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『すみなれたからだで』 窪美澄 (河出書房新社)2016.12.06 Tuesday
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全8編からなりますが、とりわけ後半の比較的長めの4編は読みごたえがあって読者に心の内に迫ってきます。特に印象的なのは義父との凄まじい性愛を描いた「バイタルサイン」、これは窪さんのお手の物的な内容ですよね。続く「銀紙色のアンタレス」は一転して年上の女性に対する純粋な高校生の気持ちが初々しく描かれています。
そして圧巻は「朧月夜のスーヴェニア」、戦時中に許婚がいながら他の男性を想う恋の回想、反戦的な意味合いも込めてインパクトの大きい作品です。ラストの「猫と春」は拾った猫と同棲中の男女との関係が綴られていますが物悲しさが漂ったエンディングが印象的です。
全体を通して作者が他作でも貫かれている生と性が如何なく描かれています。決して積極的な人生を歩んではいないけれどどこか共感してしまう、これが窪ワールドのような気がします。
評価8点
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『水やりはいつも深夜だけど』 窪美澄 (角川書店)2015.01.08 Thursday
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印象的なのは男性目線で語られる「砂のないテラリウム」、倦怠期を感じ、不倫へと走ろうとする男性が踏みとどまる過程が巧みに描かれています。こういった話は夫婦で回し読みして欲しいですね、相手の立場に立てると思います(笑)あとはラストの「かそけきサンカヨウ」も切ないです。幼児の頃に母親と離別し高校生となった主人公が、父親が再婚相手を見つけて同居し始めるのですが、相手の連れ子が幼児で自分の過去を照らし合わせてゆく姿が切ないです。
どの話も他の窪作品のような衝撃的な内容ではないのですが、誰もが抱え持って仕方のない事情を上手に読者の体内に消化させていると思います。 地味かもしれませんが、本作のような内容の作品を上梓し続ければ読者は進んで作者の作品を手に続けるであろうと考えます。
評価8点。
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『晴天の迷いクジラ』 窪美澄 (新潮文庫)2014.07.31 Thursday
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簡単に言えば再生の物語ということなのですが、4章立て構成で工夫が施されているところ素晴らしく、他の作品にみられる性描写も軽減されていて内容もそれほど重苦しいとは感じられず、主人公に乗り移って読み進めることが出来るのが魅力的な作品だと言えそうです。
とりわけ男性読者だと最も症状が軽いともとれる由人目線で読めるので、入り込みやすいような気がします。
白石一文さんの解説がとっても秀逸で、“生”と“死”という必然だけを描いているのじゃなくて、“命”の尊さを丹念に描いているところが並の作家と違ったところだと賛同いたします。
そして描かれているクジラは主要登場人物3人の苦悩や絶望感の象徴となるイメージですが、クジラの代わりに生き抜こうとするところが感動的かつ爽快です。決して明るい見通しはないかもしれないけど、わずかな希望が見えるところが窪作品らしいと感じます。
特に40代野乃花と10代正子の配置は読者ターゲットをいい意味で計算しつくされていて上手さを感じずにはいられませんでした。
本作は読書ファンには夏の風物詩と言って過言ではない“新潮文庫の100冊”にデビュー作とともにセレクトされていて嬉しく思っている。個人的には窪氏と同様にセレクトされている人気作家原田マハや桜木紫乃などとともに読書ファンが度肝を抜き、生きる喜びを与える作品をこれからも書いていって欲しいなと願っています。
評価9点。
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『よるのふくらみ』 窪美澄 (新潮社)2014.06.15 Sunday
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3人が2話ずつ語り手になっている本作は4年に渡って連載され、連載当時から読まれた人にとっては本当に待望の単行本化だろう。あたかも本作内における3人の変化というか成長期間を暗示したような内容であって、結果としては一番幸せな形で収まったような気がするのは私だけであろうか。
私的には圭祐と裕太の両方の気持ちがわかりますし、みひろの気持ちもなんとなくはわかります。そのあたりを踏まえると作者は女性だけでなく男性描写も絶妙だと言える。単に恋愛小説という点だけでなく、三者三様の生き方を問うた小説だと捉えると切なさが倍増するのである。
作者の良いところはそうですね、たとえば本作で言えばセックスの相性などを綺麗ごとで片付けない描き方が出来る点だと思います。人と人との繋がりを読者は肩肘張らずに作品に入り込め、そして本作では3分の2が男性目線であり、それぞれの人物造形が明確で好感が持てる内容だとも言えそうで個人的には他の窪作品よりもしっくりとした読みごたえがあって、これから初めて読まれる方には本作をおススメしようかなと思ったりします。
付け加えると、本作においてここあちゃんの存在は絶大なものだと感じます、たかがフィクション、されどフィクション、彼女の幸せを誰よりも願って本を閉じました。
評価9点。
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『雨のなまえ』 窪美澄 (光文社)2013.12.06 Friday
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各編、普通ではないというか何か問題を抱えている人が登場、読者は各編の主人公と比べ、俺(私)はこんなんじゃないとホッとしながらも読み進めるうちに決して心地良さではないのだけど、少しはわかり心を重ねる部分を見出すことだと思います。
その心の闇の奥深さが窪作品の醍醐味と言えるのでしょうね、決して共感出来る作品ではないのだけど、読み終えて自分自身の現実を知り、抑制して生きることの大切さを学びます。
全5編中3編が男性、2編が女性が主人公が務めていますがやはり女性主人公の話の方が優れていると思います。
若い男の子を妄想する中年女性を描いた「記録的短時間記録情報」が最も滑稽に写りました。1編目の男性が不倫をする話との対比が読ませどころです。ラストの「あたたかい雨の香水過程」は夫と別居中で子供と暮らす主人公が最も女性の大変な現実を知らしめさせてくれましたけど最も救いがあったようにも感じます。
少し深読みすれば、本作を読んで本当に息苦しくて読み進めれない方がいらっしゃったら、その方は実生活が本当に幸せなのでしょう(笑)機会があればもう一度じっくり読みたい一冊でもあります。
評価8点。
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『アニバーサリー』 窪美澄 (新潮社)2013.07.04 Thursday
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晶子は2人の子供を亡くしたことによって、その2人の分まで生き抜こうと決心して強く生きます。逆に真菜に関しては裕福な家庭環境ながらまあ脱線して生きているのですね。 多少の同情の余地もあるのかもしれませんが、やはり苦しい戦争を経験している人間との差が出てるのでしょうか。 晶子の強い部分を真菜が学び取るという構図でいいのでしょうね、タイトルの通り、震災がなければ2人の絆が強く結ばれることはなかったのですよね。 個人的には晶子の足りない部分を真菜にレクチャーしようとしている千代子の存在感が圧巻でした。
デビュー作で山本周五郎賞を受賞された時は、少し疑問に思ったのも事実ですが、その後の作者の表現力は一作ごとに増しているような気がします。 途中カメラを買う為にお金を稼ぐ学生時代の真菜のシーンなんか圧巻で、その後の彼女の立ち直って行く姿を見守れたことはわが子のことのように感じられました。 作者に脱帽ですが、より感性の豊かな女性読者が読まれたら私以上に胸が熱くなられるであろうことは想像にかたくありません。
(読了日6月6日)
評価9点。
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『ふがいない僕は空を見た』 窪美澄 (新潮社)2012.06.29 Friday
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第24回山本周五郎賞受賞作。
5編からなる連作短編集と言うことですが本作が掲載そして出版された経緯から事情(第1話が第8回女による女のためのR−18文学賞大賞を受賞)があるのはわかっていますが、初めの2編は本当に性描写が生々しすぎて少し引きました。
読み終えて最初の2編は生よりも性、最後の3編は性よりも生を主題としているような気がします。
それぞれ独立した読み物としたら楽しめるとは思いますが、作品全体としてラストで命の尊さを謳ったいるところや息子(斉藤)を想う母親の気持ちを描いていますが、帳尻を合わせたというかインパクトが弱いような気がします。
なぜなら私的には2〜4編目の登場人物の方が共感というか同情できました。
だからラストの斎藤君の母親が主役を張るところも少し共感ができませんでした。最終編では斎藤君の父親のエピソード等が語られ、通常はグッとくるところなのでしょうが、どうしても斎藤君は悩んでいるのでしょうが生きざまとして努力がなんだか足りないような気がしました。
いわばふがいなさすぎるのですね。
タイトル名は秀逸で“ふがいない僕は空を見た”の“僕”って読者のことでもあると解釈しています。
作中の登場人物ほどではないにせよ、誰しも持っている自分自身のふがいない部分をレクチャーされたような気がします。
私たちも空を見なければいけません。
結論としては個性的で斬新で読みごたえはあるんだけど、少し過大評価されすぎている印象は拭えないかなと思います。
この作品は読者の性別によってかなり感じ方に差が出てくると思います。
まず女性が読めばあんずが加害者で卓巳が被害者のような図式で読まれるんじゃないかなと思います。
私はそうは思いませんでしたそこが大きいですよね。
そこで斉藤の家が助産院をしていることが重要なポイントとなってきます。
助産院の仕事の手伝いをすることがある卓巳なのですが、女性読者だとそのことでかなり同情的な気持ちになるんじゃないだろうかと思います。
男性読者の私は、家でそんなことをして生の苦しみを知っているのになんであんなことをするのかなと思うわけです。
まして15歳でね、早すぎますよね。普通母親の苦労もっとわかるでしょと言いたいんですね。
だから通常もっとも理解できないであろう松永の兄(3編目)よりも理解できないです。
最後に泣いてもあんまり許したくないような気持ちにさせられます、ちょっと曲解かもしれませんが。
もっとも感動的なのは第4話の「セイタカアワダチソウの空」。貧困にあえぐ良太がいとおしく感じられます。
とりわけ斉藤のビラをまいて悪意のあった良太とあくつが田岡の言動によって改心されるところが印象的ですね。
私はどうしても斉藤と良太を比べてしまい、良太の方に感情移入してしまいました。
ただ私の捉え方もひとつの捉え方だと思います。
それだけ生きることが難しくって不条理な世の中なのでしょう。
総括すれば本作は現代に生きる日常の不条理を世に問うビビッドに描写した問題作だと言うことでしょうか。
敢えて傑作だとはいいません、問題作だと言っておきますね(笑)
ただ今後もっともっと成長する余地のある作家であることは間違いないと思います。
評価7点。
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