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『ほら吹き茂平 なくて七癖あって四十八癖』 宇江佐真理 (祥伝社)2013.09.30 Monday
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たとえ武家物を描けば偉大なる先輩の藤沢氏に劣るかもしれませんが、市井物では藤沢氏の端正な文章には見劣りはしても、しみじみとした内容では引けをとらないと感じられます。
決して泣けるような話じゃないんだけど、適度にほろっとさせてくれます。このあたり他作との兼ね合いを考えて宇江佐さんのレベルでは書き分け出来そうな気がします。そして他の作家さんより秀でたところはやはり、各編40ページぐらいですが読み応えがあるところでしょう。
全6編中、やはり2編入っているファンタジー要素が入った千寿庵の話が印象的でしょうか。2番目の「妻恋村から」では天災にで家族を亡くしてずっと引きずっている男を主人公浮風が見事救います。
あとはラストの「律儀な男」ですね、意外な展開に驚いたのですが、主人公が律儀ではなく、箱根で救った男が律儀なのですが少しシニカルなタイトルが本を閉じる際に心に残ります。もちろん口は災いのもとですが主人公の市兵衛も律儀な男ですよね。
もろい愛情、あるいは強い愛情、いろんな愛を描いていますが、やはりこの方の作品の根底には身の丈に合った生き方をしなさいという川が流れていて、そのあたりは藤沢氏に通じるところがあるのだなと強く認識しています。
未読のものも多いけど、急いで読むのがもったいないと思えるほど心を癒してくれる作家であることは間違いないですね。
嬉しいことに「高砂」というタイトル名で続編が刊行されています。リンクした作品があるのかどうかワクワクして続きをじっくりと楽しみたいですね。祥伝社さんではずっとこのシリーズ書いてほしいです。
評価8点。
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『その青の、その先の、』 椰月美智子 (幻冬舎)2013.09.27 Friday
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17歳の高校二年生まひるを主人公に据え、彼女を含む4人の友達の友情と亮司との恋愛模様を瑞々しく時には熱く描いています。
まひろの母親の対照的な“打算”めいた言動も目立ちますが、全体的に凄く純度の高い読み応えのある小説だと言えそうです。
終盤に悲しい事件が起こりますが、決して夢を諦めずに立ち向かっていく姿が読者の脳裏に焼き付いて離れずに本を閉じることが出来、大多数の読者は“夢”を持つことの大切さと、若いって素晴らしいと思うことでしょう。
まひると亮司の未来を案じて本を閉じた読者は有意義な読書を堪能しとことの証だと確信しています。
彼氏である亮司の夢である落語家になることが、作品においては大きなモチーフになっているのですが、随所に落語が散りばめられていて読者にとっても印象的で心地良いことも伝えておきたい。
青春を過ぎ去った読者も、読んでいる数時間は必ず青春に浸り、登場人物に共感出来る作品です。2人がお互いの人生悔いのないように生きていく姿が微笑ましくもありました。
主人公の年齢に近い人の方が共感出来るのは間違いないですが、離れている人の方がより懐かしく感じられることであろう。青春小説の名作の誕生を心から祝したいと思う。
評価10点。
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『日はまた昇る』 アーネスト・ヘミングウェイ (ハヤカワepi文庫)2013.09.25 Wednesday
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いわゆるロスト・ジェネレーション(失われた世代)を代表する作家でありかつ20世紀を代表するノーベル賞作家の長編第一作、学生時代以来の再読であるが好きな翻訳家の土屋氏が新訳を施してくれたのが第一の要因である。個人的には同時代を生きたフォークナーの方が心を奪われたのであるが、今回再読してみても、やはり昔とあまり評価は変わらなかった。
それは例えば個人的にはもっとも気に入っている『武器よさらば』なんかと比べると情熱が足りないような気がするのである。主人公ジェイクが戦争で男性機能を失ったということが思い焦がれるブレットに対して自制が働き、成就しないということがモチーフ的な役割を演じているのであるがやはり理解しづらいのですね。もちろん、パンブローナにて闘牛を見るにあたっての情熱はすさまじいものがあり、本作の読ませどころでもあるのであろうが、やはり登場人物の背景に退廃的な生きざまがあってそこが当時の世相にマッチングしているのですが、私にとっては登場人物すべてが退廃を通り越して道楽なイメージが付きまとったのである。
その根底には語り手であるジェイクがどうしてブレットに恋焦がれているのかが理解し辛く、言い換えればブレットという女性に魅力を微塵たりとも感じなかったのである。何故に彼女に振り回されるのであろうか、そしてワインにどっぷりと浸る日々、ひとつの青春を語った話としては多少なりともカタストロフィーを感じるのであるが、根っからのヘミングウェイーのファンでなければどうしても共感はしづらい話であった。ただし会話は新訳であることも含めてなかなか素敵でした。タイトル名のように希望は見出せないのがロストジェネレーションの世界なのであろう。名作は批判されながら生き延びていくのであろうか。
評価6点。
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『無垢の領域』 桜木紫乃 (新潮社)2013.09.20 Friday
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舞台は北海道の釧路、主人公は書道家と高校の養護教諭という秋津夫妻と民間委託された図書館長である林原信輝の3人と言ったところでしょうか、タイトル名ともなっている無垢の領域である信輝の妹、純香が重要な役割を演じます。
それぞれの視点で語られるのですが、夫婦のあり方、人生の価値観、介護問題などいろんなことを考えさせられる物語です。やや閉塞的な内容ですが、作者の文体とはかなり合っていて読書という行為に安心して浸かれるところが確かな筆力だと感じました。
印象的だったのは途中で出てくる女子高生の君島、決して正しい生き方であるとは思いませんが、伶子に強く生きると言うことを悟らせたキーパーソンとなっています。
あとは全体に漂っている恋愛模様がやはり興味深いでしょうか、それぞれが胸に抱えている嫉妬心、それを持つことによって希望というものを見出しているように捉えるべき物語なのでしょう。そうすることによって、純香への喪失感と言う悲しみの気持ちが緩和されるような気がします。
少し捉えどころが難しい話かもしれませんが、それだけ作者の目指すところが高い位置にあるような気がしました。じっくり読んでもらいたい作品であります。
男性目線で語らせてもらえたら、里奈が可哀そうで是非幸せになって欲しいなと強く願って本を閉じたことをつけ加えておきます。
評価9点。
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『ニュータウンは黄昏れて』 垣谷美雨 (新潮社)2013.09.16 Monday
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とってもリアルで読者によってはかなり息苦しいかもしれませんが、最後まで読まれたらホッとする作品であると思えます。
作者の素晴らしいところは大半の読者に対いて否応なしに現実的で身につまされる読書をもたらせつつも、多様化する価値観を提示している点だと思われます。
とりわけダブル主人公である織部親子(母娘)をほぼ交互に登場させることによって、母には老後の生きがいを模索させ、娘には結婚に対する考え方を娘を含めて三人の女性の価値観を照らし合わせることに成功しています。幅広い読者に受け入れられることが可能な作品で、
女子3人の仲良し組がお互いの幸せを求めた結果が三者三様で面白かったのですが、個人的には友情が崩れつつあるのが残念でしたが主人公である琴里がとった行動が最も賢明と言うか共感出来たのも事実です。
母親の頼子はやはりニュータウンの理事をすることによって成長し、人間としての幅が広がったような気がします。
そして現在出向中で収入が激減した夫、全体的には惨めな役回りなのですが娘の婚約者がローンの返済を申し出た際にとった言動が印象的です。
このあたり人間としての矜持が溢れていて、娘への確かな愛情も感じました。それによって妻の頼子がより成長したのだと捉えています。
前半が少し読みづらいかもしれませんが、金持ち男の実態が明らかになってくる後半あたりから少しウィットに富んだという部分も見られ案外楽しく読めます。現実を突きつけつつも、多少気楽に行こうよというところも見られ、安心して本を閉じれるところが魅力的な作品でした。
深読みするとタイトル名も含めて、主人公が住む高齢者中心のニュータウンは現代の日本社会の縮図ともとらえられます。何よりもローンを組むことによってその子供にまで影響が及ぼされるところが現実的であります。一番現実的なのは建て替え見積もりした5社が全部撤退したことでしょうか。
作者の垣谷さんの作品は初めて読みましたが、読みやすい文章と納得のいくエンディングは評価したいと思います。明治大学文学部卒で2005年に「竜巻ガール」で第27回小説推理新人賞を受賞、秋クール「夫の彼女」がTBSで連続ドラマ化されます。シリアスな題材を描いた社会派小説が得意とのことで機会があれば一冊ずつ読みつぶして行きたいなと思っています。
評価8点。
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『かたみ歌』 朱川湊人 (新潮文庫) <再読>2013.09.11 Wednesday
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個人的には『なごり歌』よりも完成度が高い作品集であると思います。作者が『花まんま』で直木賞を受賞した直後に出された作品集であり、最も勢いがあった時期に創作されたと言っても過言ではなく、読者にとっても印象深いものだと思います。
完成度の高さの要因として、古本屋である幸子書店が舞台となっている点があげられると思います。各編の主人公の視点で古本屋の芥川龍之介似の主人が語られますが、やはり本好きの読者にとっては本屋が舞台と言うのは落ち着くのですね。安心して読めると言ったら良いのでしょうか。
全7編中、お気に入りはやはり「栞の恋」でしょうか、ある程度予想がついた展開ではありましたが読者にロマンを忘れてはいけないということを教えてくれます。
そして何よりも最終編で、本屋の主人の正体を始め、うまく全体を絡ませつつまとめあげている点が評価できるのであって読者サイドからしたらホロットさせられたというか癒された形で本を閉じることができるのですね。人間の一生って死に直面しているためにどうしても物悲しいけれど、決して捨てたものじゃないということを教えてくれた一冊であると捉えています。また数年後に手に取りたいと思わせるのが作者の真骨頂なのでしょう。
お得意の古い歌(タイトル名ともなっているそれぞれの編の“かたみ歌”)のオンパレードも健在なので、たとえば30才以下のお若い方が読まれたら時代背景を感じ取りにくく臨場感が出ないのかもしれないなと思う。
逆にそれぞれの歌をご存知な方が読まれたら、感慨ひとしおで歌同様それぞれの物語も記憶にいつまでも残りそうであるし、またいつか読み返してみたいという気にさせられるはずです。忘れかけていた懐かしいあの頃、あの気持ちを切なく思い起こさせてくれる朱川作品。たまにドップリ浸かってみるのも読書の醍醐味と言えるのでしょう。
評価8点。
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『ホイッスル』 藤岡陽子 (光文社)2013.09.09 Monday
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物語は妻子る70歳を過ぎた老人の身分で、20歳以上も若い看護師に唆されて離婚をし財産を奪われた石巻章が亡くなるシーンがプロローグとして始まり、それまでに至る過程を時系列的に語って行く構成を取っています。
面白いのは、いろいろな立場の数人の人間が立ち替わり各章で語っている構成でしょうか。主人公と言ってよいであろう妻である聡子、そして娘の香織に姪である優子、芳川弁護士にそこの事務員である沢井、章を騙す和恵と和恵サイドの人間など。裁判の過程を中心に描かれているので内容的には重苦しい部分もありますが、和恵が追い詰められていくシーンは胸のすく思いもしました。あとは、脇役ですが弁護士と事務員の2人、その後どうなったのでしょうか、幸せを願わずにいられません。
読者にとって感動的なのは、やはり夫に厳しい仕打ちをされた聡子が立ちあがって行く姿につきます。もちろん周りの人々のフォローも借りていますが、彼女のある種凛とした態度が上手く人生を切り開いているような気がして、唸らされました。あとつけ加えておくと、凄く達観した読書が出来る人には夫である章がとっても滑稽に思えるはずです。
現実的にこんなことになれば、作品内以上にもっとドロドロしたものがあるのでしょうが、作者は小説で描き得る範囲内で読者に問題点を突きつけてくれます。その問題点を表したのがタイトルの「ホイッスル」という言葉であって、読者である私たちも何か苦しいことや悲しいことがあって、自分自身に警鐘を鳴らすことが出来そうな気がします。少しでも強く生きることを願って書かれたであろう本作、私の中では結構グッと来た作品であって、ささやかながら応援して行きたい作家の一人であります。
作者の藤岡陽子さんは同志社大学文学部を卒業後、新聞記者を経てタンザニアの大学に留学、その後看護師資格などを得ています。デビュー以後4作が上梓され、本作は最新作にあたります。女性作家ならではの繊細さと大胆さを持ち合わせた文章は結構魅力的で、コンプリートを目指して読んでみようかなと思っております。
評価9点。
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『あの空の下で』 吉田修一 (集英社文庫)2013.09.05 Thursday
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機内だけでなく通勤電車などで読むのに最適な作品だと言える。
この人の短編(掌編)の特長はサラッと読めて心地良くかつ少しあっけなく終わるところだと思うのですが、本作においても予想を裏切らない内容でしたね。
少しドライな語り口が個人的には大好きなのですが、それでもたまに凄いフレーズがあるのでそれを探しながら読み進めたのですがやはり遭遇してしまいハッとさせられた。。
まるで旅先で素敵なものに出会ったかの如く感じたきらめいたフレーズ。
旅にまつわる話が多いのですが、やはり昔の恋や友情をからめた想い出話が印象的である。機内で読まれた方はきっとキラキラした素敵な想い出を作って帰ろうという気持ちにさせられるところでしょう。
出来れば私も外国でこの本を読んでみたいな、私だけじゃないと思いますが。
印象的だったのは階上の人の郵便物から手紙を盗む「自転車泥棒」と男の友情を語った「東京画」あたりです、どちらもほろずっぱい話ですが吉田氏らしいなとため息が出ました。
エッセイの方ですが、作者の人となりが垣間見れて面白いのであるがやはり小説のように主人公に自分自身を投影することが不可能なので、読物とすればワクワク感に欠けているようにも感じられた。
しかしながら印象的ものもあり、メイド喫茶と執事喫茶に行った体験談はリアルというか、作者の気持ちを赤裸々に語っていて滑稽に感じたものであった。
他の作家と比べて短編の名手と言えるかどうかは評価し辛いところでもあるが、タイトルに有名映画名を付けたり、少なくとものそのセンスの良さは作者特有のものであり、安心して読者も委ねることができるのだと感じられる。ANAが吉田氏を選んだセンスの良さに拍手を送りたいと思う。
評価7点。
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『カオス・シチリア物語』 ルイジ・ビランデッロ (白水社)2013.09.02 Monday
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評価:
ルイジ ピランデッロ
白水社
¥ 2,730
(2012-07-21)
作者のビランデッロ(1867-1936)は恥ずかしながら知りませんでしたが、劇作家としても有名であり小説家として1934年にノーベル文学賞を受賞しています。
16編からなる短編集であり書かれたのが1910年前後で約100年前、読みにくそうなイメージがつきまとうのであったが、翻訳が新しく(本作の刊行が2012年7月)文章は頗る読みやすい、訳者の努力に敬意を表したく思う。
内容的には多岐にわたり、プロローグに出てくるカラス達が散りばめられて登場しているような錯覚に陥る。
滑稽な話や深読みすれば悲しい話などもあり、本を閉じる時に大半の読者が目の当たりにしたことがないシチリア島のイメージがおぼろげに映像化出来るのであるが、人によってはくっきりと浮かぶのだろうか。
どうなんだろう、やはり時代が移ろっても人間にとって普遍的なものを描いているのでしょう、苦しくてやるせないのは自分だけじゃないと言うことを謳っているのかなと全体像的には捉えています。ほとんどの作品が第一次大戦前後に執筆されている点は忘れてはならないのでしょう。
本作のような作品集はじっくり読んで堪能すべき作品であると考えます。機会があれば再読したい。
ちなみに作者はシチリア島のカオスの出身である。
白崎容子・尾河直哉訳、<エクス・リブリズ・クラシックス>シリーズの一冊。
評価8点。
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『震える牛』 相場英雄 (小学館文庫)2013.09.01 Sunday
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いささかオーバーであろうという希望的要素は持ってるのですが、多少なりとも本作のようなことがあっても仕方ないかと言う気にもさせられ、激安の食品は買い控えしようかなと思ったりします。
それほど世の中デフレの時代なのですよね。物事の裏側を見出したらキリがないということは分かっているのですが、少なくともギリギリところで企業と言うのは競争し勝ち残っていくのであるということが身に沁みました。
作中で“シャッター商店街”という言葉が使われているのですが、本作のタイトルとなっている“震える牛”よりも本作の内容を如実に物語っている言葉だと思います。
それだけシャッター商店街をもたらせた大手スーパー(オックスマート)に功罪があるということなのでしょう。
印象的だったのはもうひとりの主人公と言うかヒロインと言って良い記者である鶴田ですね、地道な捜査の田川とは対照的に体当たり的な取材がヒヤヒヤものです。
ラストの事件の処理の仕方が癒着が絡む警察社会の象徴的なシーンで、憤りを感じたり釈然としなかった読者も多いと思うのである。私的には実際は大いに批判していて警鐘を鳴らしていると受け取っている。まるで長いものに巻かれてはいけないということを教えてくれているような気がした。
余談ですが本作を読むきっかけとなったのはWOWOWのドラマ化ですね。少し設定が違うのですがドラマもそれなりに楽しめます。特にマジックブレンダーでの製造シーンはリアルで原作では味わえません。田上役の三上博史はハンサム過ぎますがね(笑)印象的なのは鶴田役の吹石一恵が原作以上に危ない役を熱演してるところでしょうか。
もう少し相場作品を追いかけてみたいなと思っています。
評価8点。
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