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『アキラとあきら』 池井戸潤 (徳間文庫)2017.07.30 Sunday
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もともとは10年ほど前に連載されていたものを加筆・修正された文庫オリジナルであるが、その背景としてWOWOWでのドラマ化ということでいきなりオリジナル文庫として出版されたと思われる。
同じ経営者の息子とは言え片や大企業(彬)、片や零細企業(瑛)という2人の同じ年のあきらが主人公であり、当初は2人の競争心を煽った作品であろうかと予想していたけれど、全く違ったふうに展開されるところが本作の特徴である。
過去に接点があった二人が同じ銀行に入社し、お互いの能力の高さを認め合いながら友情を育み相手の窮地を救うのに全力を尽くすところが読ませどころである。
作中でバブル全盛期にロイヤルマリン下田というリゾートマンションが登場します。読者によってはバブル時代の出来事に対して、ああ懐かしいと思われた方も多いかとは思われる。
境遇の違う二人のあきらは、どちらもナイスガイであるところが読み進めて行くうちでのキーポイントともなっているが、とりわけ階堂家の叔父さん二人の浅ましさを見れば単にバブルの時代だったという理由ではなく、やはり経営者の能力の差が大きかったと感じる。
彬には叔父さん2人や弟の龍馬のような浮かれたところがありません。
この作品は他の池井戸作品のように痛快なものではないかもしれないが、ふたりのあきらの幼少期から語られており、少年が成長を遂げる青春小説として読むとより楽しいと感じる。
とりわけ子供の時の家業の倒産から“人の為に金を貸せ”というモットーを持って銀行を選んだ山崎瑛の心意気が最も伝わった読者が多かったのかと思われる。
彼は子供の時、銀行が手を貸してくれていたら倒産しなかったのにという悔しさをバネに成長を遂げた。そして裕福である階堂家のことを羨ましいという気持ちも心の中にあったはずだと思う。
いろんな葛藤を持ちながらも自分に忠実に生きて行く瑛の姿に心を揺さぶられた。
様々な価値観がある昨今ですが、やはり私たちは大切なものを見失っていないかという自問が出来る作品であったと思う。
評価8点。
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『下町ロケット2 ガウディ計画』 池井戸潤 (小学館)2015.11.17 Tuesday
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舞台がロケットから医療機器(心臓弁)に代わり、命の尊さを念頭において読むと自然と佃サイドに肩入れ出来、熱くなって敵サイドの悪辣ぶりに対してまるで読者自身が立ち向かっていっているような気がします。
佃社長の人柄はもちろんですが、いろんな登場人物のサイドストーリーをイメージしながら“いろんな人生があるんだな”と思わずにいられないのですが、ドラマ版での活躍が素晴らしい帝国重工の財前部長の対応がやはりひとつの読ませどころのように感じられました。彼が佃製作所の窮地を救ってくれたと言っても過言ではありません。
あとはやはり桜田社長ですね、彼の出資しようという志が佃プライドの根底を支えていて感動のラストに繋がっていると感じます。その分お気に入りの殿村さんの登場は少なかったような気がしますが、次作まで(あるのか分かりませんが)気長に待とうと思います。
誠意をもって地道に志を持って生きることの素晴らしさを教えてくれる本作は5年前に出版された第1作とともに今後も読み継がれていくべき名作だと強く感じます。心が折れそうなときまた手に取る機会がありそうなのでいつでも手元においておきたいですね。
最後に中小企業とはいえ、社長の意志に賛同して信頼できる若い人間が育っているところは現実に目を向けてもずっと生きのびていくのではないでしょうか、たとえ特許がなくとも。
評価9点。
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『シャイロックの子供たち』 池井戸潤 (文春文庫)2015.02.04 Wednesday
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初めの数編は異なった立場にいる行員たちを通して、銀行内部のディテールを描いていますが途中で100万円の紛失事件が勃発しミステリー度が増します。
どこの会社に勤めても多かれ少なかれ出世争いや家族とのあり方などが取りだたされますが、銀行は何といっても人の命の次に大事だと言って過言ではないお金を扱っています。だからそこに勤める生身の人間たちの苦悩や葛藤、もっと言えば人間としての本音を超えた弱い部分が他業種よりも克明に描きやすく読者にも訴えかけてきます。
作者の凄いところは、善人と悪人とは紙一重であるということを読者に知らしめてくれるところで、人間ってこんなに弱いものだったのかと改めて考えずにはいられません。
あんまり再読はしたくないのだけど、本作は再読すればより一層登場人物達の人となりがわかるような気がし、深く池井戸ワールドにはまり込めるような気がします。
半沢作品のようなキャラのたった勧善懲悪的な作品ではないですが、世知辛い世の中を象徴した身に沁みる作品だと言えそうです。
本作のタイトルともなっているシャイロックは、ご存知の人も多いと思いますがシェイクスピアの『ヴェニスの商人』に登場する強欲な金貸しです。
先日読んで確かめてみたのですが、確かに強欲ですが当時のユダヤ人に対する差別意識もあったと感じ、多少なりとも悲劇性もあったと思ったりします。
本作で登場する人物たち、思わず目が眩む人が多いですがシャイロックに対して感じたように悲劇性をも感じました。普通に生きるって難しいですよね。
評価9点。
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『ようこそ、わが家へ』 池井戸潤 (小学館文庫)2013.12.23 Monday
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刊行された時期がドラマ『半沢直樹』オンエアの直前だったのでセールス的にも伸びているお買い得感の高い作品である。
現実を突き付けられ、それを跳ね返して正義を貫きそこから夢に向かって生き抜くところの爽快感が池井戸作品の醍醐味であると思いますが、そういった観点から読めば少し物足りないかもしれません。
逆に内容的には他の池井戸作品よりも贅沢といってもいいもので、会社内の出来ごとだけでなく通勤途中でのプライベートトラブルに巻き込まれた身近な話が重層的に語られていて楽しめる。そうですね、ミステリーの二重構造的な作品が楽しめますし他作品よりも恐怖感が強い作品だと言えます。
ただ銀行か民間企業に出向している主人公倉田が、良く言えば“読者と等身大”、悪く言えば“存在感が薄い”のですね。50歳を過ぎている主人公の年齢を考慮すれば、他作品よりも共感出来る読者の年齢は高めかもしれません。
お若い方が読まれるよりある程度の年齢の人が読んだ方が“サラリーマンの悲哀”は理解しやすいでしょうから。
氏の代表作と言われている『下町ロケット』などと比べると評価を下げざるを得ない作品と認めざるを得ないのであるが、それは解説の村上氏による説明で理解できることである。
大幅改稿されていますが、ベースとなる物語は『文芸ポスト』に2005〜2007年に掲載いますので近年の代表作を書く前の池井戸氏の作品として読めば納得もいくところであろうか。印象的なのは他作では主人公のキャラ立ちが目立っているが、本作ではサブキャラが立っている。倉田の息子の健太や出向先での部下の摂子が代表的ですよね。 並の作家が書けばまとまった物語となろうが、池井戸作品として観ると個人的にはすごく無難に書きあげたという印象が強いのですが、それが池井戸氏に対する大きな期待だと受け取って欲しいと思っている。
評価7点。
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『民王』 池井戸潤 (文春文庫)2013.07.03 Wednesday
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首相の父親(泰山)と彼のダメ息子(翔)の中身が入れ替わります。読ませどころはそうですね、途中から親父と息子がお互いへの深い愛情を読者が掴みとれるところではないでしょうか。 親父が大学生になりすまして面接に行って面接官と対決するシーンがなんといっても印象的で、息子の軽薄さを嘲笑いつつも自分が失っている大切なものを思い起こされます。 作者は途中で息子が社会のことを考えて就職活動をしているところを描いていて、読者は2人が入れ替わったことの意義の高さすなわち親子愛を味わうことが出来ます。
深読みすれば、本作は政治とは何かということを読者に訴えたかったのでしょう、しかし大半の読者は政治よりも企業、もっと言えば働くことの意義をとことん語った物語を待ち望んでいる読者の方が多いことは想像にかたくありません。
読了日(6月30日)
評価7点。
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『下町ロケット』 池井戸潤 (小学館)2012.12.23 Sunday
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他の池井戸作品同様スカッとする小説ですが、仕事に明け暮れる魅力的な男性像だけでなくもっと根本的な男としての“夢とプライド”に焦点を当てているところがポイントなのでしょう。
窮地に追い込まれながらもそれを切り抜けていくシーンは他の作品と同様だと思いますが、登場人物ひとりひとりのキャラ立ちが的確で読者にも伝わってきます。
とりわけ佃社長と対照的な現実的な若手社員の描写と最後に明らかになる社長の取った行動には度肝を抜かれました。
銀行からの出向者(殿村さん)がいますが、それほど銀行を舞台としていないところが少し開放感があって良かったのかもしれません。
作中の名言を借りれば、現実は一階建ての家に住んでいる気持ちで仕事している人が多いのでしょうが(笑)、二階から見下ろせるようなハラハラしつつも余裕を持った感覚で読み進めることが出来、まさに“池井戸品質”を堪能できる作品と言えるでしょう。
殿村さんは良い会社に出向出来て良かったですね、現実に目を向けるとロケットが飛んだことよりも嬉しいような気持ちになりました。
個人的にはこの作品の感動を倍増させてくれた殿村さんの存在でした。
ご存じの方も多いと思いますが、WOWOWでドラマ化されています。原作では弁護士役が男性でしたがドラマでは寺島しのぶが好演、原作よりもクローズアップされています。
原作に負けず劣らずの出来栄えです。
(読了日12月7日)
評価9点。
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『ロスジェネの逆襲』 ダイヤモンド社 (池井戸潤)2012.12.01 Saturday
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オレバブシリーズの3作目にあたり主人公でありバブル世代の半沢が出向先で活躍します。タイトルがロスジェネなのは相方を演じる森山がロスジェネ世代であるということからだと思われます。
ロスジェネ世代の森山がバブル世代の半沢をリスペクトして行く過程も読ませどころのひとつ。
すべてが予定調和ですっぽりと収まってくれるので日頃の仕事の疲れを取るのには本当にオススメします。
現実はある程度は長いものに巻かれなければ生きていけなくて真似はできませんが、小説内の半沢には男として理想的で大きく共感できます。
内容的には企業買収の話で親会社と子会社との関係も面白いですが、個人的にはロスジェネ世代の森山と買収されそうになる東京スパイラルの瀬名社長との友情も素晴らしいですね。
恋愛模様が全然描かれなくてもこれだけ読ませるのは池井戸氏の筆力の高さ意外には考えられません。
まさに働く男たちの背中を押してくれる痛快な一冊。
コンプリートはともかく、主な作品は必ず押さえておきたい作家です。
(読了日11月9日)
評価9点。
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