過程の上での変化として捉えたい作品である。
もう一編の「水の花火」、これは2001年の作品で登場人物も高校生でこちらは心に響く部分が多かったように思えます。
いなくなった友人をひきずっている所が緊張感を醸し出しているのが心地よい。
少し総括すると高校生の頃にこのレベルの作品を書けた作者が、表題作を読むとファンの一人としてその方向性に対して少し残念な気がしました。
(読了日11月23日)
評価5点。
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『アンダスタンド・メイビー』(上・下) 島本理生 (中央公論新社)2012.08.17 Friday
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島本さんのヒロインは男性読者として、いつもその恋を応援したい気持ちを持ちながら読んでしまうのだけど、本作の主人公黒江はついていけない部分が多く、その家庭環境を斟酌しても同情の余地が少ない。 物語が進むにつれて選ぶ男が悪くなっていく感が強く、第2章ではかなり転落してしまいます。下巻は師匠によって救いがもたらされるのでしょうか、それとも彌生君との復活があるのかな。手紙に入っていた過去の写真の真相も気にはなりますよね。 とにかく胸が締め付けられる展開を希望(笑)。ただし島本作品の文章の美しさは折り紙つき。
下巻に入って、過去のいろんなことが露わになり、上巻で感じた黒江に対しての少なからずの不快感は緩和されたけど払拭までには至らなかった。
ただ読者によっては払拭されたことであろうとも思われる。それは読者の性別・年齢・環境、もっと言えば考えや読解力によって違うと思います。
作者の読者層が広がっているのも事実かなと思います。たとえば今までの作品になかった子供の育て方に関して考えることを余儀なくされた作品でもありますし、幼児虐待・カルト宗教問題にも触れていますよね。
触れているというか主題にもなっているような気がします。
男性の登場人物は本当に多彩ですよね。
彌生君のような“神様”のような人は別として(笑)、でも私は浦賀仁師匠も神様のような人だと思います。
そして前半の写真部の光太郎も好人物です、あとは羽場先輩に賢治君。この2人の区別は本当に読んでのお楽しみかな。
どうしてもふらふらしているというか、男に頼り過ぎなんだという気がするのですよね。
結果としてハッピーエンドに近い形(?)で終わりましたが、決して黒江の経験したことを自分の子供に体験させたくないですよね。
少なくとも同情はしますが、共感出来たかと言えばやはり疑問ですかね。
それを少し説明するとこうなります。
この物語の大きな主題は“家族の絆”だと思います。
家庭環境によって黒江という人物が形成されたと解釈すればそれまででしょうが、そうなれば恋愛観っていうのが異なって当然のような気がします。
作者はそれ(家庭環境の悪さ)によって上巻の転落ぶりを説明したかったのだと思いますが、少しいろんなことを詰め込み過ぎて男性読者としての意見を言わせてもらえれば、彌生君は黒江にはもったいないというような気が強くしたんです。
だからエンディングは最高だったと個人的には思います。
作者の代表作だと思われる『ナラタージュ』をリアルタイムで読んだファンとしては、本作の1200枚という今までにない長い作品(そして書き下ろし)のため、若干風呂敷を広げ過ぎたような気もします。作者にとって、他作にない問題提起をした作品だとは言えると思います。
個人的には決して満足できる作品とは思えませんが、作者の成長が窺えた作品であると言うことは間違いないですね。
少し辛口となりましたが作者の素晴らしい作中の言葉を綴ります、女性の感受性の豊かさには心が揺さぶられます。
この文章を読めただけでもやはり幸せな読書タイムだったなと思わざるをえませんし、やはり作者には“恋愛小説の神様”を目指して欲しいなと思います。
敢えて“神様”という言葉を使わせていただきました。読まれた方には賛同していただけると確信しています(笑)
“女の人というのは、たぶん僕らが思ってるよりもずっと多くのものから傷つけられて、生きている。”
(本文より)
評価7点。
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『大きな熊が来る前に、おやすみ。』 島本理生 (新潮文庫)2010.05.11 Tuesday
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喧噪からは遠い、都会の室内劇。似たような場面が、人物の名前を変えてロンドンやニューヨークで繰り広げられているとしてもおかしくない。若い男女の気持ちの接近やすれ違いは普遍的なテーマだし、暴力にるトラウマの問題も、世界共通だろう。静かだけれどとても奥行きのある短編を書いている、アリス・マンローやジュンパ・ラヒリ、ドイツ語圏のユーディット・ヘルマンやインゲボルク・バッハマンなどの、文学の名手たちの名前が浮かんでくる。島本作品も、そんな名手たちの系譜に連なる資質を備えているのではないだろうか。
(文庫本解説より引用)
上記引用文は文庫本の解説文ですが、解説を書かれているのがドイツ人著名作家ベルンハルト・シュリンクの 『郎読者』を翻訳されている松永美穂さんの言葉である。
松永さんが島本さんの作品を読まれて解説を書かれていること自体、身近に感じられ嬉しいのであるが、さらに上記のお言葉、これは島本ファンの一人として本当にこれ以上の賛辞の言葉はないと思うのですね。
本作は他の島本王道恋愛作品とは違った趣の作品集である。
他の島本作品は今更説明するまでもないとは思いますが、たとえ叶わなくっても(叶わない方がいいのかもしれませんが)、恋愛の持つ切なさそして温もりを私たち読者にいろんな形で表してくれていますよね。
本作は私が想像するにちょっと悩んだ時期の島本さんかなと思ったりするのですね。
島本さんの内面を描く巧みさは群を抜いていると私は思うのですが、本作においては具体性を帯びた内面を描くことによって、恋愛の一歩手前というか、“生活感のある心の痛み”を読者に提示している。
本作の凄さはそうですねビターな島本理生なのですが、そのビターさも恋愛のそれじゃなくって人生のそれなのですね。
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『君が降る日』 島本理生 (幻冬舎)2009.05.24 Sunday
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初出papyrus。
3編の中編からなる作品集。
かつて島本さんの大ファンだった時期があった。
彼女の代表作だとされている『ナラタージュ』、当時そのセンセーショナルな三角関係の内容に大いに共感したのであるが、その後やはりプレッシャーが強かったのかあるいは、『ナラタージュ』で精根尽き果てたのか定かではないが、やや尻すぼみ的な感が否めなかった島本さん。
しかしながら本作で島本ワールドが帰ってきたと確信したいと思うのである。
本作は一番長い表題作の「君が降る日」がいちばんインパクトが弱いかなと思われる。
恋人(降一)を交通事故で喪ってずっと引きずっている主人公の志保。
車を運転していて軽傷ですんだ五十嵐と接近するのであるが、やはりいつも降一のことを忘れることが出来ない志保。
少し五十嵐の描き方が男性読者からしたら滑稽に感じないでもないのだが、切なく仕上がっていると言えばそうとも取れる一編。
主題的に書きにくいですよね。
まあ同じ悲しみを持つ2人の恋愛なんだろうけど、引きずりすぎとも取れないかな。
五十嵐も他にいい子見つけなよとアドバイスしたいです。
女性読者からしたら博多に会いに行った主人公にイライラでしょうね。
でもこのイライラ感が島本作品の真骨頂ですよね。
亡き恋人の弟祐嗣が良い味出してましたね。
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『一千一秒の日々』 島本理生 (角川文庫)2009.05.24 Sunday
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たとえ私が四十歳になっても六十歳になっても、海を見るたびに、初めて来たときに一緒だった長月君のことを思い出すんだなって。たとえ私たちがお互いを嫌いになって別れたとしても、その気持ちとは関係なく懐かしんだりできるんだね
本作は文芸雑誌「ウフ」に連載されてた6編と最後に「ダ・ヴィンチ」に掲載された短編1編が収録されている。
実質は連作短編集と言えそうである。
前作『ナラタージュ』で狂おしいまでの純愛を描ききった島本さんであるが、本作はライトな短編集に仕上がっている。
どちらかといえば青春小説として楽しむべき作品だと言えそうだ。
切なさと言うよりほろずっぱさを強く感じたのである。
「ウフ」に掲載された6編は大学生を中心とした男女が出てくるのであるが、全6編中3編が男性視点で描かれている。
大きく注目すべき点である。
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『ナラタージュ』 島本理生 (角川文庫)2009.05.24 Sunday
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『あなたはいつもそうやって自分が関われば相手が傷つくとか幸せにできないとか、そんなことばかり言って、結局、自分が一番可愛いだけじゃないですか。なにかを得るためにはなにかを切り捨てなきゃいけない、そんなの当然で、あなただけじゃない、みんなそうやって苦しんだり悩んだりしてるのに。それなのに変わることを怖がって、離れていてもあなたのことを想っている人間に気付きもしない。どれだけ一人で生きてるつもりなの?あなたはまだ奥さんを愛しているんでしょう。私を苦しめているものがあるとしたら、それはあなたがいつまで経っても同じ場所から出ようとしないことです』
前作『生まれる森』が芥川賞候補に上がった時、残念ながら他の若い同世代作家(綿矢さんと金原さん)が受賞された。
選考委員に先見の明があったのかどうかはここでは語りたくないが、自分の作品スタイルを若くして構築されている島本さんの実力を深く認識された読書好きも多かったはずである。
私も“5年後10年後どんな作品を書いているのか?”と興味を抱いたのであるが、なんと1年後に本作で若手作家から実力派作家いや“純愛恋愛小説の第一人者へと大変身を遂げた”と言っても過言ではないような大作を上梓してくれたのである。
本作は芥川賞の枚数を超越して果敢に島本さんが挑戦し見事に描き切った“恋愛小説の王道作品”だと言えそうだ。
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