-
『せんせい。』 重松清 (新潮文庫)2014.06.30 Monday
-
再会することによって思い出というものが蘇るのですが、そこは人生、あの頃は良かったという物語もありますし、あの頃から凄く成長したなという物語もありますが共通して言えるのはやはり人生において多大な影響を受けているということ。
読者の年齢にもよるのでしょうが、今回読み返して印象に残ったのは先生側の誤ちというか人間らしい部分を描いた「にんじん」、ないがしろに扱った少年が成長して教師になっている姿はハッとさせられました。重松作品としては意外な展開だと言えるのでしょう。あとは「ドロップスは神さまの涙」や「泣くな赤鬼」はやはり完成度が高いと感じます。前者は本作では例外的で過去を振り返るものでなく、保健室に入り浸る5年生の女の子の視点から保健室の先生と重病の少年との交流を描いています。後者は言わば“出来の悪い子ほど、かわいい”という感じの重松さんの王道作品で、高校を中退しその後真っ直ぐに生きている余命短い教え子が描かれているのですが、なんといっても寄り添っている嫁がいい子なのが印象的です。先生側もかつて甲子園を目指していた時期から時間を経て人間が円くなっているところが微笑ましくも感じました。
本作は文庫化時に「気をつけ、礼」から解題されているのであるが、全体を通して教師というものにリスペクトしつつも、教師も普通のというか一人の人間なんだよというところが滲み出ているように感じました。
評価8点。
-
『太陽の棘』 原田マハ (文藝春秋)2014.06.29 Sunday
-
やはり絵画というもっとも得意なジャンルの作品は読者自身も安心して身を委ねることができるのであると考えるのであるが、著者の代表作と言われている『楽園のカンヴァス』と比肩することが出来る“王道”作品であると言えよう。『楽園〜』が”恋愛”であれば本作は”友情(心の交流)”ということが大きなテーマとなっていて作品全体を貫いているところがポイントであり、戦後間もない沖縄が舞台となっている本作は友情以外にも日本人読者として、沖縄の人々の苦難、すなわち我が国の辿ってきた歴史を学ぶ機会を与えてくれていて有意義な読書を約束してくれます。
そのあたり巻末の参考文献の多さ、そして重厚で趣深い表表紙と裏表紙の2人の画像がもたらしているものが読者に大きく伝わってくるのである。そして最も大きいと考えるのであるが、本作は単なるフィクション作品ではなく、実話を下として作られた作品であるということ。作者の本作に対する意気込みが否応なしに伝わってくるのですね。
本作は短い作品ですが凄く感動シーンが詰まっています。少し備忘録的に記すと同じ精神科医である主人公エドとアランとの友情やアランのメグミに対する淡い恋、メグミがバーで働いているシーン、そしてヒガの敵を討ちに行くシーンなど。少し祖国に残された婚約者が可哀想でしたが(苦笑C)
もちろん、ラストシーンは感涙必至なのですが、それはラストに行き着くまでの過程が実に入念に構成されているからだと感じます。その背景として、アメリカ人の精神科医とニシムイの人たちとが心の交流を図れたのは絵画(芸術)を通してであるとという絶対的な自信が作品に乗り移っているように感じます。また主人公をアメリカ人とし、日本人(沖縄)側の心情吐露の部分がほとんどないところが却って読者にとってスムーズに入って来れたような気がします。
評価9点。
-
『人質の朗読会』 小川洋子 (中公文庫)2014.06.25 Wednesday
-
エピソード作りに長けた作者らしく、それぞれの物語がとっても印象的なのであるが、とりわけやまびこビスケットの話が脳裡に焼き付いて離れない。
作者の物語を読むと誰もが平凡だけど実は個性的なのであるということを知らしめてくれる気がするのであるが、それは作者の作品を読むと人生に深い彩りを添えてくれる感が強いことに繋がっているような気がする。
地球の裏側にある村の反政府ゲリラに人質として拉致されたという朗読会が行われている設定自体、少し難を言えば、物語の設定上、入り込めば入り込むほど捉えづらい面もあり、かといってサラッと読むべき作品でもない。個人的には私たちが生活している国の平和ぶりがクローズアップされたという捉え方もできるのであろうと考える。読者自身がもし同じような環境に陥った場合、どのような話を朗読するべきかということを9人目の朗読者としてシミュレーションすればより本作を楽しめるような気がする。
今の日本の現状と読者自身の立ち位置の把握という両面の理解を促せてくれる作品であり、それは作者から読者へのプレゼントのように受け取っている。 余談であるが、本作は本来映像化しづらい作品だと思われるがWOWOWにて見事にドラマ化されている。原作とは少し設定は違うのであるが、視聴者が見やすくなるように工夫が凝らされているという範囲内のことだと考えられる。機会があればそちらもご覧いただきたい。
評価8点。
-
『星々たち』 桜木紫乃 (実業之日本社)2014.06.23 Monday
-
読後感の良い作品か問われれば決してそうではないという答えが一般的なように感じるのであるが、悲劇的ということでは片付けられないやるせなさのようなものを感じ取ることが出来ればより進化した桜木作品の読者に成り得たと言えよう。女性サイドから見れば男運のない主人公ということになるのであろうが、健気とか懸命という言葉が当てはまるかどうかは別として、咲子→千春→やや子という三代に渡る生き様が描かれているのであるが、私的には女性の幸せを問うた他の桜木作品とは違って生きることの価値を見出す作品だと言えそうですね。
そして母娘だけでなく千春と関わった人物の悲哀を通して、千春という女性を認めるというか許すというか言葉では表現しづらいのですが読者自身が包容してあげることが出来れば桜木作品を堪能出来たということができるのじゃないでしょうか。奥が深いのが桜木作品の特徴ですが、厳しさを読み取ることにより優しい気持ちになることが読者にとっても明日の糧となりますよね。
評価9点。
-
『55歳からのハローライフ』 村上龍 (幻冬舎文庫)2014.06.19 Thursday
-
作者の良いところは読者に対して現実感を与えながらも、今の日本という国が直面している問題に対して真摯に受け止めながら読者に惜しみもなく問題提起を施しているところだと思います。
いわゆる富裕層、困窮層など経済的な格差の多様化をわきまえつつ各々の編の物語が展開されるのも特徴で、読者自体のおかれた状況による目線の違いにより感じる部分も違ってくるのであろうが、物語自体が登場している人物の年齢からして、残りの人生の方が短いので夢を求めて生きることは決してないのだけど、余生(残りの人生と言った方が適切かもしれません)を有意義なものとなる指針となる一冊だと言えそうです。
どの物語も有り体に言えば現実と理想のギャップを知らしめているのだけども、読者サイドに置き換えると過去の自身を振り返って反省する機会を十二分に与えてくれる内容であるともいえる。
再就職の難しさを語った「キャンピングカー」や意外なところで夫婦愛を演出してくれる「ペットロス」など佳品揃いの作品集なのですが、個人的にもっとも感動したのは「空を飛ぶ夢をもう一度」で、いくつになっても男の友情の素晴らしさを語っていて目頭が熱くなりました。
ドラマではどう演じられるのか楽しみですね。
そして最後に本作を読むことによって定年後の自分自身の人生のシミュレーションを行うことができたことを作者に感謝したいなと思っています。
評価8点。
-
『よるのふくらみ』 窪美澄 (新潮社)2014.06.15 Sunday
-
3人が2話ずつ語り手になっている本作は4年に渡って連載され、連載当時から読まれた人にとっては本当に待望の単行本化だろう。あたかも本作内における3人の変化というか成長期間を暗示したような内容であって、結果としては一番幸せな形で収まったような気がするのは私だけであろうか。
私的には圭祐と裕太の両方の気持ちがわかりますし、みひろの気持ちもなんとなくはわかります。そのあたりを踏まえると作者は女性だけでなく男性描写も絶妙だと言える。単に恋愛小説という点だけでなく、三者三様の生き方を問うた小説だと捉えると切なさが倍増するのである。
作者の良いところはそうですね、たとえば本作で言えばセックスの相性などを綺麗ごとで片付けない描き方が出来る点だと思います。人と人との繋がりを読者は肩肘張らずに作品に入り込め、そして本作では3分の2が男性目線であり、それぞれの人物造形が明確で好感が持てる内容だとも言えそうで個人的には他の窪作品よりもしっくりとした読みごたえがあって、これから初めて読まれる方には本作をおススメしようかなと思ったりします。
付け加えると、本作においてここあちゃんの存在は絶大なものだと感じます、たかがフィクション、されどフィクション、彼女の幸せを誰よりも願って本を閉じました。
評価9点。
-
『硝子の葦』 桜木紫乃 (新潮文庫)2014.06.10 Tuesday
-
桜木作品を好む読者は、その安心して身を委ねることができる骨太の作品の世界が魅力であるのでしょうが、本作が他作と一線を画している点は女性の幸せを模索しているところよりも女性の脆さを描いているといった感じで読んでしまいましたが、果たして妥当な読み方だったかどうかはあまり自信はありません。
しかしながら、他作品における女主人公ほど節子が世の中に対して真っ直ぐに生きているように思えず、そこがかわいい女性と映る所以なのか否かは凄く微妙であって読み終えた今も判断しかねるところだと感じます。
というのは彼女自身、母親の愛人だった男と結婚しつつ、もう一人の語り手である税理士である澤木との愛人関係も続けています。
読者としては他の登場人物よりもずっとまともに映る澤木に愛されているという節子の生き方に興味が湧きます。
登場する女性陣、非常に強烈です。倫子・まゆみ親子を筆頭に夫の前妻の娘である梓に主人公の母親。決してどの人物にも共感は出来ないのだけど、情熱的で逞しいという観方もできるのでしょうけど作者の女性に対する手厳しさが出ているように感じます。
裏返せば、誰もが個性的で主人公に成り得ることが出来ると思います。
読み物として冒頭の事件をどう収束させるかが興味深かったのですが、途中からはクライムノベル的要素が詰まって来て結構ハラハラさせられました。
個人的には本作における恋愛模様は小説内にとどめて欲しいし、真似もしたくはないがひとつの結論として他の桜木作品ほど力強さには欠けるとは思いますが、エンターテイメント性溢れるエンディングは多くの読者に強く余韻が残った作品であることは間違いありませんが、感動度は薄いと言わざるを得ないというのが率直な感想で少し作者の迷いというのも感じ取れたました。
評価8点。
-
『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ (ハヤカワepi文庫)2014.06.04 Wednesday
-
本作はイシグロの代表作であると並び称される『日の名残り』と同様、読者が作品の世界内に没頭できる作品に邂逅できる稀有な作品である。 『日の名残り』のような人間の矜持を示したいわば正攻法的な作品ではなく、人間(自分自身とも言えそうです)の存在価値というか尊厳を問うた近未来的な作品であるということは読んだ誰しもが感じているところであるが、特に強調しておきたいことは読者が主要登場人物3人(キャシー、トミー、ルース)に成りきって読み進めれるという作品であるということで、実質の内容はリアルなようでそうではないのであるが(あってはいけないことであるが)、私たちが生きている社会というか世界全体を覆っている閉塞感を醸し出している作品だと感じます。
イシグロが寡作なのは英語圏作家であることは当然のこととして、内容自体が他の作家では描けない領域の世界を描いていて、なおかつ根底にあるものは万国共通の普遍的な部分なのでしょう。
深読みすれば、やはり慈悲的な生き方や弱者を労わるようなメッセージも込められているのではないかと思われますし、身近に考えればキャッシー視点から語られるルースという人物と2人の友情をも深く味わう作品だとも言えそうです。
印象的なシーンはポシブル(舞台ではオリジナルという言葉を使われてました)を探しに行くシーンとラスト近くの猶予を交渉しているシーンですね。読み返すことにより「細部まで抑制が利いた」「入念に構成された」という柴田氏の解説文がより理解できたことは間違いないです。
評価9点。
舞台のミニ感想:6/3梅田シアタードラマシティにて鑑賞、客入りは9割程度男女比は3:7ぐらい。平日でチケット代金11000円のために若い人は少ないような気がした。
演出は世界の蜷川幸雄、配役は多部未華子(キャシー)、三浦涼介(トミー)、木村文乃(ルース)但し名前は日本語名となっています。ほぼ原作に忠実な内容だった。途中2回休憩を含めた4時間弱の長い舞台であり、そして埼玉→名古屋→大阪へと舞台を移したあとの最終公演ということで熱演のあとのカーテンコールでの出演者の達成感あふれた表情がとっても印象的であった。
内容はイシグロの世界に既に浸っている小説既読者には入り込めやすいのだけど、まったくまっさらな状態で観られた方には少しきつい様な気がしました。多部ちゃんは貫禄の演技で彼女が歌ったあのメロディーが脳裡に焼き付いて離れないでしょう。もっとも熱演したのは三浦涼介君で、トミーの原作のイメージに近かったように感じました。見間違いではないと思いますが、カーテンコールでの彼の涙は今後の彼の飛躍を暗示しているように感じました。
< 前のページ | 全 [1] ページ中 [1] ページを表示しています。 | 次のページ > |