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『夢売る二人』 (2012年日本映画)2013.10.31 Thursday
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松たかこが演技派阿部サダヲとの共演と言うことで期待して見たが体当たり的な演技も含めて遜色なく悲しい女を演じていたように思います。逆を言えば松たかこの長年ファンにはショッキングな場面もあります。
小料理屋を営む夫婦が火事ですべてを失います、そこから這い上がるためになんと詐欺に身を染めて行きます。独身女性を相手にした結婚詐欺の話なのですが、それにしても阿部サダヲ、女性の本能をくすぐるの上手いです。終盤にかけてが観ていて本当に楽しいです。
ただ物語の主題が見えないというか、女性監督の感性の豊かさについていけないというか、どうなんでしょう。娯楽作品として割り切って見る分には楽しく観れることでしょう。
人間って弱いものだということを実感しただけで収穫があったのでしょうか。騙され役に田中麗奈が登場しますが、ウエイトリフティングの選手の方がずっと健気で印象に残った視聴者が大半じゃないでしょうか。松たかこ演じる里子が幸せかどうかを念頭に入れて観ると余韻が残る映画であることには間違いない。
評価8点。
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『チーズと塩と豆と』 角田光代他 (集英社文庫)2013.10.28 Monday
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舞台となっている国をあげると、角田(スペイン・バスク)、井上(イタリア・ピエモンテ)、森(フランス・ブルターニュ)、江國(ポルトガル・アレンテージョ)になりますが、それぞれの国の地方が舞台であるところと、その国で生まれ育った人(日本人読者から言えば外国人)が主人公となっていて、さもすれば翻訳小説を読んでいるような気分にもさせられます。逆を言えば日本人主人公がそれぞれの国を訪問したことを書かれたものではないことに最大限の特徴があるとも言えるのだと思います。
お腹をいっぱいにして読まなければお腹が空くこと間違いなく、それぞれの作家の個性が如実に反映されているところも見逃せません。
この作品は単行本発売時に、NHKとのコラボ作品として発売されました。それぞれの作家が1週間ほど現地に滞在して書きあげるという画期的な試みが施されたのは記憶に新しい。残念ながら時間の関係もあってNHKの映像も単行本も読めずにいたのであるが、今回文庫化されて読むに際しては、描かれている場所の風景が自分なりに映像化しつつ読むことが出来た。
角田さんと森さんの2編がストレートで感動的である。どちらも料理を通して主人公が成長し離れていた家族への距離が縮まり、自分自身がそれぞれの地方出身だというとこに気づき、そのことに誇りを持つことにより、深い愛情を再確認できる筋書きでやはり安心してこの2人の作品は読めるのであると再認識した。
井上さんと江國さんの作品はどちらも個性的というか変化球的というか、不倫やゲイを題材としていて万人受けしづらいが、そこが逆に印象に残るという読み方も出来るのであろうか。
評価8点。
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『死神の浮力』 伊坂幸太郎 (文藝春秋)2013.10.25 Friday
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予想通りと言うか千葉のズレた会話がシリアスな物語を和ませてくれます。各章ごとに死神である千葉と作家である山野辺が入れ替わって語り手になっているところが読者にとって斬新であり、山野辺の娘に対する愛情だけでなく父親とのエピソードがなんとも印象的です。
得意の軽妙洒脱で変幻自在な文章と千葉が活躍する物語の展開はひとときも目を離せませんし、あとはそうですね、必然的に“死”と“良心”そして“キャンペーン”について深く考えさせられます。
特に長編時に伊坂作品を読む醍醐味である、いろんなエピソードを収斂させていくかが素晴らしいの一言につきますよね。やはり後日談が最高でした。雨の日に読むと感動度が増す物語です(笑)
個人的には物語とは直接関係のない部分で伊坂作品で毎度お馴染の、博学な知識に基づく“伊坂哲学”が語られている箇所がある意味物語以上に楽しかったりします。この楽しさは他の作家では味わえない領域に達しているなと今回読んで感じました。
余談ですが、金城武さんミュージックを聴きながらでも手ぐすね引いて映画のオファーを待っているのでしょうか(笑)
評価8点。
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『死神の精度』 伊坂幸太郎 (文春文庫)2013.10.21 Monday
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内容的には本当にバラエティーに富んだ伊坂ワールド全開。
恋愛小説、密室物、ロードノベル、ハードボイルド、そして最後にハートウォーミングストーリー。
主人公は人間ではなく死神。
各編において対象となる人間を調査して死に適するかどうか判断し、「可」か「見送り」かを報告するのが彼の仕事だ。
クールで人間社会の常識が欠けている所が滑稽で魅力的である。
他の特徴として・・・
★彼が現れると必ず雨が降る。
★異常な音楽好きである。
★素手で人に触れると触れられた人は倒れ、寿命は一年縮まる。
★名前は千葉と決まっている。
★シチュエーション(仕事の内容)によって年齢や外見は変わる。
とりわけ最後の「死神対老女」が秀逸である。
詳しくはネタばれとなるので書かないが、前(表題作と「恋愛で死神」)に出ていた登場人物がリンク。
クスッと笑える話ばかりでなく、胸が一杯となる話を用意。
そしてまたまた掟破りな行為も出てくるのである。
それは読んでのお楽しみ。
いずれにしろ、その掟破りのおかげで読者の心にも晴れ間がもたらされたような気分になるのは心憎いところである。
生きているといいことがあると読者を悟らせる伊坂氏に拍手を送りたい。
連作短編集としての技巧面において、各編を巧みにフェードアウトしており最終編での収束は見事のひと言につきよう。
本作は作者初期スマッシュヒット作品としての認識が強く、初読当時まだまだ発展途上であると思いもっと大作を期待したのも事実。
そつがないけど小さくまとまりすぎているという手厳しい読者の方もいたように思う。
そのあたりなんとも微妙なところであるが作者への期待の大きさが表れている。
その後の活躍は周知の通りであるが、ファンの求めてるハードルの高さに応えれてるかどうか『死神の浮力』に取り掛かり自分なりに確認したいと思う。
評価8点。
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『クローバー・レイン』 大崎梢 (ポプラ社)2013.10.19 Saturday
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主人公の工藤彰彦は大手出版社である千石社の編集部に勤めている29歳。パーティでベテラン作家家永と久々に会い、彼の書いた「シロツメクサの頃」と題された小説の原稿を読み上げてすっかり感動した彼は、その作品を是非出版したいと意気込みます。
そこからはまさに作者の真骨頂と言うべき展開が待ち受けています。一冊の本を出し、そしてその売上をいかにして伸ばそうかと情熱を傾けた主人公並びに彼を取り巻く人々の描写には業界の実情が細かく描かれていて本好きとって満足できないはずがないと断言して良さそうです。
とりわけ、主人公である工藤と家永との生い立ちというか家族構成の似ている部分が読者にとって本作をより共鳴できる要因となっているのでしょう、それは読んでのお楽しみと言うことですね。
作者の良いところはやはりその根底にハートウォーミングな部分があって安心して身を委ねることが出来ることでしょう。
終盤は恋愛模様も含めて大きな感動をもたらせてくれること請け合いの作品です。
少し深読みかもしれませんが敢えて書かせていただくと、近年文芸作品に力を入れているポプラ社から出た本作、作品の中では主人公が勤める業界では老舗である千石社(新潮社がモデルだと想像します)に対しての挑戦を突き付けているようにも取れます。これは業界にとっては活性化出来てとってもいいことですよね。いろんな読み方が出来るのが本作の特徴であって、たとえば「シロツメクサの唄」を書いた家永ですが、実在の作家では誰に当てはめることができるのであろうかと思って読んだのですが、もっと脚光を浴びてしかるべき作家が埋もれていることは明らかであると思えるのですね、だからこれからは少しでもマイナーなと言えば語弊があるかもしれませんが、力があるのに読まれていない作家を少しでも応援して行けたらなと思います。一冊の本が出来上がるのにはそれぞれドラマがあります、その発行部数が少なければ少ないほど紆余曲折があり魂がこもっていると言っても過言ではありませんよね。
次の大崎作品は『夏のクジラ』を予定、早く読みたいです(笑)
評価9点。
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『政と源』 三浦しをん (集英社)2013.10.14 Monday
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普通っぽい政こと有田国政は大学を出て銀行員として勤めた後、定年退職して現在はひとり暮らし、妻は娘と暮らしていていわば別居中。
もうひとりは個性派である源こと堀源二郎は小学校もろくに出ていないがつまみ簪職人として今も活躍中。
読ませどころはやはり2人の強き友情ですよね。特に若かりし頃のお互いの恋模様が対照的です。
世間一般的に見れば政の方が成功というか勝ち組のように見えますが、そうは問屋がおろしません。
著者の凄いところは、一見ユーモラスなように見えますがやはり2人とも独居老人であるという点でしょうか。
まあ妻がいなくても長年の親友と言って良いであろう存在があるから幸せなのでしょうか。
読者の誰もがいずれ迎えるであろうシルバー世代、いかに生きるべきかを考えさせられるところが一筋縄ではいかないしをん作品の特徴であると思います。
物語に彩りを添えているのは源のもとで弟子として働く徹平とその彼女であるマミ。彼ら2人の存在が政が人生の長きにわたって掛け違えて来たボタンを解消してくれようとします。
読者ひとりひとりが常日頃抱えているわだかまりや不器用な部分が本作を読んで軽減された気もします。
幸せをつかんだ彼ら2人のサイドストーリーも書いてほしいと希望します。
評価8点。
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『高砂 なくて七癖あって四十八癖』 宇江佐真理 (祥伝社)2013.10.12 Saturday
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各編のタイトル名が巧みに作られているのでそう言った観点で各編で描かれている人間模様を読んでみると余計に楽しく読める。
その象徴がラストの表題作であって、読んでいる途中で見当はついた方が大半だと思いますが、微笑ましい気分で本を閉じることができます。
息子に家業を譲って隠居した会所の管理人を務める内縁夫婦の又兵衛とおいせの愛情が各編の事件(というかトラブル)を通して深まって行くところが心地良く微笑ましい。
物語の根底にはなぜ籍を入れずにいたかという点が重要となって行きます。
特に男性読者は強く感じると思うのであるが、幼馴染みである又兵衛と長屋の差配をしている孫右衛門との強い友情ですね。物語の骨格をなす2人の関係は安心して読める宇江佐作品の象徴とも言えそうですが、やはり2人の誠実で人情味溢れる生きざまが共感を呼ぶのでしょう。
弱者というか不器用な人物に対しての温かいまなざしは卓越していて、このあたりが読んでのお楽しみなのであるが、具体的には「どんつく」の浜次と灸花(やいとばな)の道助。
胸が痛くなります。
あとはやはりこれは現代社会にも通じることですが、ちょっとの思い違いでお互いの妬みが膨れ上がり大きくすれ違ってしまうということですね。これは良い勉強となりました。
おそらく続きも読める日が来ると思います、楽しみにして待ちましょう。
評価8点。
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『東京バンドワゴン』 小路幸也 (集英社文庫)2013.10.11 Friday
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核家族化が主流となっている現在、4家族が仲睦まじく暮らしあっている姿は読者にはぴんと来ないのである。 裏を返せば本当に珍しくて可笑しい世界なのである。 時代的にはインターネットが登場しているので現代だと思われるが、表紙や語られてる世界観からしてすこしレトロな下町を想像してしまう。 カフェを併設しているのは登場人物の多さからして仕方ないかな。
いずれにしてもほのぼのした中でも大事な物は何かを解き明かせてくれる各章は読者にとって心地よいことこの上ないのである。登場人物の個性的な顔ぶれは、本文前のひとりひとりの案内を読めばよくわかるのであるが、還暦を迎えた伝説のロックンローラーの我南人(がなと)が一番の個性派。彼が作品中に発する“LOVE”という言葉は語り手であり我南人の母親であるサチが一番欲している言葉だと思う。ちょっと飛躍した考えかもしれないが、一般的に出来の悪い子ほど可愛いというが、サチにとっては我南人のことを根っから心配しているのであろう。
最終章にて青の本当の母親が見せる愛情行動は、小路さんが読者にプレゼントしてくれたと受け取るべきである。 逆に我南人へのサチの愛情は読者自身が感じ取るものだと私は思っている。 各章にて見せる我南人の人情味ある行動、たとえばマードックに対する姿勢の変化や、長男の嫁・亜美さんの両親に取った軟化した態度などはやはり母親譲りなのである。 彼女は天国からいつもヒヤヒヤしながらも暖かく見守っているのだ。
評価8点。
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『おれたちの約束』 佐川光晴 (集英社)2013.10.04 Friday
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陽介は札幌を離れて仙台にある東北平成学年高等学校に進学、新たな出会いや経験を通してさらなる成長を遂げます。
その根底にはやはり恵子おばさんによって鍛え上げられた精神力の強さがあるのがしみじみと伝わって来ます。
印象的なのは生徒会選挙の演説で、自分の父親のことを皆の前で話したことです。そのことが中本や菅野という素晴らしい友人と関係を深める大きなきっかけとなります。
そして地震を体験して父親との再会まで語られます。
短編のほうは恵子おばさんのある1日が語られていてほっこりとした話です。前2作を読まれた方でないと他の人との繋がりがわかりづらいかとは思います。
逆にある程度の年齢の人が読むのには、陽介の話よりも恵子おばさんの話の方が爽やかさにはもちろん欠けますが、落ち着くというか読み応えがあるというのも事実です。
シリーズが今後どうなるかわかりませんが、陽介と恵子おばさんという好キャラ2人がいる限り読者が楽しみにして待っているということは間違いのないことだと思います。
今後の展開としては陽介の父母の関係やあるいは陽介と波子の恋愛模様はどうなるのか、恵子の年をとっても夢を追い続けるところなどまだまだ書ける題材はあると思います。
とりわけ“俺”と“おばさん”の2人の成長する姿を励みにしている読者が多いということを作者に伝えたいと切に思っています。
評価8点。
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