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『かつては岸』 ポール・ユーン (白水社)2015.02.25 Wednesday
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架空の島としたのは、本作には歴史的事実には基づくものの幻想的な要素がかなり盛り込まれているからだと思います。
おおまかに第二次世界大戦から朝鮮戦争の頃の言わば日本占領下における過去のソラ島と、観光産業を軸としている現代とがほぼ交互に描かれていて、読者サイドとしては少し忙しいけれどそこが良いアクセントとなって入り込んでくるのですね。
これは推測ですが、おそらく作者は韓国に滞在したことはあっても居住したことはないのではないでしょうか。それが自分の母国ではないけれど故郷ともいえる国の足跡として残しておきたかったのだと思えます。
読み進めて感じたことですが、同じ苦しみでも現在の苦しみよりも過去(第二次大戦〜朝鮮戦争)の苦しみの方が辛く感じられます。それはやはり過去を経験した人たちが苦しみながらも生き延びてきたおかげであって、その過去というものが読み終えた後ほんの少しですが懐かしささえ感じられました。
秀逸なのはOヘンリー賞を受賞した「そしてわたしたちはここに」で孤児となってソラ島に送られ、その後も看護師として住みついた日本人女性美弥が主人公となっています。彼女が孤児院で一緒だった淳平という男の子に似た患者を献身的に看護するシーンは感涙ものであります。
訳者である藤井氏の作品を今回初めて読んでみたが、穏やかで静謐な訳文は作者の特長を見事に日本語化したと思う出来栄えであった。ニュージェネレーションの翻訳家として今後ますますの活躍が期待される思われますし、少しづつですが藤井氏の訳された作品を読破して行きたいと思う。また楽しみが増えました。
評価8点。
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『エデン』 近藤史恵 (新潮文庫)2015.02.22 Sunday
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再読。『サクリファイス』の続編であり本作は主人公である白石の夢が叶い、彼のヨーロッパでの活躍が描かれます。
自転車ロードレースの本場であるヨーロッパ、ほとんど興味のない人でもその最高峰のレース“ツール・ド・フランス”という言葉は知っている方は多いと思われます。
白石は前作同様、脇役ながらもツール・ド・フランスに挑戦するのですが、主人公の夢が叶う=読者の夢が叶うということだと思います。
ただ描かれている現実は主人公にとって決して楽な状況ではありませんよね。作者は敢えて試練を与えてくれます。スポンサーの撤退でチームの解散が決まり、なおかつ他チームのレーサーのアシストをすることを方針として打ち出されます。
レース中も含めて、本作は逆境に打ち勝つというシーンがとっても読者にとっては心地よいのですが、他のチームの選手の間(二コラとドニ)で大きな事件が起こります。この事件の真相はまあ読んでのお楽しみであるのですが、ドーピングに友情を絡めて描かれていてその根底にあるバックボーンが大きな人間ドラマとなっていてドキリとさせられます。この事件を通してタイトル名ともなっているエデンという言葉がより一層大きく読者に立ちはだかり、そして息づくことだと受け取っています。
タイトル名となっているエデンという言葉、それは直訳通り楽園という意味合いですが、これはツール・ド・フランスに代表される一線級の自転車ロードレース界に席をおけるものたちの境遇を象徴した言葉であると解釈していますが、そこでしのぎを削る大変さを本作は奥深く描いています。
感動度では前作には劣ると思いますが、読者も檜舞台に上った感覚で読め高揚感を味わえる読書となること請け合いです。白石とミツコとのさりげない友情がアシストとエースの信頼関係を巧みに描写していててエンディングは爽やかで余韻のあるものとなっていることを見逃してはいけません。
評価8点。
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『精霊の守り人』 上橋菜穂子 (新潮文庫)2015.02.18 Wednesday
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もちろん登場人物のキャラや痛快な展開などは子供が読むことを念頭に置かれて創作されていることは認めるとしても、本シリーズに“大人も楽しめるファンタジー”という形容よりも“子供も手に取れるファンタジー”という形容の方が却って相応しいような気がする。
そのあたり作者自身文庫版あとがきに書かれていることは頷ける限りであるが、私自身ここ数年の読書において本作ほど自分自身の想像力を膨らませながらページをめくった作品はなかったと断言して良いほどの引き込まれる物語であった。
バルサとチャグム、立場は違えど運命に抗えずに生きることを余儀なくされますが、彼女たちの運命と対峙してゆくシーンがとても他人事とは言えないというか、非常に力が入る自分がいてガツンと来ます。とりわけバルサがチャグムを助ける冒頭のシーンが印象的で、物語のすべてを支配している部分であるが読み進めていくうちにバルサの過去が露わになり、彼女の勇敢な行動がいろんな経験を踏まえて成し遂げられたものであって、それがチャグムの成長の大きな手助けになっているところが素晴らしいと感じます。脇キャラも予想通りあたたかく、速い展開とともに目が離せない読書となりました。じっくりシリーズを楽しみたいと思っておりますが、読み終わるのがもったいないような気が早くもしているのも事実です。
文庫版の恩田陸の解説文が素晴らしく、引用させてもらうと“あなたはラッキーだ。私たちは、母国語で読める”。綾瀬はるか主演でNHKでドラマ化が決まっているがやはり原作に勝るものはないのでしょうね。
評価9点。
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『サクリファイス』 近藤史恵 (新潮文庫)2015.02.13 Friday
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まず、主人公であり語り手である白石の人柄というかキャラが読者受けする点が本作の最も成功した所以だと考えます。決してチームのエースを目指すわけじゃなく、とは言えヨーロッパで活躍したい意向も持っている、一見優柔不断のように見れないこともないのですが、読み進めていくうちに彼の心の中の葛藤に酔いしれ、思わず背中を押している読者としての自分を感じています。
彼がサイクルロードレースの世界に飛び込んだ過程というのが、物語全体を支配している点も見逃せません。これは彼の恋愛事情にも関連しているのですがこれは読んでのお楽しみということにしておきましょう。
もっとも作者が上手いなと思われるのは、終盤のミステリーの解明に関わるにつれてタイトル名がくっきりと浮かび上がってくるところだと考えます。当初はサクリファイス=アシスト役と捉えて読んでいきましたが、そうではというか少なくともそれだけではありませんよね。
これが解明できて次に続けれることはやはり読者冥利に尽きると言って良いのかなと再読を機に再認識いたしました。 登場人物それぞれのキャラもたっていてアクセントのついた読書が堪能できる点も見逃せません。次作であるエデンまでは一回読んでいます。確かヨーロッパでの活躍が次に描かれるはずです。何度読んでも素晴らしい本があることは嬉しいと強く感じました。
評価9点。
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『メモリー・ウォール』 アンソニー・ドーア (新潮社)2015.02.09 Monday
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各編の舞台はアメリカだけでなく、南アフリカ、韓国、中国、ドイツ、ウクライナなど多岐にわたるのであるが、たとえ記憶がおぼろげになろうとも、どこの街も風景は美しく登場人物の心に根差しています。時代も過去から未来までと柔軟性のある作品の中にも一貫して読者に生きることの尊さを知らしめてくれるところが素晴らしいと感じますし、作者のポテンシャルの高さと引き出しの多さを感じるのですが、簡単に言えば作者の魅力とは“リアルではあるのだけど夢見心地にさせてくれるところ”だと感じます。
本作を読むとやはり翻訳でしか味わえない奥行きの深さを感じます。世界は広いんだけど人間が抱える不安や恐怖は万国共通ですよね。
訳者である岩本さんが昨年末に永眠された。新潮クレストブックスの創刊から活躍されている翻訳家でこれからますますのご活躍をと思っていた矢先なので非常に残念に思っている。岩本さんの特長である瑞々しい訳文がもう読めないかと思うと非常に残念であるが、これからも折に触れて本作を含めて他の訳書も堪能したいと思っている。
心からご冥福をお祈りしたいと思っています。
評価9点。
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2015年1月読了本。2015.02.05 Thursday
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2015年1月の読書メーター
読んだ本の数:8冊
読んだページ数:1941ページ
ナイス数:924ナイス
シャイロックの子供たち (文春文庫)の感想
東京の下町にある都市銀行を舞台にした10編からなる連作短編の体裁をとったミステリー長編であり、半沢作品のような爽快感を望めば肩透かしを食らうかもしれませんが作者の魅力のエッセンスが十二分に詰まった作品。 初めの数編は異なった立場にいる行員たちを通して、銀行内部のディテールを描いていますが途中で100万円の紛失事件が勃発しミステリー度が増します。 どこの会社に勤めても多かれ少なかれ出世争いや家族とのあり方などが取りだたされますが、銀行は何といっても人の命の次に大事だと言って過言ではないお金を扱っています。
読了日:1月31日 著者:池井戸潤
新訳 ヴェニスの商人 (角川文庫)の感想
河合祥一郎訳。氏の訳されたものは舞台を念頭に置いて書かれているので、生き生きとした言葉が使われていて、頗る快適な読み応えを約束してくれるのが嬉しい限りである。 以前読んだ原書も訳本(新潮文庫版)を片手だったけど、良くも悪くももっと重厚で悲劇はともかく喜劇は馴染みにくかった記憶がある。 四大悲劇が有名なシェイクスピアであるが、個人的には本作も含めた喜劇(といっても4〜5作品しか読んだことがないけれど)群の方が楽しく読めると感じる。 舞台はイタリアのヴェニス、ラブストーリーを交えた法廷劇が繰り広げられます。
読了日:1月27日 著者:シェイクスピア
あるキング (徳間文庫)の感想
文庫化による再読であるが、どの程度改稿されているかは単行本を読んでからかなり年月が経っているので把握出来なかった。文庫の解説は名翻訳家として名高い柴田元幸氏が書かれていて、その洞察力の高さに舌を巻いたのであるが、この作品あたりから伊坂作品の第二期というのですか、エンターテイメント度を敢えて薄くして、実験的作品と言えば失礼かもしれないが、少なくとも作家としての自分の好きな方向性を試している部分が多く感じられる。 本作はシェイクスピアの「マクベス」との伊坂さん自身の現代版として書かれているところがあり(続く)
読了日:1月24日 著者:伊坂幸太郎
あなたは、誰かの大切な人の感想
初出「小説現代」。40〜50代の女性を主人公に据えた人生のターニングポイントを語る6編からなる短編集。作者に関してはやはり胸がすく長編作家というイメージが付きまとい、私も決してそれを否定はしないのだけど、本短編集を読んで洗練された素敵な物語が心に沁みた読者が大半であると感じるのである。 タイトル名の通り、各編の主人公、人生の半ばを過ぎ夢はあるけど残りの人生もそう多くはないということは共通している。 もっとも共通しているのは配偶者に恵まれず、決して世間一般でいう女性としての幸せを掴み取っていない点である。
読了日:1月19日 著者:原田マハ
首折り男のための協奏曲の感想
7編の短編からなる作品集で、連作短編集ということで作者も出版社も売り出しているんだけど、繋がりが緩くてあんまり帯の贅沢すぎるという形容には同意できないことをまず語っておきたい。 もちろん、一編一編は独自の語り口というかいつもの伊坂さんというか、粒ぞろいの作品のオンパレードでやはり楽しめることは間違いのないところであって単独の短編集として売った方が良かったように感じずにはいられません。 もしくは作中の何編かで登場する伊坂作品ではお馴染みの泥棒かつ探偵である黒澤ををすべてのお話で登場させることによって(続く)
読了日:1月14日 著者:伊坂幸太郎
トオリヌケ キンシの感想
初出「別冊文藝春秋」他。普通の人とは違う、何らかの特徴を持っているを描いた6編からなる短編集。加納作品の特長は読んでいてとっても好奇心をそそられるところだと感じていました。本作はかつてのほんわかモードの作品だけでなく身につまされる虐待なども含まれ、成長かつ変化した作者の現在を確認することが出来ます。 なんといっても闘病生活を経て復帰されて書かれた本作、厳密にいえば表題作のみ闘病前に書かれたと思われますが、一冊の本として上梓することに関しては期するところが大きかったと容易に想像されます。
読了日:1月11日 著者:加納朋子
新訳 マクベス (角川文庫)の感想
学生時代原書も含めて10作品近く読んだ記憶があるのだが内容はおぼろげであり恥ずかしい限りである。シェイクスピアがイギリス国内だけでなく長く広く愛されているのは、その倫理観が時代を超えて受け入れれるということであると感じる。 それは本作を読んでも十二分に掴み取ることが出来、400年以上も前に書かれた作品であるということは信じられない。 冒頭に登場し、本作を支配していると言って過言ではない魔女の"きれいは汚い、汚いはきれい。”という言葉が読者である私も支配してしまうのが印象的である。
読了日:1月8日 著者:シェイクスピア
水やりはいつも深夜だけどの感想
初出「野生時代」。5編からなる育児や価値観をテーマとした短編集で各タイトルに植物名がモチーフとして使われている。窪作品の特長でもある露骨な性描写が影を潜め、逆にしっとりとかつじっくりと読ませる作品集となっていて作者の成長ぶりが認識できる。 他の作品と比べて派手さでは欠けるものの、共感度はもっとも高いと思われます。それは読者との距離を縮めて書かれた作品でるからであって、幼稚園児童をお子さんに持っている話が大半なだけに似たような不安な事情を抱えた人が読者本人や読者の周りに多く存在すると思います。
読了日:1月5日 著者:窪美澄
読書メーター
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『シャイロックの子供たち』 池井戸潤 (文春文庫)2015.02.04 Wednesday
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初めの数編は異なった立場にいる行員たちを通して、銀行内部のディテールを描いていますが途中で100万円の紛失事件が勃発しミステリー度が増します。
どこの会社に勤めても多かれ少なかれ出世争いや家族とのあり方などが取りだたされますが、銀行は何といっても人の命の次に大事だと言って過言ではないお金を扱っています。だからそこに勤める生身の人間たちの苦悩や葛藤、もっと言えば人間としての本音を超えた弱い部分が他業種よりも克明に描きやすく読者にも訴えかけてきます。
作者の凄いところは、善人と悪人とは紙一重であるということを読者に知らしめてくれるところで、人間ってこんなに弱いものだったのかと改めて考えずにはいられません。
あんまり再読はしたくないのだけど、本作は再読すればより一層登場人物達の人となりがわかるような気がし、深く池井戸ワールドにはまり込めるような気がします。
半沢作品のようなキャラのたった勧善懲悪的な作品ではないですが、世知辛い世の中を象徴した身に沁みる作品だと言えそうです。
本作のタイトルともなっているシャイロックは、ご存知の人も多いと思いますがシェイクスピアの『ヴェニスの商人』に登場する強欲な金貸しです。
先日読んで確かめてみたのですが、確かに強欲ですが当時のユダヤ人に対する差別意識もあったと感じ、多少なりとも悲劇性もあったと思ったりします。
本作で登場する人物たち、思わず目が眩む人が多いですがシャイロックに対して感じたように悲劇性をも感じました。普通に生きるって難しいですよね。
評価9点。
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