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『夏を喪くす』 原田マハ (講談社文庫)2013.07.31 Wednesday
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私達が作者に求める“爽やかでハッピーな読後感”、本作ではほとんど得ることが出来ないと思われます。
ただし作者特有の読みやすい躍動感のある文章は健在です。
全4編からなる大切なものを喪くした女性たちの物語ですが、すべて重くて暗い話がベースとなっていて、中には主人公に対して受け付けない部分を見出された読者も多かったような気がします。
どうしてこの人たちは“踏みとどまれなかったのだろう”と逆にイライラされた読者も多いのでしょう。
どうなんだろう、作者サイドから見れば他作に見られる読者を意識して作られた作品たちと比べると、自分の書きたいように書けているといっても過言ではないような気がします。
そうですね、本作のような作品集を通して読者自身の過去を振り返って欲しいと言う作者の願いなのかなと思ったりします、ただし決して真似はしないでくださいというアドバイスつきで。
決して読者が作者に求めている内容ではないと思いますが、幸福と不幸は紙一重だと読者に教えてくれているのだと思います。
特筆すべきはラストの「最後の晩餐」でしょうか、作者の代表作と言われている『楽園のカンヴァス』に繋がるアートをベースとしたお話で舞台もニューヨークで9:11がからんだ友情の話、他の3編と比して前向き感のあるお話で唯一感動的であったと思います。
視点をガラッと変えれば本作は女性ってこんなに強かったのかと驚愕必至の物語だと断言出来そうです(笑)
評価6点。
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『憧れの女の子』 朝比奈あすか (双葉社)2013.07.29 Monday
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この辺りは当たり前ですが読者のツボを押さえています。
たとえば長編であれ短編であれ、本作のようなエンターテイメント系で恋愛を絡めた話を描いた作品は膨大な作家がひしめきあっていて最も激戦区ですが、その中でも生き残って勝ち上がって行く資質のある作家だと思います。
抽象的な表現ですが気軽に読めるだけじゃなく、適度に毒があり考えさせられるところが他の少なくとも並の作家よりも秀でていると思います。
全5編からなりますがやはり最初の2編が秀逸でしょうか、、表題作はタイトルからして年頃の女の子を想像しますがそうではなくて赤ちゃんの性別のことを描いてます、夫側から語られますが妻の奮闘ぶりはすさまじく思わず応援したくなりますし結末も微笑ましいですね。
2編目の「ある男女をとりまく風景」これはほとんどの読者が途中までまんまと騙されます。まあ読んでのお楽しみですね、他3編もゲイの男や妻を亡くした初老の男が主人公、それぞれ読み応えがあり初めて手に取られる読者の方に心地良い読後感を与えてくれる一冊だと確信しています。
著者は慶応大学文学部卒で出版社に勤務経験があります。
基本的には女性が人生において直面する局面をコミカルにかつ繊細な筆致で巧みに表現できる作家であるという印象を受けました。
著作数も少ないので機会があれば今後一冊ずつ読み進めたいと思っています。
評価8点。
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『ホテルローヤル』 桜木紫乃 (集英社)2013.07.26 Friday
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そうですね、人生を切り取った作品と言ったら良いのでしょうか。
舞台は北海道の小さな町にあるホテルローヤルと言う名のラブホテルが背景となっていまして、7編からなる悲喜こもごもの話が繰り広げられています。
正直、直木賞受賞作という観点で読むと物足りなさもありますが、逆に本作のような地味で小ぢんまりとまとまった作品が受賞したというのが直木賞の裾野を広げているようにも感じられました。
そのあたりもう少し語らせてもらいますと、各編いろんな人たちが出てきます。ホテルの経営者はもちろんのこと、中にはホテルが廃墟となる直接の原因となる、これから高校生の教え子とホテルのある釧路方面に旅行に出かけようとする担任の先生の話などエピソードの作り方が秀逸な作家だと思います。
ホテルローヤルは登場人物達の“人生の象徴”なのですが、ある人にとっては失敗の象徴という物悲しいものでもあるのですが、その中には地道に生きることの難しさを本作を通して教えられたような気がします。
中にはコミカルな内容もありますが読ませどころの最たるポイントは、それぞれの物語の時系列がほぼ逆になっているところです。先のことが分かった上で読んでいるやるせなさが逆に印象的な読書を約束しているような気がしました。
各編それぞれ個性的なのですが、最も印象的なのは「本日開店」、住職の妻の話なのですが本作中もっともやるせなく生々しい話です。そして全体を通してほとんどの読者が幸せな人を見出せなかったのではないであろうかと推測します。だからこそ幸せについて今一度考察するチャンスを与えてくれた本であると思って読むべきだと思います。
作者の桜木さんの実家がホテルローヤルという名のラブホテルを経営されているということで、本作での直木賞の受賞は念願だったと思われます。傑作と言うより秀作を連発出来うる作家だと私は思っています、これからも目が離せませんし未読の作品は読み進めたいなと思っています。なにわともあれ直木賞受賞おめでとうございます。
評価8点。
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『おれのおばさん』 佐川光晴 (集英社文庫)2013.07.23 Tuesday
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物語は主人公であり東京の進学校に通う中学2年生の陽介、彼の父親は福岡に単身赴任中の銀行員なのですが愛人に貢ぐために顧客のお金を横領してたことが発覚して逮捕されます。
陽介は東京に残る母親と別れ、札幌市内で児童福祉養護施設を運営する伯母の恵子のもとに送られます。
通常、本作のような環境に置かれたおかれた人達はどうしても物悲しさが漂って暗い話になりがちなのですが、登場人物ひとりひとりが凄くキャラ立ちしていて逞しいのですね。
なんといってもタイトル名にもなっているおばの恵子さんの逞しさは圧巻で読者も元気を貰えること請け合いですね。
ほとんどの読者が手に汗握りながら、陽介に対して“応援モード”でページを捲ることであろうがその心地良さは重い話ながらも爽快さを約束してくれるものです。
誰もが望んで養護施設に入るわけではないのだけど、陽介は他の子供たちに対する配慮→理解を深めて行きます。そして嬉しいのは私たち読者も本を閉じる時に陽介の確固たる成長ぶりを感じ取ることが出来るのです。
サブストーリーとして陽介の母親と恵子との姉妹の確執があります。お互いにわだかまりのある人生を過ごしてきた2人ですが、微妙に似ているところがあって読んでいて見出すごとにニンマリかつホロッとさせられます。
そして妹であり陽介の母親である玲子の究極の内助の功的な生き方にエールを送りたくなりました。
嬉しいことに本シリーズは第3作まで出ています。淡い恋の続きも含めて作者の看板シリーズとしてできるだけ長く読み続けたいなと思いますし、そして本作が集英社の夏の風物詩“ナツイチ”に選ばれています。AKBのメンバーだけでなく、ひとりでも多くの方に手にとって欲しいなと願ってやみません。
評価9点。
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『島はぼくらと』 辻村深月 (講談社)2013.07.20 Saturday
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直木賞受賞というプレッシャーを撥ね退け、さらなる成長を見事に遂げた直木賞受賞第一作長編。
辻村さんの作品はそんなに読んでませんが、皆さんの過去の作品の感想を照らし合わせて考えるとより作品の幅が広がり、確固たる成長を遂げた作品だと言えよう。
それはまさに本作で登場する高校生4人(朱里、衣花、源樹、新)のキラキラした個性の描写と彼らの成長とにオーバーラップしてしまいます。
瀬戸内海に浮かぶ本土からフェリーで20分というロケーションにある冴島という火山のある離島を舞台とした愛情と友情を骨格とした青春小説。
Iターンやシングルマザーと言う社会問題を含め、島という環境がもたらすものや登場人物それぞれの境遇による違いや大人の事情など、いろんな要素が盛り込まれていますが作者は見事なまでに料理して読者に差し出してくれています。
ただし読者によっては少し物足りなく感じるかもしれません。それは高校生4人それぞれが、痛々しい過去を背負っていないこと、宿命は背負ってますがね、いわば環境の違いによってキャラクタライズされている点であろう。
今回直木賞受賞作の『鍵のない夢を見る』と合わせて読む機会を得たのであるが、個人的には直木賞受賞作を踏み台として一皮むけた作者の力量を発揮できた作品だと考えます。
それはやはり読者にとって夢を与える作品に邂逅できた喜びに浸れるからである。
なぜならどんなに毒がはらんでいようがあるいは現実を突き付けられようが、どこかに清々しくて胸をなでおろすところが盛り込まれた作品が作者の一番の魅力であると考えます。
余談ですが辻村さんはファンサービス旺盛な作家さんで、終盤に他の辻村作品に出てくる赤羽環が登場させる。
個人的には他の作品にヨシノの元気な姿を登場させてほしいなと思ったりする。
読了日7月12日
評価9点。
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『鍵のない夢を見る』 辻村深月 (文芸春秋)2013.07.20 Saturday
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各編田舎で起こった事件を第三者的な視点で語られていて工夫が凝らされていますが、決して読者に夢を見させてくれる作品ではなく、逆に現実を突きつけられた気がします。
窃盗、放火、殺人など決して共感は出来ないのだけど、誰もが陥る危険性をはらんだ展開が待ち受けています。
辻村さんが描くと人生における希望と絶望は紙一重ということに気づかされ読み応えがあります。
そして描かれている男性陣のだらしなさ、これが女性読者にとっては一番の快感だったりして本来滑稽に読んで欲しいのですが、女性の登場人物も精神的に余裕がなく危険なので、やはりどこか身につまされる物語になるのでしょうか。
構成的には徐々にエスカレートして行き、4〜5編目は内容的には圧巻と言って良いのでしょう、特にしかし男性読者視点で言わせてもらえばやや一貫性に乏しく、登場人物の自意識過剰が目立って読後感は良くありませんが、良識のある女性読者が読めば本作のような作品で人生において“踏みとどまること”を学ぶのでしょうか。
個人的にはやはり本作単独では高く評価し辛い作品だと考えます。他の辻村作品と合わせて考えるべき作品なのでしょう。
いろんな方の感想を他の作品と比べて本作での直木賞受賞は決してベストの作品であったかに関しては少し否定的な考えは否めないと思いますが、今後のさらなる活躍が見込めると言った意味合いにおいての直木賞受賞ということで納得がいくことが出来るのでしょう。
そのあたり、最新作『島はぼくらと』の上梓によってさらなる才能が開花されたと言って過言ではないのであろう。
評価7点。
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『たそがれ清兵衛』 藤沢周平 (新潮文庫)2013.07.15 Monday
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各編ともタイトル名に主人公の名前の前に彼らの容貌や性格を如実に表したものがついていて印象的である。隠し剣シリーズほど剣客シーンは本格的ではないですね。
映画化された表題作「たそがれ清兵衛」がもっとも有名でタイトル名も渋いのであるが、映画の内容には本作のラストを飾る「祝い人助力」の主人公が風貌も含めてより映画の世界観に近いような気がする。あとは別の短編集になるが『竹光始末』の表題作をもヒントとして映画は作られているらしい。
時代小説のジャンルで言えばどちらかと言えば武家物よりも市井物の短編の方が好きなのですが、藤沢作品に限って言えばそのルールは当てはまらない。それは藤沢周平と言う作家が武士であれ、町人であれ、生きて行くことの悲哀を読者に存分に示してくれるからである。
藤沢作品の特徴はやはりその完成された美しく端正な文章にどっぷり安心して嵌れるところであろう。そして何回も読み返すことによってその素晴らしさ、敢えて言えば他の作家では味わえない領域に達していると言える満足感に浸れるところであろうか。
本作品集も決して作中に“海坂藩”と明記されてなかったと思うのだが、一読者として海坂藩ものとして読み進むことによってより藤沢周平の世界に入り込んで行けるのである。
各編、藩の派閥争いに巻き込まれた概して風采の上がらない主人公たちが、剣を抜くと凄い腕前を発揮すると言う悪く言えばパターン化された展開の話ばかりなのであるが、藤沢周平の文章においては“やるせなくて美しい”物語に仕上がっている。
個人的ベストはラストの「祝い人助八」、読み終えた後大半の読者が主人公だけでなく波津のこれからの幸せを祈らずにいられなくなったのである。このため息をひとりでも多くの読者に味わってほしいなと思う。
評価9点。
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『確証』 今野敏 (双葉社)2013.07.14 Sunday
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通常刑事ものと言えば警視庁捜査1課が描かれているのが大半であるが、本作では第3課が描かれている。
その違いは“強盗”(1課)と“窃盗”(3課)である。
本作では萩尾と武田という親子ほど年の離れた男女のコンビが誕生して名相棒ぶりが如何なく発揮されている。
他の警察小説と違って楽しく読める大きな要因となっているであろう。
渋谷の強盗と窃盗、そして赤坂での強盗殺人事件が勃発し、萩尾と武田は捜査1課と一緒に捜査をすることになりますが、そこでプライドの高い1課とぶつかり合うのですね。
そこが一番の読ませどころじゃないでしょうか。
事件の動機(作中ではメッセージという言葉が使われています)等は少し納得いかないところもあったのだけど、スピーディな展開と読みやすい文章と納得のいくエンディングが心地良い読書を約束してくれます。
当初第1課志望だった武田が成長し、3課になくてはならない人物となっていきます。
個人的には迫田と美由紀の愛情の深さが最も印象的でした。シリーズ化希望。
あと本作で目立ったのは作者の他のシリーズでも出ている田端課長の人の使い方の上手さですね。
彼の登場している作者の代表作である“隠蔽捜査”シリーズ是非とも読んでみたいと思います。
横山秀夫ほど骨太ではないけど、楽しく読める作品を書きはります。
本作はTBS系で4月より連ドラ化される。主演は高橋克美と榮倉奈々。なかなかのキャスティングだと思う。
2人の相棒ぶりが見ものである。
ただスピード感が売りでもある本作の魅力を約10回にも分けて描くのか、あるいは他の話も盛り込んでいるのか興味は尽きない。
(読了日3月18日)
評価7点。
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『愛に乱暴』 吉田修一 (新潮社)2013.07.13 Saturday
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吉田さんすごいですよね、端的な表現になりますが、有意義な本であるか否かは読者を選ぶのかもしれませんが、とっても面白い作品であるのは間違いのないところだと思います。
ただし人によっては読後感は良くないとも思います。
まず読まれた人の大半が途中で度肝を抜かれますよね本書の構成に。
各章、不倫をしている女性の日記、本文(妻の日常)、夫に不倫をされている妻の日記という構成で語られています。
ところが途中で凄くミスリードさせられていたことに気づきます。
そこが結構衝撃的でスリリングなのです。
<ネタバレあり>
そうなんです、実は初めの日記は桃子が初瀬(現夫)と不倫してた時の日記でタイムラグがありますが、同一人物の書いた日記なのです。
ということでポイントとなってくるのが桃子も過去に現在自分がされていることと同じことをしているわけですね、ただ男性読者視点から言えばやはり旦那が悪いわと認識せざるをえないのです。
まあいろんなことを考える作品であるのですが、まあ基本的には人間こんなに変わるものかなということでしょうか。
個人的には凄く人間観察に長けた作家だと思っております。
元来つかみどころのないところが吉田修一らしいのですが、意外と素晴らしいと思った結末でした、少し狂気の沙汰に陥る桃子ですが、救いがあったように思えます。
誠実な方向に導かれたと受け取っています。
吉田さんは本作において“究極の恋愛”を描いたのかもしれませんが、読者にそれを納得させようとはしていないと感じます。
世の中は悪意に満ちているとまでは言いませんが、結構不条理なものでその中での自分自身の居場所探しを究極の環境にいる登場人物を使って描きたかったのでしょう。
まあ真守のようなだらしない男性を選んだ桃子にも責任はあると思いますが、自業自得とまではいいませんが凄く練られたキャラクターだと思いますし、彼女の再生を願わずにはいられません。
女性読者よりも結構冷静に読めた自分を褒めてやりたいですね(笑)
そして新しい愛人のその後も読みたい気がします。いずれにしても吉田修一恐るべし。
かつて『パーク・ライフ』で芥川賞を、『パレード』で山本周五郎賞を受賞し純文学と大衆文学の大きな賞を合わせて受賞し、その後どのような方向性に進むのか興味を持たれた方も多かったと思います。
その後『悪人』と『横道世之介』の違ったタイプの二つの代表作を上梓したのが一般的な見方ですよね。
全体的なまとまりでは代表作に劣るとは思いますが、本作のような捻りの効いた作品はもっと作者が高みを極める作品へのステップ的なものであると信じたいと思ったりします。
読了日7月12日
評価8点。
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『フィッシュストーリー』 伊坂幸太郎 (新潮文庫)2013.07.12 Friday
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表題作は時間軸をうまく生かした痛快な物語であり作者のセンスの良さが際立ったドラマティックな物語である。映画は小説ではわずか70ページ弱の話を上手く膨らませて作られていて頗る楽しい作品となっている。
そしてなんといっても「ポテチ」、馴れ初めも含めて今村と恋人役の大西との関係というか距離感が素敵である。自分を救ってくれた今村に対して自然と愛情が深くなってくるのですね。とりわけ大西が塩味のポテトチップスを食べるシーンが印象的で、元来コンソメ味が好きな彼女ですが取り換えなくて良いといいます。究極の親子愛を描いた作品と言えそうで私的にはコンソメ→尾崎、塩味→今村という図式で捉えている。
子供は取り違えたけど、それに気付かない今村の母親はきっと幸せいっぱいなのである。ラストの爽快感は伊坂作品随一といっていいのではなかろうか。
伊坂作品を読むにあたっては他作との登場人物のリンクが楽しいところなのであるが「サクリファイス」と「ポテチ」に『ラッシュライフ』での名泥棒役の黒澤が出ている。
「サクリファイス」では主役で「ポテチ」では脇役である。それにしても「ポテチ」での若葉と今村の母親の会話のシーンが本当に楽しいのですが、やはり今村に対するお互いの愛情が2人の仲を親密にしているのでしょう。物語の実態を知っているだけに余計にニヤリとさせられました。
たまに読む伊坂作品もいいですね、機会があればまた読み返そうと思います。
(読了日3月16日)
評価8点。
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