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『左目に映る星』 奥田亜希子 (集英社)2014.05.30 Friday
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読者にとっては当初、こんな男に影響されるはずがないという気持ちで読んでいたのがみるみるうちに変わってゆきます。そのあたりの描写は新人離れして見事なものだと思います。
凄く予定調和的な終わり方かもしれませんが、それはそれでしっくりと来て楽しめる内容となっていて読者の背中をきっちりと押してくれるあたり今後の活躍も見逃せない作家だと言えそうです。
少し付け加えると、本作は一見恋愛小説のようにも見受けれますが、そんなに甘ったるいだけのものではないように感じられます。早季子と宮内、お互いが自身の殻を溶解し合って次のステップに踏み出していく過程の描写を味わうべきで、心の動きがいかに読者に伝わるかがポイントの作品であると思います。当初、生き方に賛同し兼ねたというか違和感のあった2人に対して、見事な理解者になれると思います。
感想で書けば少し難しいですが、本文は短くて明快ですので是非手に取ってほしいなと思います。
評価8点。
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『骨を彩る』 彩瀬まる (幻冬舎)2014.05.29 Thursday
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誰もが胸の内に持っている孤独感や喪失感を絶妙のタッチで描いています本作、象徴的な登場人物として上げたいのが「古生代のパームロール」に登場する恩師の告別式に出れない事情の女性。彼女の辛さを理解してあげたいなと思って読み進めました。
各編に登場した主人公が別の編では脇役となって出てきますがそのさじ加減が抜群であって、読者は表面的な部分だけでなく、側面や裏側を垣間見ることにより日頃読者が忘れがちになっている他人に対する機転や配慮ということを否応なしに気づかされます。作者の凄いところはその表現が時に直接的であったり、時にさりげなく間接的であったりするところで、男性読者の私でさえ気付くぐらいですから感性豊かな女性読者が気付かないわけがないと思います。
あと印象的だったのはやはりラスト(「やわらかい骨」)の中学生の小春が主人公の編でしょうか、多感な時期を描いた絶妙な青春小説に仕上がっていて読者も思わず応援したくなります。彼女の成長はお父さんの幸せにも繋がりますし誰よりも亡き母親が見守ってくれていますよね、銀杏でのシーンは物語全体を引き締めていてインパクトの強いものとして読み手にとっては強く印象付けられ本を閉じることを出来ます。
評価9点。
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『象』 レイモンド・カーヴァー (村上春樹翻訳ライブラリー)2014.05.26 Monday
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不倫や家庭崩壊や貧困など重くて不幸な話が多いのが特徴ですが、やはり村上訳なので馴染みやすい文体が功を奏しているような気がします。
圧巻は異色ともいえるラストの「使い走り」でカーヴァーの最後の短編ということでチェーホフの死を題材としている。時代も国も違うけど短編作家の名手ということで恐らくチェーホフのことをリスペクトしていたのでしょう、似たような境遇に置かれた自身をメモリアルな題材でもって綴った心に残る作品であります。
通常、翻訳ものの短編に関してはわかりづらさという部分が出てくるのだけれど、巻末における村上氏による各編ごとの作者の人となりや境遇をも考慮した“解題”により、本作品集がとっても読みやすくなったことは間違いのないところである。少なくとも村上氏の作者に対する想いいれを強く感じることが出来、カーヴァーもっと言えば『1Q84』におけるチェーホフの話など村上作品を読み返すとき、今まで以上に理解力が深まった読みかたが出来そうである。
付け加えるとラストから2編目の「ブラックバード・パイ」もまるでその時の作者の健康状態を知ったうえで書かれたのかが微妙な作品で、夫婦生活の終焉を描いていますが読んでいて凄く余韻の残ります。
総括するとカーヴァーを時系列的に読まれる機会に恵まれた読者にとっては、彼の生涯と合わせて読むことが出来、感極まると言えばオーバーかもしれないが、凄く胸がつかえる短編集と言えそうですね。再読も含めて機会があれば他の短編集にも挑戦したいなと思っている。
評価8点。
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『火山のふもとで』 松家仁之 (新潮社)2014.05.24 Saturday
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ずっと手に取ろうかと迷っていたのですが、読み終えた今、もっと早く読んでおけば良かったと思っています。
とにかく丹念に書かれた美しい文章に引き込まれた読書となりました。
時は1982年、バブル期の少し前に当たります。主人公の坂西は大学の建築家を卒業したてで尊敬すべき「先生」の設計事務所で働き始めるのですが、その事務所が夏の時期には浅間山のふもとの通称“夏の家”に移動するのですね。そこでの仕事においてのコンペティションと先生の姪に対する淡い恋心が見事に描かれているのですが、やはり読んでのお楽しみということにしておきましょうか(笑)
建築関係に関する知識が乏しいために、すべてが読解出来ずに流し読み的な部分があったことも認めるけれど、作者が何を読者に伝えたいかということはかなり明確に伝わってきて、読み終えた後ジーンと来る作品です。ある一定以上の年齢の人が読まれたら、過ぎ去りし過去の自身の恋模様を本作の私や恋人役である麻里子と比べて読むと凄く懐古的な気分に浸れる作品でもあります。
最後に30年後の姿が描かれ、読者も現実に戻ることを余儀なくされ、少し残念で儚い気持ちにもなったけど、それ以上に現在の主人公が幸せであるのも事実であって、その事実は物語の主要部分である1982年当時に、誠実に生きたからこそ培われたものであると思います。
登場人物もいろんな人生を歩んでいきますが皆が先生の教えを忘れずにいるところが胸を打つところですね。
少し読み取り不足かもしれませんが、読者の背筋を真っ直ぐに直してくれる作品であると思います。再読できる日を楽しみにしたいなと思っています。
評価10点。
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『スペードの3』 朝井リョウ (講談社)2014.05.19 Monday
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男性読者目線から見て決して痛快な話ではありませんし、住む世界の違いも感じたのも事実ですが、人間というものは簡単には変化はしないけど、あるきっかけを以て成長もし得るものなのだなとは理解できます。
少し遡りますが、一編目のラストで、名前の部分で叙述トリックが使われていて、やられたと感じ、それにより物語自体が身近なものと感じた読者が大半だと思います。
2編目はアキが主人公を務めますが必死で自分を変えようとする姿が印象的ですよね。ラストは距離感が遠かったつかさとの距離が近づきますし、作者得意のメッセージ性の強さが表れた編だと感じました。
この編を読むと朝井作品だなと判別し易いと思います。ただ時系列的に読みづらい部分もあったのも確かですし、読者にとっては好き嫌いの分かれる作品だと思いますが、作者のターニングポイント的な作品として数年後語られていることは間違いないと感じます。
評価8点。
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『恋しくて』 村上春樹編訳 (中央公論新社)2014.05.15 Thursday
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評価:
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中央公論新社
¥ 1,944
(2013-09-07)
氏が愛読している「ニューヨーカー」に収められているものを中心としていて、アリス・マンロー以外の8人の作家は少なくとも私には全く馴染みのなかった作家であり、そこが新鮮だったりあるいは不可解な部分もあって少し苦戦を強いられた読書となったのも事実であるが、各編のラストに村上氏の簡単な講評(恋愛甘辛度バロメーター付)があって、ああなるほどなと納得したり、そういう読み方だったのかと感心したりして良いアクセントとなったのも事実であるが、作品自体がバラエティに富んでい過ぎる感も否めず、そうかといってそれほど個性的な部分も捉えることが出来なかったので胸のすくような読書体験を期待していると初めの数編だけで残念な結果が生じるかもしれません。
逆に、最後の氏自ら書かれた「恋するザムザ」(カフカの『変身』の後日譚的作品)に至って、作品の内容はさておいて、翻訳文と比べて文章がスッと入り込んできたのは強く感じたことではある。
ただ村上氏が上級者向けと謳っているアリス・マンローの「ジャック・ランダ・ホテル」とリチャード・フォードの「モントリオールの恋人」はドロドロ感があり奥行きの深さが少なからず感じられるけど、決して“恋しくて”という気持ちにはなれないのだが(笑)
個人的な意見であるが、全体を通して深く感動をしたりとかそういったものを求めるよりも、雰囲気を楽しむための作品集であると思ったりする。というのは意図的なことかどうかは別として、最後の「恋するラムザ」に“真打登場”的な要素が強くそれに賛同される読者向けの作品だと言えそうです。
もっと言えば、村上氏自身が他の9人の作家と同様、自分の略歴を書いているのであるが、翻訳家の部分を主として書いていて最後に“時に小説も書く。”で締め括っているのであるが、この部分が本書自体を集約しているような気がする。何はともあれカフカの『変身』数十年ぶりに読み返そうという衝動に駆られたのであるが、これも貴重な読書体験である。
評価7点。
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『なぎさ』 山本文緒 (角川書店)2014.05.12 Monday
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主役は故郷を離れ海辺の町で妹とカフェを始める30代主婦の冬乃、もう一人は冬乃の夫と同じ会社(ブラック会社)に勤める元芸人志望の20代の男・川崎の2人と言っていいのでしょう、ほぼ交互に物語が語られ交差して行きます。どちらも自分自身に自信がなく不器用なタイプでそれだけに共感できる部分も多いのでしょう。
個人的には、生き方に関しては冬乃に関してはほぼ賛同ですね、一方川崎については賛同しかねない部分もありますが、彼が発展途上の人物であるということとラストのモリに対する気持ちを吐露する部分がとっても印象的で、これからはモリを踏み台として強く生きてゆけるんじゃないでしょうか。いずれにしても応援してあげたいキャラなのは間違いありません。
もっとも印象的なのは所さんですね、彼の接し方が肉親と疎遠になっている冬乃に会いに行く勇気を与えてくれ清々しい人物として描かれていますが、冬乃夫妻も所さん夫妻を目標として生きてゆくのでしょうね、応援したいです。
少し支離滅裂となりましたが、少しのことではへこたれてはいけないということを教えてくれるとっても良い小説だと思います。きっと10年前の作者には書けなかったと思います、次作はお帰りなさいという言葉を発しないぐらいの期間で刊行されることを望んでいます。
評価9点。
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『ローラ・フェイとの最後の会話』 トマス・H・クック (ハヤカワミステリ)2014.05.08 Thursday
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歴史学者をしている主人公のルークの前に講演先のセントルイスで姿を現したのが、昔父親の愛人であったと思われるローラ・フェイ。
20年前の事件によって両親を次々と失いその後故郷を捨てたルーク、彼の人生を根本的に覆させた張本人ローラと過去を振りかえり、真実が露わになってゆくのであるが作者のストーリーテラーぶりが心地よい。
ただほとんどが会話が主体の作品であり、過去を振り返るのであるが、ふと現在に戻るときにやや混乱を来したのも事実だがそのあたり翻訳ミステリに馴染んでないからかもしれません。
全体的には綺麗に出来過ぎ感も否めませんが、人生に光明をもたらせてくれる暖かい読後感は頗る良いと言えよう。
ルークは頼りなくしがないイメージが付き纏うが、逆に本作をローラ側から眺めてみると見方によればルークよりも悲劇的であることがわかり痛々しい。作品の背景にあるアメリカ南部(アラバマ州)特有の地域制が、少しわかりづらかったのが残念であるが、フェイとの再会により残りの主人公の人生が素敵なものとなることを願って本を閉じたのであるが、尊大な父親の愛情を手にした今、それは可能になったと思われます。
思えば私たち読者の周りにもいろんなすれ違いがあるのでしょうね、良い教訓となりました。
評価8点。
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『家庭の医学』 レベッカ・ブラウン (朝日文庫)2014.05.02 Friday
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本作の特徴はなんといっても最初の貧血から火葬まで各章ごとに16項目から成り立っていて、各章の冒頭に辞書的な意味合いが添えられていて、その体裁が邦題のタイトル名ともなっていると思われます。
それぞれの介護におけるプロセスが柴田氏の抑制の効いた丁寧な訳文で綴られていて、極端に感情移入される方はちょっと辛すぎて危険かもしれませんが(笑)、作者の母親に対する愛情と読者自身の母親に対する愛情とを照らし合わせて読めば、かなり有意義な読書体験を得ることが出来ると思います。
身近な人の死を受け入れることは辛いことではあるのですが、目を背けずに対処して行く姿が心に響いて来、勇気づけられます。作者の作品は作品によっては少し受け入れがたい作品もあるのですが、本作にて作者の本質的な部分を垣間見ることが出来、『体の贈り物』と並び称したい作品となりました。
きっと作者は哀しみを乗り越えて、自分自身の幸せな人生を肯定しているのだと感じました。
評価9点。
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『ナイフ投げ師』 スティーヴン・ミルハウザー (白水Uブックス)2014.05.01 Thursday
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作者の特徴は“物語がどのように展開されてゆくのだろう、もっと言えば他の作家では味わえない世界に読者を連れて行ってくれる”というところだと思います。冒頭の表題作の緊張感がスリリングでいきなり独特の芸術的世界に引きずり込まれます。次の「ある訪問」は一番わかりやすくてコミカルに描かれています。「パラダイス・パーク」は部分的に実話に基づいていてある遊園地の栄枯盛衰が描かれていて『マーティン・ドレスラーの夢』を彷彿とさせられました。決して感動的ではないのだけど、国内作品では味わえない充実した読書を約束してくれる作家だと認識しています。邦訳されている作品は全6作品でこれで4作読みました。自分自身の読解力のテストに読み返しも含めて是非コンプリートしたいと思っております。それと柴田さんには未訳のもの是非お願いしたいと思っております。
評価8点。
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