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『パリ左岸のピアノ工房』 T.E.カーハート (新潮クレストブックス)2014.03.29 Saturday
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そこはかとないピアノ愛が描かれているノンフィクション作品。私自身、残念ながらピアノ自体にはほとんど興味がないのであるが、初読の時に感じた本作独自の世界をもう一度体感したくて再読。ピアノに関する知識がないので深く読解は出来なかったのは残念であるが、今回の読書は作者がパリ在住するもアメリカ人なのでアメリカ人から見たフランス人の気質を感じ取ることが出来、違った楽しみ方が出来たと思っている。
家にピアノがない読者にとって(苦笑)、ただ読み進めるにあたって理解できない用語などがあり、部分的に流し読みになってしまったのであるが、フィクション作品では味わえないリアリティや臨場感を得ることが出来たのは流れるような村松氏の訳文の功績によるものだと思う。
ピアノの歴史等についても語られているが、それよりももっとも個性的な登場人物である酒好きの調律師の方が印象深いのは少し気恥ずかしい気もするのであるが、やはり作者の人生にとってピアノがいかに大切なものとなっているかを感じ取る作品であり、置き換えれば読者の人生にとって本作のピアノにあたるものが果たして何であろうかと己の人生を見つめ直す機会を与えてくれた作品でもあると言えるんじゃないでしょうか。
私的には作者が本作を執筆するにあたり、一般的に他の作家がフィクション作品を執筆するよりも楽しい時間であったように思えます。
余談ですが、本作を読む際に大半の時間をBGMとしてビル・エバンスのジャズピアノを聴きながら過ごした。ビル・エバンスはどのメーカーのピアノを演奏していたのだろうという思いを馳せながら、いつもよりもお洒落な読書を堪能させていただきました。作者並びに訳者に感謝です。
評価8点。
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『トライアウト』 藤岡陽子 (光文社)2014.03.21 Friday
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本作は親子のあり方を問う物語です。
主人公の可南子は新聞社で働くシングルマザーで数年ぶりに運動部に配置換えとなり物語が動き出すわけです。
作者の人間の弱さをあぶりだし、人生を見つめ直す描写に長けているのはきっと作者の誠実な人柄と文学に真摯に向き合っている結果だと思います。
本作は主人公以外に魅力的な登場人物が多く、途中木下監督の話など少し焦点がぼやけたようにも思いましたが終盤、予想以上の収束のつけ方が待っていて読後感が頗る良かったのが印象的です。
男性読者として可南子には同情はあるけど共感はあまりなく、逆に息子である考太を不憫に思ったり、妹である柚奈の生き方に賛同したり、孫を育てる両親の苦労が偲ばれたり感じ取ることの多かった読書でもありました。そして時には主人公の息子に対する愛情が希薄であると感じたりもしたのであるが、そこは作者の術中に嵌ったわけで杞憂に終わります。第2主人公とも言える戦力外通告を受けたプロ野球選手の深澤の生きざまが途轍もなくカッコよく感じられ、彼の行動が主人公の息子に対する愛情を読者に浮かび上がらせたような構図が素晴らしい。
いろんな人生があり、私たち読者も決して楽なことばかりではないのは良く分かっているのであるが、自称“不器用な生き方をしている人”には心に響く読み応えのある作品だと思います。
可南子に親子のあり方を教えたかつての甲子園優勝投手深澤の“ビリからのスタート”という言葉、私には“初心忘れるべからず”という気持ちを思い起こさせてくれました。
そして前述したように恋愛小説ではないんだけど、深澤にまた挑戦させる勇気を可南子が逆に与えたのも事実だと思われます。
続編が出れば是非読んでみたいですね。
評価8点。
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『ペンギンの憂鬱』 アンドレイ・クルコフ (新潮クレスト・ブックス)2014.03.18 Tuesday
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人間の都合によって翻弄されて行くペンギンはすごく深刻な世界なのだけど、のほほんとした性格と言ってもよいであろうヴィクトルの行動と混沌とした実情が末恐ろしいのである。
凄く感想が書きにくいと物語なのでとにかく読んで下さいということに尽きるのであろうか。読めば読むほど味のある作品であることは間違いなく読者の読解力を試す作品であるとも言えると思います。
私的には4歳の女の子や内縁の妻よりもペンギンを慕う閉鎖的な主人公のキャラが作品の根底となっていて、そこが読者にとっては心地良いのですね。
ウクライナという国は私たち日本人にとっては縁遠い国と言っても良いのでしょうが、ウクライナ語ではなくロシア語で書かれた作品ということが作者の苦悩→国家の混迷の表れでもあると感じます。
評価9点。
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『彼女の家計簿』 原田ひ香 (光文社)2014.03.15 Saturday
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原田さんと言えば原田マハさんがまず第一に浮かぶ読者の方が多いと思いますが、ひ香さんもなかなかの実力派作家だと言えると思います。
桜木紫乃さんのような力強さには欠けるかもしれませんが、繊細なタッチで迫り、桜木作品同様内容が濃く、女性の自立を読者に訴えかけます。
本作も現代に生きる2人の女性(里里と晴美)が描かれていて、どちらも背負っているものがありますが一生懸命に生きていて読者の共感を得ることは間違いのないところだと思われます。
ひょんなことから2人は知り合うのですが、そのきっかけとなったのは里里の祖母である加寿が残した家計簿なのですが、その加寿の日記がところどころで挿入されそれが読者にとってミステリアスでもあり興趣が尽きません。
とりわけ里里にとっては血が繋がっているので、彼女には強く生きるという影響を与えているところが読みとれるところが本作を読む醍醐味のひとつとも言えるのだと思います。
終盤に里里と母親である律子との再会の場面があり、じーんと来たかたも多いんじゃないでしょうか、そして未来のある娘である啓に対してのひたすら幸せを願う気持ちと、里里と晴美との絆が深まったことを味わえた読書は有意義だったということを強く認識しました。作者の筆力の高さに脱帽です。
評価9点。
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『アイビー・ハウス』 原田ひ香 (講談社文庫)2014.03.11 Tuesday
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その一樹がラストで家の裏に生えそろう蔦に驚きますが、そこが彼のターニングポイントとなって行くような気がしました。一男性読者としても、彼がもう少し社会に順応してゆくことを期待して本を閉じました。 35歳でリタイアするには若すぎますよね。
原田ひ香さん、初挑戦でした。本作は「はじまらないティータイム」で小説すばる文学賞を受賞した彼女の5作目の作品にあたりますが、ひとことで言えば読者に対して“問題提起”に長けた作家だと言えます。 その問題とは一言で言えば“人生における価値観”ということになります。 大きな感動や共感を味わえる作品ではありませんが、自分自身の現在の立ち位置を確認するのには格好の一冊だと思います。 斬新な読書を体験できる作家だと思います。他作も手に取る機会を設けたいですね。
(読了日2013年4月15日)
評価7点。
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『春、戻る』 瀬尾まいこ (集英社)2014.03.11 Tuesday
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まずタイトル名が内容とあいまって秀逸です。他の作家が真似を出来ないほどの読みやすい文章を用いて最大の感動をもたらす瀬尾ワールド、本作でも健在というか完成度を高めていると感じます。
結婚間近の主人公望月さくらの前に突然12歳年下の奇妙な兄が登場、度肝を抜かれるというよりも瀬尾ファンタジーに入り込んだ感じで心地良く読み進めれます。
そしてなんといっても結婚相手の山田さんの描写が秀でています、作者の初期作品『天国はまだ遠く』の田村さんを彷彿とさせる度量の広い人物として描かれていて心が和みます。
終盤の展開は大体予想がついていましたが、その予定調和的で予想できるレベル以上にまとめ上げの上手さが瀬尾作品の特徴だと感じます。
決して血は繋がってないけど身内のように打ち解ける2人の描写は素晴らしく、兄の登場により結婚相手を本当に好きになる過程が読ませどころの一つでもあると考えます。
“再生”を描写するのは作者にとっては最も得意な分野であるのですが、本作は再生だけでなく新たな“出発”をも描いていて思わず主人公にエールを送りたい気分にさせられます。
旅行の話が持ち上がりますが、岡山を旅行する新婚2人の姿を目に浮かべながら本を閉じることが出来、幸せのお裾分けをされた気分であってほっこりと癒された気持ちになります。
思えば読者である私たち誰しも、多かれ少なかれ悩みが常にありますが、本作を読むことによって幸せということを考え直す機会を与えられ、少し曲がった部分を修正してくれるような効能があると感じます。
真っ直ぐに生きるということは本当にむずかしいけど、いろいろお世話になった人を思い起こしながら自分自身を見つめ直し少しでも修正出来たらいいなと思いました。
評価9点。
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『あのひとは蜘蛛を潰せない』 彩瀬まる (新潮社)2014.03.09 Sunday
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恋愛小説というよりもむしろ家族小説と言ったら良いのかもしれません。母娘の確執、が本作のもっとも読ませどころだと思います。女性読者を前提として書かれたと想像しますが、作者の上手さは主人公であるドラッグストア店長梨枝の気持ちだけでなく、彼女の母親の気持ちも十二分にわかります、あたかも自分の考えを押し付けているだけのように娘側の立場の年齢の頃は思うのですが決してそうではありません、娘に対する愛情が深いが故のことであります。しかしながらそんなに順風満帆に人生というものは進まず、梨枝は家を出て三葉という名の年下の男と半ば同棲するようになるのですが、その彼も姉に対してやるせない想いを抱えていまして、まあ人生いろいろありますよね。
自分の殻を破って出たともとれるし、社会を知るために出たともとれます。私は母親の愛情を知るために出たという風に受け取っています。
人間誰しも自分が他人と比べて不幸であるという気持ちを持っています。そしてその内容に普遍性が高ければ高いほど小説としての題材になりえるのでしょう。
母親の愛情の深さは嫁である雪に対して言いたいことが言えずにいるところの描写で伝わって来ました。やはり血の繋がりは大きいと言えるのでしょう。あと印象的なのはバファリン女ですね、主人公との距離感の縮まりがこの作品自体を象徴しているようにも感じられました。
総括すると、作者は地味ながら女性の内面的な心理を描写するのに長けた作家だと思います。一見、息苦しく思えることもありますが決してそうではなく、作者の伝えたいことを受け止めて本を閉じることが出来ます。
作者は上智大学文学部卒で窪美澄さんと同じく「女による女のためのR-18文学賞」を受賞、今後ますますファンの数を増やせそうな気がします。女性読者ほど共感は出来ませんが、読んでいて楽しくて考えさせられる内容なので今後も追いかけて行きたいなと思っています。
評価8点。
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『戦友の恋』 大島真寿美 (角川文庫)2014.03.01 Saturday
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タイトル名ともなっている“戦友”という言葉を“親友”という言葉と比べて読むだけでも価値のあるひとときを過ごしたと言えそうである。
物語はいきなり主人公である佐紀が亡くなった玖美子の生前を偲ぶ描写から始まるところが印象的である。それは佐紀にとってはずっと持ち続ける辛い“喪失”感の表れでもあり、戦友の分までしっかりと生きなくちゃという誓いの言葉のようにも感じられる。
各編ごとに穏やかに月日が流れて行くように感じられるのであるが、それは作者の定評のある人生観というか価値観に基づく展開に読者も安心して身をゆだねられるからであると推測する。
本作には決してダメ男ではない2人の男性が登場します、新しい編集者の君島と幼馴染の木山達貴です。彼らが物語に素敵な彩りを添えているのは否定のしようがないのであるが、何と言ってもワタルくんと玖美子との関係がこの物語の清々しさを象徴していると思います。
あとは想い出の地であるリズの律子さんに作者の他の物語にも登場する大和屋の美和ちゃんですね、本当に密度の濃い物語です。
読者が本作を読んで感動できるのは常に佐紀の中に“玖美子のいない世界を生きている”という気持ちが読みとれる点につきるのだと思う。
玖美子とは一緒におばさんにはなれないけど、一緒に過ごした日々があるからスランプも切り抜けられるのですね。
そして佐紀と玖美子の関係は一見ダラダラしているようにも感じられます。そのダラダラ感は物語を通しても貫かれているように感じられ、それが読者に伝わるのですが、そうですね、女性読者の方がやはり吸収しやすいのでしょう。
少し支離滅裂になりましたが、大島さん凄い作家です、佐紀だけでなく読者をも再生させてくれそうなじわーっとくる小説でした。
評価8点。
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