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『銀漢の賦』 葉室麟 (文春文庫)2017.01.09 Monday
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それはやはり時代は江戸時代なれど、現代に通じる何かが読者の心に貫かれるからであろう。
三人の身分が違う男の生き様が描かれています。その時々の過程においてお互いの気持ちがわかっていつつも、相手に通じずに苦悩に苦しむところが読者にも通じるのであるけれど、やがて読者にとってお互いへのリスペクトした気持ちが高まりつつ受け入られるところが本作の最大の醍醐味であると言える。
とりわけ、十蔵の娘と一緒に暮らしている源五、彼の献身的な姿勢は読者の気持を高ぶらせ、作者の十八番でありタイトル名ともなっている銀漢(天の川ですね)が友情の深さの象徴として読者の心に突き刺さります。
読者にとっては死後も十蔵や小弥太が銀漢で待ってくれていることが余生のある源五にとってどれだけの活力となるか、理解できますし大きなエネルギーを注入してくれる一冊だと言えそうです。
評価9点。
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『さわらびの譜』 葉室麟 (角川書店)2013.11.08 Friday
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その後の展開は葉室さんお得意の藩内抗争ですが、弓術が巧みに使われます。
通常時代小説という設定の中ではいろんな制約(運命と言った方が適切でしょうか)があって思い通りに事が進まずにいることが多く、逆にそれがあるがゆえに現代小説よりも純粋な気持ちに浸れるところがあるのでしょうが、本作はそれとは逆な物語の進み方が特徴で、それが葉室さんらしいと言えばそれまでなのかもしれませんが、爽やかで清々しすぎて却って感動度が損なわれたような気もします。
ただ美しい物語を読まれたい方にはこれ以上のものはないような気がします。なぜならば筋書き通りに進むのですが、結果として姉妹2人とも最高の相手と結ばれたように読者も認めざるをえません。これはやはりラストの「千射祈願」を伊也と清四郎が一緒に成し遂げたことで文句のつけようのないことを読者に説得させていますよね。
好きになった相手が妹の許嫁である通常「許されない恋」と言う一般的な時代小説の世界にある倫理観を打ち破っています。
途中は伊也と初音姉妹がどうなるのかなと心配しましたが無用でした。ファンタジー的な恋愛小説作品として割り切って読めばそれなりに楽しめる作品だと言えそうですが、他の葉室作品を多く読めば読むほど存在感が薄い作品であるということは認めざるを得ないのではないであろうか。
評価6点。
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『春風伝』 葉室麟 (新潮社)2013.07.05 Friday
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高杉晋作は名前はよく知っているものの坂本竜馬や西郷隆盛と比べて一般的にやや認知度が低いというかおぼろげな知識しかない人が多いと思いますが、彼が果たした役割は非常に大きかったことがわかります。
そう彼は稀代の“革命家”だったのです。
前半の上海視察あたりまでは小説としての展開も面白くて胸をときめかせて読めたのですが、それ以降は淡々と史実を語られているきらいがあり歴史の勉強には非常に良いのですが小説としての面白みは薄れて行ったような気がします。
それはページ数やあるいは葉室さんの語り口が影響しているのかもしれません。
たとえば司馬遼太郎が書けばもっと読者を引き付けたのだと思います。個人的に師匠である吉田松陰の方が好みでもあることも含めて『世に棲む日々』を読みたい衝動に駆られました。
あと男性読者の視点から見れば、妻の雅が気の毒に思いました。高杉晋作の一生も苦労だらけだったのですが、妻の雅もそれ以上に苦労があったように見受けれます。
このあたり女性読者の本音の感想もも聞きたいですね。
総括すれば葉室さんはもっと人間の情を絡めた話→時代小説の方が得意であり読者も心を揺さぶられると思います。
史実を踏まえて書かなければならない歴史小説はそのあたり限界があるのかもしれませんね。
ただ直木賞作家としての名声を得た今、本作を上梓することによって作家としてのひとつの到達点を迎えたことは喜ばしいことだったとは思います。
(読了日3月29日)
評価7点。
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『おもかげ橋』 葉室麟 (幻冬舎)2013.04.05 Friday
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彼らは2人とも元の上司の娘である萩乃に2人とも恋心を抱いておりました。
武士を捨てた原因となった経緯も含めて、彼らはまた危険なことに首を突っ込むのですが、それは萩乃を護衛することでした。
ただ彼らが巻き込まれるお家騒動事態、全体的には説得力のない流れだったような気がします。
浪人と商人となった2人とも人が良すぎるところが欠点でもあるのでしょう(笑)でもそうでなければ物語が進みませんけど。
ただし決闘シーンはかなり爽快です。
正直なところ、男の友情物語として読むべき物語なのでしょう。ラストの橋近くでの弥市のとった行動などは印象的でした。
逆に恋愛物語としたらいかんせん中途半端というか読者に対する説得力に欠ける作品だと言わざるを得ないでしょう。
それはヒロインであるべき萩乃がヒロインであるまじき性格であるからです。私には悪女のように感じました(笑)
捉えどころのないと言えばそれまでなのですが、もう少しハッキリ自分の気持ちを伝えるべきだと思われた読者も多いはずで、後半に出てくる弥市の見合い相手である弥生、喜平次の妻のお長の方がよっぽど彼らに合ったパートナーだと言えますよね。
そういった意味合いにおいてはエンディングはほぼ読者の期待通りだったとも言えるのだけど、もやもや感の残った読書だったとも言える。
やはり葉室作品のファンは凛とした女性が好きなのでしょう。
(読了日3月10日)
評価7点
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『螢草』 葉室麟 (双葉社)2013.02.11 Monday
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何作品か葉室作品を読ませてもらってますが、本作は最も読みやすくて爽やかな物語に仕上がっています。 武家の出でありながらわけあって女中として奉公する主人公である菜々の健気な性格が印象的。 父の仇を討つために、そして奉公先の主人を助けるために困難に立ち向かって行きます。 奉公先の妻である佐知とは本当の姉妹のように仲が良く、残された二人の子供にとってベストの収束のように思えます。 一番幸せなのは市之進であると確信しています。なぜなら天国の佐知も喜んでくれているからです。
本作は他の葉室作品のような実在の地名や人物も出てこず、日頃時代小説を読まれない方にもエンターテイメント性が高く、格好の入門書だと言えるでしょう。 登場人物もキャラ立ち感が強いように見受けれます。 あだ名のついている脇役が善人キャラで(笑)悪人と振り分けて描かれていて、他作のように悪人には救いをさしのべてませんので勧善懲悪的な要素が詰まっています。ただ切なさを求めれば肩すかしを食らいます。 作者の言いたいことは野菜売りのシーンで象徴される“人生、諦めずに粘り強く前向きに頑張りなさい”ということでしょう。
(読了日2月5日)
評価8点
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『千鳥舞う』 葉室麟 (徳間書店)2013.02.02 Saturday
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博多を舞台とした女絵師・里緒の悲恋の物語。
この作品は長編小説というより連作短編集の形態をとっています。
10編からなりますが主人公の里緒が手掛ける“博多八景”のタイトルがずらりとならびます。
本作の特徴は女性が主人公のために他の葉室作品よりもしっとりと繊細に描かれている点でしょうか。
江戸と博多、離れ離れになった外記との行く末が物語全体を支配しているのですが、各編ごとにそれぞれの絵を描くにあたり、物悲しい男女や親子関係が描かれています。
そしてその困難を乗り越えていくひとつひとつの想いが詰まって、描かれている風景画を構成しているかのように感じられます。
入念に調べこまれた史実に基づいた描写、作者のお手の物と言えばそれまでなのですが、読者は本当に安心して身を委ねることができます。
切ない物語なんだけど、読後感が爽やかな一面も持ち合わせています。
やはりお文の物語をサイドストーリーとして盛り込んでいるところが重層的でよかったような気がします。
途中、二人の行く末に関して読者の関心が薄らいでいくような気にさせられます。しかし心配無用、最後の二編でしっかりと描かれています。
まるで表紙にもある千鳥が舞うところを二人でいつまでも見守っているような気にさせられました。
二人の愛は二人の強い芸術家としての矜持によりいつまでも強固に結ばれているのでしょう。
(読了日1月11日)
評価9点。
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『蜩ノ記』 葉室麟 (祥伝社)2013.02.02 Saturday
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いつまでも心にずっしりと残る小説というのも数少ないだけに、そう言った作品に新年早々出会えました。
ズバリ本作のポイントは“武士としての矜持”というところになるのでしょうが、私たち読者も自身の“人間としての矜持”についても深く考えざるをえません。
藤沢周平と同様、作者も実に風景描写が上手く読む者を和ませて、そして時にはドラマティックに誘ってくれます。
潔く生きるって本当に難しいですよね、でも秋谷これほど充実した人生はなかったのではないでしょうか。
小説の構成としたらやはり主人公と言って良い庄三郎の変化というか成長が凄く読者と同じ目線の高さで心地良く読めます。
庄三郎が秋谷の元に赴かせるきっかけとなった事件の相手方の信吾との和解といって良い展開も心地良いのですが、なんといっても後半の源吉の家族を守るために命がけで体を張るシーンからは圧巻です。
そのあとの展開は本当に読んでのお楽しみですが、ただただ感動、山本周五郎の『樅の木は残った』のラストと同じぐらい印象に残りました。
決して爽やかな話ではありませんが、作品全体を取り巻く潔さが物悲しさを凌駕して読者の胸の内に突き刺さる傑作だと言えるでしょう。
それは妻の織江、子である郁太郎と薫、そして庄三郎、さらには松吟尼が秋谷の分まで幸せに生きると言うことを確信しているからです。
その気持ちがずっと息づいている読後感、これは他の小説ではなかなか味わえないレベルであるように感じました。
少し付け加えると人間出来過ぎてても上手く立ち回り出来ないケースが多いのでしょうね、これは時代に関係ないみたいです(笑)
葉室作品、私にとっては凄く精神的に向上させてくれそうな作品が多いような気がします。
(読了日1月4日)
評価10点。
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『この君なくば』 葉室麟 (朝日新聞出版)2012.12.01 Saturday
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時は激動の幕末から明治、九州の日向にある伍代藩を舞台に蘭学に秀でた楠瀬譲と譲のかつての恩師の娘である栞の恋愛模様を軸とした人間の生き方を問う傑作長編小説。
どちらかと言えば歴史小説よりも時代小説の方が好きな私ですが、葉室作品は一冊読んで二冊分楽しめます。
なぜなら読みやすい文章はもちろんのこと、“史実を踏まえ、とりようによったら歴史小説と呼んでも良い体裁の下にしっとりと時代小説を描いているからです。
この作品でも譲が大久保利通や榎本武揚と話すシーンが盛り込まれています。
そして攘夷、倒幕、佐幕などに揺れ動きながらも、時代に翻弄されずに自分自身の気持ちには忠実に生きていく姿に胸を打たれない読者はいないと確信します。
本作には主人公2人以外に大きな2人の存在があると思います。
ひとりは当初三角関係となるであろうと目された五十鈴、もうひとりは栞にいつまでもつきまとう佐倉健吾。
健吾は最後までハラハラ感を演出してくれます(笑)
それにしても男性読者視点からしたら、譲って幸せ者です。
一途な栞だけじゃなく、気丈で凛とした五十鈴にも想われたのですから。
五十鈴の途中で取った決断は本当に英断であり、凄くある意味“献身的”とも言えるような気がします。
読み終えて物語の本筋から少し離れますが、個人的には凄く印象深い行動として残りますね。
“さようです。何のあてもない日々でございましたが、あなたが必ず来てくださる、そう思うことで心に張りが持てました。それとともに日々、目にいたすものが、いまよりも、もっと美しく見えていたのを思い出しました”(本文より引用)
葉室さんの作品は恥ずかしながら『いのちなりけり』しか読んでませんでした。
年間5〜6冊刊行されています。おそらくクオリティの高さでは現役最高といっても言い過ぎではなさそうです。
少しずつですが読んで行こうと思っています。
山本周五郎や藤沢周平に肩を並べるのはこの人しかいないかなと思っております。
(読了日11月26日)
評価9点。
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葉室麟著作リスト。2010.01.18 Monday
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3回連続直木賞ノミネート、惜しくも受賞は逃しましたが、時代小説界を引っ張っていける力のある作家だと思います。
著作はまだ8冊、十分コンプリート出来る冊数ですわ。
文庫は来月『銀漢の賦』が出て2冊目ですね。
★ 『乾山晩秋』 (短篇集) 新人物往来社 (2005/10) 文庫化(2008/12 角川文庫) 第29回歴史文学賞
★ 『実朝の首』 (長篇) 新人物往来社 (2007/5)
★ 『銀漢の賦』 (長篇) 文藝春秋 (2007/7) 文庫化予定(2010/2 文春文庫) 第14回松本清張賞
★ 『風渡る』 (長篇)講談社 (2008/6)
★ 『いのちなりけり』 (長篇) 文藝春秋 (2008/8) <直木賞候補作> ≪既読≫
★ 『秋月記』 (長篇) 角川書店 (2009/1) <直木賞候補作>
★ 『風の王国 官兵衛異聞』 (連作) 講談社 (2009/9)『風渡る』の続編。
★ 『花や散るらん』 (長篇) 文藝春秋 (2009/11) <直木賞候補作>『いのちなりけり』の続編。
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