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『虹の岬の喫茶店』 森沢明夫 (幻冬舎文庫)2013.12.27 Friday
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解説にて森沢氏の作品を「カジュアル・エンターテイメント」というジャンル分けにて呼んでいるが、言い得て妙な言葉で感心している。
森沢氏の作品は3作品目であるがどの作品も“ハートウォーミングな作風”という言葉がにつかわしいのであるが、その引き出しの多さに驚いた次第であり、それはまさに本作において前半に登場する妻を亡くした陶芸家や学生、そして泥棒たちが岬カフェに出逢い彼らの新しい人生の旅立ちを開始させるかのような感覚、言い換えれば読書の究極の喜びというものを見つけたような気分にさせられる。
森沢氏の作品の登場人物は、他の作家の登場人物と比べて身近に感じられるのですね、本作で特に感じたのは章が進むに連れて前に訪れた人たちの足跡が残っていて、その足跡を実感できるだけで嬉しいような寂しいような複雑な気持ちに浸ってしまいます。それって幸せなことですよね。
オーナーである悦子さんの魅力を語らずにはいられません。彼女のような人生の積み重ね方を理想とする読者も多いのではないであろうかと思います。一番幸せなのは亡くなった彼女の夫なのでしょうね。
そして彼女に支えられている言って過言ではない甥にあたる浩司、彼の本作における役割はきわめて大きいと思います。彼のバンドに熱中した若いころの友情の話がもっとも印象的でした、彼が昔の仲間を呼ぼうとしたところは彼の成長が為し得たことだと考えます。そしてその彼を少なからず悦子伯母さんも頼っているところを垣間見ることができたのが微笑ましい読書となったと自負しております。
ファンタジーのようにも思える話ですが私たちの普段の生活においても当たり前のように思っていることも多いと思いますが、他人に支えられているということを思い起こさせてくれる作品であります。コーヒーを飲みながら読むと感動が倍増します(笑)
評価8点。
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『大事なことほど小声でささやく』 森沢明夫 (幻冬舎)2013.11.26 Tuesday
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6編からなる泣き笑いのハートウォーミング連作短編集です。各編がスポーツクラブのフリーウエイトゾーンで知り合ったいわゆる“ダンベル仲間”によって語り継がれます。
トレーニングが終わるとその中の中心人物で最も個性的な“ゴンママ”こと権田鉄雄が営む「ひばり」という店が憩いの場となっていまして読者をほっこりとさせてくれます。作中の言葉を使えば“巨大なオカマと美少女バーテンダーが人生を教えてくれる店”まさに的を射ています。
美少女であるカオリちゃんが作るカクテルそれぞれに“カクテル言葉”があってそのいわれが登場人物だけでなく読者の背中をも押してくれるような気持ちにさせられ心地良く読めること間違いないところですよね。
この作品の特徴として幅広い年齢層(具体的に言えば16歳の高校生から69歳の社長さんまで)それぞれのタイムリーな悩みを描写している点があげられると思われますが、それがそのまま作者の作品の幅広い年齢層から支持され得る特徴を如実に示しているようにも感じられます。
個人的には5編目の末次社長の老人ホームのカタログ制作を若い世代の社員に任せた話でのジェネレーションギャップに悩み話と着地点のつけ方が一番印象的な話でしたが、どの話も甲乙つけがたく共感出来ると思います。
それは作者の“今を楽しくかつ後悔することなく生きよう”という信念が物語全体を支えているからだと思います。
どの人物も憎めず、読者が自分自身を投影して読書に没頭できる、一見コメディタッチだけに見えますが人生にとって大事なことをも読者に示唆してくれる読み応えのある一冊であると感じました。
機会があれば各登場人物のサイドストーリーを書いてほしいですね。カオリちゃんのその後とか(笑)
評価9点。
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『ミーコの宝箱』 森沢明夫 (光文社)2013.11.11 Monday
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7編からなる連作短編集の形をとっていますがいきなりSMの女王として風俗で働く主人公ミーコが登場し度肝を抜かれます。しかしながら時系列的には最初の編は7編中6編目となっていて、2編目以降は彼女がお世話になったというか関わった人達(祖父母、同級生、保険の教師、恋人、風俗経営者、娘のチーコ)の視点から彼女の半生を振り返る形で語られミーコの魅力が明らかになります。このさじ加減というかバランスが読者にとって凄く心地良くハートウォーミングに感じられます。
波瀾万丈の生涯を送っているミーコですが、読んでいてやはり現実的に存在しうるのではないかという気持ちにさせられます、それはラストの作者のあとがきにモデルとなる人物がいるということが明らかにされるわけですが、小説として読者の前に提供するにあたって巧みな味付けが施されていることがよくわかります。
これは重松清さんの小説を読んでいる時にも感じたのですが、ハッとさせられる言葉が多くちりばめられていることが大きな要因であると感じます。涙腺を刺激するという点では重松氏と似ていますが、描かれ方は違います。重松氏のそれは誰にでも起こりうることを普遍的に描いていますが、森沢氏は少なくとも本作においては特異な環境におかれている主人公が、いかに普通の人であるかを読者にわからせる手法をとっています。本を閉じた時にはSMの世界に身を委ねているという構えた見方が出来なくなります。見事なものですね。
読者にとって最も感動的なのはやはり宝箱にまつわる祖父母の話でしょう。とりわけお子さんがいらっしゃる方が読まれたら、厳しかった祖母の強い愛情が心に残ることでしょう。彼女はミーコにだけではなく読者にも“自分を見失って生きてはいけない”ということを教えてくれます。
そして最後に、宝箱に入れれないけどミーコにとって最も宝物であるチーコの登場です。チーコが生を受けて20数年、結婚式を前に物語は幕を下ろすわけですが、彼女の母親(ミーコ)に対する感謝の気持ちの表れがミーコの幸せな人生を象徴しているのですよね、決して幸せはお金などの尺度だけでは測れないという忘れかけつつあることを読者に教えてくれる傑作、未読の方は是非手にとって欲しいなと思います。
評価9点。
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