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『キス』 キャスリン・ハリソン (新潮社)
評価:
キャスリン ハリソン
新潮社
¥ 1,785
(1998-05)
若くして結婚した父と母は、娘が生まれるとまもなく離婚、成長した娘は大学生となり、父は離れた町で牧師として新しい家庭を築いた。そして、運命の再会、父は娘の美しさに目を奪われ、娘は父の登場に心を奪われる。やがて二人は、近親相姦という暗い谷底へと落ちていった・・・全米を震撼させたベストセラー。著者自身の実体験を真摯に綴った、人間存在の根源に迫るノンフィクション。(文庫本裏表紙より引用)

<人生に対して誠実かつ真摯に向き合いなさいと教えてくれる一冊>

車を停め、駐車場からターミナルに入り、ゲートまでひたすら走る。わたしは息をはずませてたどり着く。黄褐色の・・・茶ではない・・・背広を着た男性が、ゆっくりとウォータークーラーから顔を上げ、こちらを向いてわたしを見る。どちらもすぐに相手に気づく。最近の写真は交換している。だが、それだけではない。おたがいに似ているのだ。
(本文より引用)

岩本正恵訳。
今年で創刊11周年となる新潮クレスト・ブックスの初回配本作品。

まず、本作を目をそらさずに読者の前に提供してくれたことを著者に深く感謝したい。
過去の自分との決別のために・・・
かなり勇気のいることであったと思われる。
フィクションならいざ知れず。
読み取り方によっては父親の非情さ・思慮のなさを感じずにいられない方もいらっしゃるだろう。
でも、この作品は少なくとも作者は読者にそういった理解を求めているのではないのである。
人間の奥底に潜む本能的な部分、それは倫理やモラルといったものをも超越したものであるということ。
もちろん、育った環境によって個々に違ってくるのであろう。

周りから見て凄く破滅的な行為であっても、本人たちにとっては深遠なものなのだ。

少なくとも作者は父親も母親をもリスペクトしていると信じたい。
その作者の切実さに胸を打たれないはずがないのである。

文庫版でわずか200ページの作品であるが、本作が読者に与える影響は計り知れない。
日頃、ノンフィクションの作品に関してはほとんど手に取らない私であるが、今回新潮クレスト・ブックスの初期の記念碑的な本作を手にとり、結果としてフィクションでは到底味わえないものを体験できた。
もし本作がフィクションだったら“楽しめた”という感想を少なからず書けたであろうが、ノンフィクションだから“大切なことを学びとった”と記したい。
作者に敬意を表して・・・

人の性格も生き方ももちろん十人十色であるが、本作は十人十色という言葉の範疇を越えている世界が描かれている。
一人称現在形というかたちで、自分の体験した過去をその当時(20歳)の年齢で再確認して行くスタイルが特徴的である。
そして、訳者である岩本正恵さんの淡々としつつも瑞々しい文章。
テーマのイメージを大きく覆す静謐な文章に心を奪われた方も多いんじゃないかな。
重い内容だけど、そんなに暗くなく緊張感を持続できた読書となったのは訳者の力量でもある。

文庫本の訳者あとがきを読むと、著者は本作を上梓する以前にも父親とのできごとを綴った作品(フィクション)を書いているそうなのだが、やはり胸の内がどんより曇った感じだったのであろう。
そういった意味合いにおいて、本作で近親相姦という本当に重いテーマに敢えて挑戦し、自らの過去をあからさまにした作者ハリソン、半分は過去の自分との訣別および清算、あとの半分は自分の最愛の人(母)に対する矜持のあらわれであると考える。

私自身は著者も父母も幸せだとは決して思わない。
いや、どちらかと言えば不幸だと本音を言えば思う。
なぜなら私自身、幸せというものさしを“相対的”なものとして捉えているからだ。

でも本作を通じて著者はこう語りたいのであろうと思う。
著者だけでなく、離れて生きている父、あるいは天国の母も“しあわせ”だと著者は語っているのだと思う。
作者の言うところのしあわせとは相対的なものではなく“普遍的かつ絶対的なもの”である。

最後にいろんな読み取り方が出来る作品です。
作者の過去の出来事を否定される方がいても批判はしません。
でも生き方だけは否定しないでほしいですね。
なぜなら決して作者は同情を求めてはいません、共感を求めているのですから。

それは作者が人生に対して誠実かつ真摯に向き合っているからである。
私にはそう伝わりました。

面白い(8)


posted by: トラキチ | 新潮クレスト・ブックス(感想) | 20:35 | comments(0) | trackbacks(0) |-
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