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『陽だまりの偽り』 長岡弘樹 (双葉文庫)2014.09.30 Tuesday
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先入観というのは恐ろしいもので横山秀夫さんみたいな警察小説だとばかり思っていましたがそうではなかったです。
痴呆や少年法、会社での出世争いなど読者にとって身近な社会問題を盛り込んでミステリー仕立てで迫ってきます。
どの短編も伏線があって最終的にはストンと落としてくれるのですが、どう転ぶかは読んでいるうちは予断を許しません。
このあたり、デビュー作としては及第点を与えて本を閉じられた読者が大半で、他の作品も思わず読みたいと思わされます。
作者の良いところは、人間だれしも持っている弱さ、言い換えれば自分自身の保身みたいなものを描写するのに長けているということで、五編それぞれ同じぐらいにその要素が散りばめられているところが凄いのでしょう。
とりわけ「淡い青のなかに」や「重い扉が」に見られるラスト当たりでの子供が自分の親に対して見せる愛情がほろっと来ました。そのちらっと見せつけられ作品全体を覆っている温かいまなざしに唸らされたのは私だけでしょうか。
評価8点。
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『夜明けの縁をさ迷う人々』 小川洋子 (角川文庫)2014.09.29 Monday
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まるで朱川湊人とかミルハウザーを彷彿とさせるような奇怪で不思議な話が盛り込まれていて、時には懐古的にそして幻想的な世界が堪能出来るのであるが、グロテスクな作品もありとにかくバラエティに富んでいるという言葉以外に形容が出来ないのであろう。
中にはブラックユーモア的なものもあり、決して感動的な話は少ないので、どこまで読者を引き付けるかどうか、そのあたりは読者を選ぶ部分もあるのでしょう。作者の初期のテイストに近いとも推測します。
本作品集においてはやはりその構成の妙が読者にとって魅力的に感じる。それは最初と最後に野球関連の話が配置されていて、全9編ということで野球のイニングにたとえられるのでしょう。
個人的に印象的だったのは 中華料理店のエレベーターのなかで生まれ育った男を描いて哀愁感の漂う「イービーのかなわぬ望み」や自分の涙に特別な効果があるということで、
涙を売って暮している女が恋をする様を描いた「涙売り」は本作の中では感動的な要素が詰まってます。
読者にとっての宿題は読み終えたあとにタイトル名を照らし合わせてみることなのですね、やはりそれなりのコンセプトを感じ取ることが出来たとも言えるのですが(笑)
作者の世界はもっと奥が深いのかそれとも本作はサラッと読み流す類のものなのか自分自身でもわからないけど、そこが読書の醍醐味でもあるようには感じられます。
とにかくこれから秋の夜長の静けさの環境の下で読んでどっぷりと小川ワールドに浸るのには格好の一冊だと言えそうです。
評価8点。
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『あすなろ三三七拍子』(上・下)重松清 (講談社文庫)2014.09.25 Thursday
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45歳の大介は社長命令で廃部寸前のあすなろ大学応援団に出向させられます。まあ現実的にはありえない話なんだけど物語に散りばめられているエピソードと登場人物のキャラ立ちがやはり並の作家ではありません。
上巻ではOBである山下と斎藤の掛け合い漫才のような会話に和ませれ、そして野口親子の確執のエピソードについて考えさせられます。ある一定以上の男性読者が読めば主人公の大介が自分の分身のようにも感じられます。
安心して読めるのは重松氏の貫禄が表れなのでしょう、それでは下巻へと入ります。
下巻の巻末にある重松氏恒例の文庫版のためのあとがきを読んで驚いた、なんと実在のモデル(出版社の営業部員です)がいるとのことで彼とのエピソードが語られていて、それが小説以上に感動的であり今の重松氏があるのは彼(小説では連れという言葉が使われている)のおかげであるという気持ちがより感慨深く伝わってきた。小説の設定がリアルでない部分があるが故に尚更である。
下巻はやはり斎藤と山下の別れ、そして大介と応援団の別れが描かれている。野口親子の話は別として、少し重松氏が最も得意だと思われる親子(大介と美紀)の愛情の描写が少ないように思えるのだが、それは他の小説にてということなのでしょう、そのためのあとがきなのだと解釈しています。
今回読んで感じたのは、重松作品は世代の交流(相互理解)を図る場であるということ。お若い読者が読めば自分の親父世代である大介や斎藤そして山下や野口の気持ちも理解できるでしょうし、大介の年齢に近い読者が読めば過ぎ去った自分自身の人生とそれぞれの登場人物とを照らし合わせることを余儀なくされる。
凄く悲しい作品も多い重松作品ですが、本作は前向きに生きるということを作品のモチーフとして書かれているように感じられた。それはやはりモデルである斎藤氏と作者とのずっとこれからも連れであるという熱き強い気持ちが伝わったからであろう。今私たち読者がこうして重松氏の作品を手にとれるのも、駆け出し作家だった頃に世話になった斎藤氏の応援があったからだと思うと斎藤氏に感謝の気持ちがこみ上げて来て本を閉じたことを書き留めておきたい。。
評価9点。
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『ティンブクトゥ』 ポール・オースター (新潮文庫)2014.09.13 Saturday
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ミスター・ボーンズは姿は犬であるが、飼い主である個性派詩人ウィリーに対する愛情は人間以上であるのが読んでいて伝わってくるのですね。そしてタイトル名となっているティンブクトゥという世界が何であるかということが本作を読んで読者さえもが昇華させられた気持にさせられます。
作中でボーンズは放浪し、飼い主であるウィリーと死別し他の飼い主に巡り合いますが、常に基準はウィリーであって自分自身だけでなくウィリーの人生というか半生も顧みるのですが、この物悲しさが読んでいてグッとくるところだと思います。
そして前述したティンブクトゥなのですが、天国のような再会場というような意味合いなのでしょう。とにかく途中で去勢されたりして苦しくて目を背けたくなるところもあるのですが、一筋の光明を信じて生きていく姿を学べる良書ということが出来そうです。オースター作品は読めば読むほど味わい深いと思いますので機会があれば再読したいです。
評価9点。
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『風のマジム』 原田マハ (講談社文庫)2014.09.08 Monday
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実話を下にしたサクセスストーリーとあって、読者サイドも人生そんなにうまい事いかないとわかっていながらも夢を持つことの素晴らしさを味わせてくれる作品である。
分かっていても作者の作品を手に取る衝動に駆られるのは、おばあさんを筆頭とした登場人物のキャラの安定感はもちろんではあるが、作中に出てくる沖縄のラム酒のように、他の作家とは一線を画したリーダビリティの高さを併せ持った作者のすでにブランドとして完成された世界(“マハ節”という言葉がやはり適当か)が存在することを認めざるをえないのである。
男性読者視点で書かせていただいたら、主人公のまじむと作者をオーバーラップさせて読んでしまった。正しい読み方かどうかは自信はないのであるが、紆余曲折がありながらも一歩一歩階段を駆け上ってゆくさまが似ているようにも感じる。
あとがきにも書いてあるように、モデルとなった金城さんとの約束を果たして本作は実現した。金城さんからの厚い信頼が作者の成功のバックボーンとなっているかのように感じる。これからももっともっと良質の作品を書いてほしいなと切に思う。
余談であるが、文庫本の帯に読書メーターの感想が掲載されているのには驚いた。作家そして読者の皆さんの励みとなるような感想をこれからも綴って行きたいなと思う。
評価8点。
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『波風』 藤岡陽子 (光文社)2014.09.03 Wednesday
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重松清というよりも浅田次郎の短編のスタイルに近いのでしょうか、どれもがドラマチックな人生が展開が待ち受けていて読者の背中を押してくれます。浅田作品よりも強く感じるのはひたむきに生きることの大切さでしょうか。
新聞記者の経験や看護師の資格を持っている作者は誠実に人間観察をし端正な文章に転換します。
作者の人柄が滲み出た作品集であると感じますが、やはり最も感動的なのは「月夜のディナ−」でしょうか。別れた父の妹に育てられた姉弟の物語なのですが、産みの親よりも育ての親に対して究極の愛情を表現した作品であるのですが、翌日結婚式を控え成長した弟の感謝の言葉がいつまでも記憶に残ります。
あとは意外かもしれませんがラストの「デンジソウ」、これは作者の略歴が生かされた医療関連を題材とした作品で社会派要素が強かったですが、新聞記者の男が意外と人間臭いところが印象的で、平凡だけど健気な主人公との幸せな未来を思い描いて本を閉じた方も多いと思います。
個人的には作者には長編中心で書いていってほしいとは思っていますが、たまに短編集を読むとその資質の高さを窺い知ることが出来ます。
「結い言」は2006年に宮本輝氏が北日本文学賞に選奨された作品ですが、それ以外はそれ以降に書かれた作品なのでしょう。これからも作者特有の奥行きのある作品を上梓して読者を釘付けにして欲しいなと切に願っています。
評価8点。
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