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『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ (ハヤカワepi文庫)2014.06.04 Wednesday
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本作はイシグロの代表作であると並び称される『日の名残り』と同様、読者が作品の世界内に没頭できる作品に邂逅できる稀有な作品である。 『日の名残り』のような人間の矜持を示したいわば正攻法的な作品ではなく、人間(自分自身とも言えそうです)の存在価値というか尊厳を問うた近未来的な作品であるということは読んだ誰しもが感じているところであるが、特に強調しておきたいことは読者が主要登場人物3人(キャシー、トミー、ルース)に成りきって読み進めれるという作品であるということで、実質の内容はリアルなようでそうではないのであるが(あってはいけないことであるが)、私たちが生きている社会というか世界全体を覆っている閉塞感を醸し出している作品だと感じます。
イシグロが寡作なのは英語圏作家であることは当然のこととして、内容自体が他の作家では描けない領域の世界を描いていて、なおかつ根底にあるものは万国共通の普遍的な部分なのでしょう。
深読みすれば、やはり慈悲的な生き方や弱者を労わるようなメッセージも込められているのではないかと思われますし、身近に考えればキャッシー視点から語られるルースという人物と2人の友情をも深く味わう作品だとも言えそうです。
印象的なシーンはポシブル(舞台ではオリジナルという言葉を使われてました)を探しに行くシーンとラスト近くの猶予を交渉しているシーンですね。読み返すことにより「細部まで抑制が利いた」「入念に構成された」という柴田氏の解説文がより理解できたことは間違いないです。
評価9点。
舞台のミニ感想:6/3梅田シアタードラマシティにて鑑賞、客入りは9割程度男女比は3:7ぐらい。平日でチケット代金11000円のために若い人は少ないような気がした。
演出は世界の蜷川幸雄、配役は多部未華子(キャシー)、三浦涼介(トミー)、木村文乃(ルース)但し名前は日本語名となっています。ほぼ原作に忠実な内容だった。途中2回休憩を含めた4時間弱の長い舞台であり、そして埼玉→名古屋→大阪へと舞台を移したあとの最終公演ということで熱演のあとのカーテンコールでの出演者の達成感あふれた表情がとっても印象的であった。
内容はイシグロの世界に既に浸っている小説既読者には入り込めやすいのだけど、まったくまっさらな状態で観られた方には少しきつい様な気がしました。多部ちゃんは貫禄の演技で彼女が歌ったあのメロディーが脳裡に焼き付いて離れないでしょう。もっとも熱演したのは三浦涼介君で、トミーの原作のイメージに近かったように感じました。見間違いではないと思いますが、カーテンコールでの彼の涙は今後の彼の飛躍を暗示しているように感じました。
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『日はまた昇る』 アーネスト・ヘミングウェイ (ハヤカワepi文庫)2013.09.25 Wednesday
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いわゆるロスト・ジェネレーション(失われた世代)を代表する作家でありかつ20世紀を代表するノーベル賞作家の長編第一作、学生時代以来の再読であるが好きな翻訳家の土屋氏が新訳を施してくれたのが第一の要因である。個人的には同時代を生きたフォークナーの方が心を奪われたのであるが、今回再読してみても、やはり昔とあまり評価は変わらなかった。
それは例えば個人的にはもっとも気に入っている『武器よさらば』なんかと比べると情熱が足りないような気がするのである。主人公ジェイクが戦争で男性機能を失ったということが思い焦がれるブレットに対して自制が働き、成就しないということがモチーフ的な役割を演じているのであるがやはり理解しづらいのですね。もちろん、パンブローナにて闘牛を見るにあたっての情熱はすさまじいものがあり、本作の読ませどころでもあるのであろうが、やはり登場人物の背景に退廃的な生きざまがあってそこが当時の世相にマッチングしているのですが、私にとっては登場人物すべてが退廃を通り越して道楽なイメージが付きまとったのである。
その根底には語り手であるジェイクがどうしてブレットに恋焦がれているのかが理解し辛く、言い換えればブレットという女性に魅力を微塵たりとも感じなかったのである。何故に彼女に振り回されるのであろうか、そしてワインにどっぷりと浸る日々、ひとつの青春を語った話としては多少なりともカタストロフィーを感じるのであるが、根っからのヘミングウェイーのファンでなければどうしても共感はしづらい話であった。ただし会話は新訳であることも含めてなかなか素敵でした。タイトル名のように希望は見出せないのがロストジェネレーションの世界なのであろう。名作は批判されながら生き延びていくのであろうか。
評価6点。
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『浮世の画家』 カズオ・イシグロ (ハヤカワepi文庫)2012.09.21 Friday
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飛田茂雄訳。イシグロの2作目にあたる作品でウィットブレッド賞受賞作。
戦後まもない日本が舞台の作品で、戦争を挟んで時代の流れとともに価値観が変わっていく世の中を主人公である元画家の小野が現実とを重ね合わしながら過去を回想する物語。
主人公に対しては家族に対する思いやりという点においては読みとることが出来たのが救いであるが、『日の名残り』の主人公のような人間としての矜持は感じなかったがそれは舞台が日本であるからかもしれないし、確固たる意志のある言葉で綴ってなく曖昧さが漂っているのも要因だろうがそれは作者の意図したものであろうが。
どちらかと言えば、周りの人々の言動により主人公の人となりが多少なりともくっきりと浮かび上がっている感じですが、それは戦争に翻弄されつつ過去の矜持にしがみついているようでそうでない人間の弱さが滲み出ているのであろう。生きることの辛さを諭した作品であろうが評価がしづらい作品であることにも間違いない。
私的には戦争と言う人に急激な変化をもたらす世界においては、今まで正しいと思っていたことが急に悪く嫌悪される評価になります。
その人の力ではどうしようもない世界の変化(戦争)の前に、主人公がとった師匠であるモリさんから離れてしまったこと(作風の変化)をいつまでも引きずっているように感じられました。
娘・紀子の縁談に関して心配しているところなどその典型例ですよね。
もっとも印象的なのは弟子であった黒田から避けられているであるシーンですね。
やはり芸術家にとっては凄く辛くて悲しいことなのでしょう。
複雑な人間の内面を描くことに長けた作者であるが、5歳までしか日本にいなかった作者はいわば日本が“第二の祖国”なのでもっとリアリティに富んだ作品もあるのでしょうが。
しかしながらバックグラウンドを例えば外国人が読むより数段理解している日本人読者には、戦争を知らない私たちにとっては本作のような作品を通して人の内面の変化を窺い知ることが出来る貴重な体験です。
少し曖昧模糊とした物語でしたがラストは救いがありますよね、孫が2人出来ることを拍手を送って本を閉じれたから良しとしたいですが、外国人読者の率直な感想を聞いてみたいと思ったりもします。
評価7点。
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『遠い山なみの光』 カズオ・イシグロ著 小野寺健訳 (ハヤカワepi文庫)2009.08.11 Tuesday
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<カズオ・イシグロのデビュー作。この頃から人間の内省的な気持ちを描写するのに長けてたのですね。>
小野寺健訳。王立文学協会賞受賞作品。
この作品が出版されたのは1982年のことでカズオ・イシグロはまだ20代ですね。
代表作とも言える『日の名残り』同様、過去の回想という形で語られる物語。
この作品は読者の想像力が掻き立てられるタイプの作品ですね。常に謎めいた気分で読書に浸ることを余儀なくされます。
それは主人公である語り手のわたしが何故イギリスにいるのか、何故前の主人と別れたのか、そして何故娘である景子が自殺に至ったのか。
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『君のためなら千回でも』(上・下) カーレド・ホッセイニ著 佐藤耕治訳 (ハヤカワepi文庫)2009.08.03 Monday
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<全世界で800万部を超えたベストセラー作品。この作品を読むと作者の祖国に対する愛国心が熱く伝わってきます。文庫化の際に改題されたタイトル名が本文中のセリフで何回か出てきますが、そのセリフが発せられるごとに胸が詰まりますよね。本好きには必読の作品だと言えるでしょう。>
DVDの感想はこちら
佐藤耕治訳。
この作品が映画化され成功を収めたことは記憶に新しいのであるが、原作を読んでみて映画の良いところはさらに詳しく、そして映画では描かれていない未知な部分も描かれているのですごく新鮮な気持ちで読み感動することができました。
日頃、海外で起きるいろんな問題や事件、テレビで見たりとか新聞で読みます。
よほど大きな事件でない限りそんなに心を動かされることはないのであるが、フィクションをからめてはいるが、その時代背景や起こる事件がまさに事実に基づいているといって過言ではない本作に関しては“感動小説を読む楽しみと海外の出来事(世界史と言ってもいいのかな)を知る機会”を与えてくれ酔いしれることができました。
本作の凄さは読者の目を決して背けさせず、作品の中に釘づけにさせるところであると思われます。
この物語の主題は“永遠の友情”です。
どんなに辛くて抑圧された環境におかれても決して汚れるべきでない友情。
兄弟のように育てられたアミールとハッサン。
民族と身分違いのために生じた上下関係ゆえに起こる少年時代の事件。
そう、取り返しのつかない事件ですね。
私たち読者も本作の事件ほどではないにしても、やはり身の周りのひとを傷つけた経験、多かれ少なかれありますよね。
そうなんです、この作品はたとえ国境を越えていても大いに共感でき身につまされる物語なのです。
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