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『漁港の肉子ちゃん』 西加奈子 (幻冬舎文庫)2015.05.28 Thursday
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とはいえ、本作も決して万人受けするかと言えばそうでもないかもしれない。その決して万人受けしないところが西作品の魅力とも言える。そこには作者でしか表現できない領域の究極の愛が描かれている。
西作品すべてを読んでいるわけではないけれど、本作は作者のもっている愛情が文章に乗り移り読者に提供されている。いささか羽を伸ばし過ぎた箇所もあり、バランスが取れていない所も見受けれるが、作者の伝えたいところは十二分に伝わり感動的な読書となった。
菊子こと肉子ちゃんのキャラが絶大であり、読者にとってはほっこりとしていて憎めない。語り手は娘であり小学校五年生の喜久子で、親子二人がわけ合って北国の漁港に来たところから物語は始まる。
2人を取り巻く人々たちのキャラも良く、語り手である喜久子の成長物語としても飽きさせずに読ませてくれる。
しかしながらラスト50〜60ページぐらいから感動の嵐がやってくる。これは読んでいてある程度は予想はしていたのであるが、その予想をはるかに凌ぐものであり作者の類まれな才能を感じずにはいられなかった。
私の中では一人でも多くの人にこの感動を伝え共感したいという気持ちも読後一杯である。
補足するとあとがきがあり宮城県石巻市をモデルに書いたということであり、この小説の誕生の前の段階でもドラマがあるといことであり、作者自身も思い入れの深い物語のようだ。
世の中には不幸な境遇の人がたくさんいるけれど負けてはいけないということですね、この2人のようにしあわせいっぱいに生きなければなりません。文庫版の帯の“迷惑かけて生きていけ。”という言葉がやけに勇気づけられた読書となりました。
なお、表紙のカバーイラストも作者作成です。
評価9点。
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『最後の証人』 柚月裕子 (宝島社文庫)2015.05.23 Saturday
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楽しく読めた要因としては事件の終結(判決と呼ぶべきか)が読者にとって最も納得しやすいところに着地点をつけた点だと思われます。
法廷ドラマの根底を支える登場人物たちの心の葛藤が素晴らしく描写されています。一見して主人公が佐方弁護士だと思われますが、個人的には高瀬夫婦が主人公である読み方も出来ると感じます。
とりわけ息子を殺されて復讐にでる高瀬夫婦の犯行に至るまでの苦悩と夫婦を超えた同志という絆は記憶に残り、個人的には“最後の旅行”というタイトルでもよかったのではないのかと思う。
あとは元検察管で弁護士役の佐方さんのキャラ立ちですよね。後半の怒涛の真相に迫るシーンは圧巻です。そしてタイトル名ともなっている“最後の証人”とは誰だったのか、私の予想してた人とは外れましたし、最初は誰が弁護を依頼したのかもわからなかったのが次第に全貌が開けてきました。
やはり読者にとって心地よいのは、正義が貫かれているところでしょう、情状酌量の余地が薄い依頼人島津にとってはこれからが前途多難でその点が読者にとっては痛快だったように感じる。
ただし検察管である真生と佐方との対決シーンは予想よりも弱かったような気がします。本作はシリーズものとしてその後も刊行されているので機会があれば読んでみたいし、作者には尊敬されている横山秀夫氏の域を目指して精進してもらいたいと切に願っています。これでやっと録画していたドラマが観れます(上川達也主演)
評価8点。
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『モダン』 原田マハ (文藝春秋)2015.05.18 Monday
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多くの作者のファンの方がご存知のように、作者がかつて勤務していたMoMAの魅力が満載であり、作者の代表作と言える『楽園のカンヴァス』にてお馴染みのティム・ブラウンも顔を出すファンにとっては原田マハを十分に堪能できる所は嬉しい。
『楽園の〜』にてルソーの“夢”をネットで検索して観ながら読書を楽しむという、他の作家の作品ではありえない視覚をも伴ったスタイルの読書体験を本作でもワイエスやピカソの作品にて味わえるのであるが、これは作者の美術(MoMA)に対しての愛情の深さが作品に沁み渡り、読者にとっても安心して作品の世界に没頭できる点が素晴らしい。
作品を通して3.11や9.11あるいはスペインのゲルニカのことなど、避けられなかった悲しい出来事に対しての作者の今後2度と起こって欲しくないという強い祈りみたいなものが美しい文章の根底に込められていると感じました。
一編一編は短いために奥行きが足りないようにも見えますが決してそうではなく、MoMAの歴史を語りつつもMoMAを訪れ感銘を受けた人々に対する感謝の意が強く込められていると感じます。
各編の登場人物すべてがキュレーターだけでなく、警備員なども織り交ぜているところ、言い換えれば作品だけでなく様々な人の結集にて美術館は成り立っているということでしょう。
少し余談であるが、本作を読まれてMoMAに行ってみたく思われた方も多いのではなかろうかと思う。数年前から金曜日の16時からが入館料無料となっているらしい。これはTシャツでMoMAとのコラボのラインアップを多数取り揃えているユニクロがスポンサーとなっているからとのことです。
とはいえなかなかニューヨークまでは簡単には行けませんが。現実的な目標として『楽園のカンヴァス』の再読の方かユニクロのTシャツを着るかの方がありえそうですね(苦笑)
評価8点。
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『ナオミとカナコ』 奥田英朗 (幻冬舎)2015.05.13 Wednesday
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第1章が犯行前、第2章が犯行後という斬新な物語の構成自体に趣向が凝らされていて新鮮な気持ちで読書に取り組むことが出来ます。いわば新しいジャンルの犯罪サスペンスと言ったら良いのでしょうか。読者サイドも3人目の共犯者として物語の中に参加しているような気がします。
そこにはやはり殺人というよりも排除という言葉が当てはまるのでしょう。どうしても殺人に至った動機自体が読者サイドにも深い理解というか同情を促すところが心憎いと言ったら言い過ぎでしょうか。
後半に連れて気の弱い方のカナコの方が新しい生命が宿ったということも含めて逞しくなって、逆にナオミの方が気弱になってゆくところが微笑ましく2人の友情の強さを感じとることが出来ました。これは他の犯罪小説では味わえないほのぼの感だと思います。
特筆すべき点は2人の個性的な脇役の存在ですね。ひとりは殺害された夫の妹である陽子で、普通は当たり前のことをしてカナコを追い詰めてくるのですが、読者にとっては煩わしい存在となってきます。もう一人は中国人社長の朱美で最初の印象が最悪だったのですが、最後は2人の味方となって頼もしい存在の象徴となります。
映像化してもとっても面白いと思いますが、文章でこのような緊張感を持続できるのはやはり並の作家ではありません。楽しく読めること請け合いの一冊だと言えそうです。
評価9点。
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『ランチのアッコちゃん』 柚木麻子 (双葉文庫)2015.05.13 Wednesday
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4編からなるが最初の2編は派遣社員で失恋直後の澤田三智子が主人公で上司であるアッコちゃんこと黒川敦子がメインでふたりがランチを交換(というか三智子の作った弁当をアッコちゃんが食べ、三智子はアッコちゃんの代わりに外食する)する表題作が印象的である。アッコちゃんの知られざる一面(スーパーウーマンぶりと言って良いのであろう)を徐々に知るにつれ三智子が元気を取り戻す過程が共感を呼び読者は元気を貰え背中を押してくれること請け合いである。
一見ほのぼのとしている話でもあるが、随所に散りばめられているリアルな点、たとえば派遣と正社員との違いであるとかあるいはゆとり世代の年代かどうか、あるいは残業問題など、それぞれの立ち位置によってこんなに違うのかということも気づかされる読書となったのであるが、後半の2編に登場する2人の主人公満島野百合と佐々木玲美の存在感も読者にとっては個性的でよりリアルであるとも言える。
とりわけラストに登場するビアガーデンってとっても魅力的であり、社長である雅之との視点の違いがいい勉強にもなった。作者の柔軟性が如何なく発揮された作品集ということで続編もあるということでそれを読まない手はないなという気持ちで一杯である。
連続ドラマの1回目を観たが三智子→連佛美沙子、アッコ→戸田菜穂というキャスティングである。全8話ということで続編をも含めたものとなっているのであろうが、本作で言うところの2人が脇役となって登場する後半の2編がどのように描かれるのかということも含めて楽しみに観たいと思っている。
評価8点。
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『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎 (新潮文庫)2015.05.02 Saturday
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伊坂氏の2冊目に刊行された作品。
あとに発売される『陽気なギャングが地球を回す』とともにとってもスピード感溢れたミステリーの秀作だと言えそうである。
小説の舞台はおなじみの仙台。
この物語には四人の人生にくたびれたわけあり主人公達が登場する。
★泥棒の黒澤
★精神科医でプロサッカー選手と不倫中の京子
★リストラされて再就職面接40連敗中の豊田
★画家志望の河原崎
あと冒頭で出てくる画家の志奈子と画商の戸田がポイントである。
その他無職の豊田をサポートする野良犬もすごく印象的だ。
詳細は読んでのお楽しみ(というかここで語れるほど簡単なものでもない)であるが、やはり時間軸を本当に見事に使っている。
多少、頭の中が混同したのも事実であるが文句なしに楽しい。
まるで読者にとって伊坂マジックは作中で繰り広げられる騙し絵のような存在となっているのかもしれない。
いや神様と言った方が適切かな。
本作の伊坂初期作品の中での位置づけを考えてみたい。
感動的なという点では後に発売される『アヒルと鴨のコインロッカー』や『重力ピエロ』に軍配を上げたいと思うが、ただ単にエンターテイメント性においては初期作品の中では一番の出来であるといって過言ではない。2作目においてテンポの良い展開と軽妙な会話は最早完成されていたとも言えよう。
最初すこしややこしくて頭が混乱したのであるが、とにかく後半の怒涛の展開は読者と作者との知恵比べと言えば言えそうで、“こう来たか!”と思われた方も多いかも。本音を言えば2度続けて読めれば作者の意図や才能をより深く理解できるとも言える。
いろんな位置づけの出来る作品であるとも言えようが、ファンの多い黒澤さんの初登場という記念碑的な作品ともいえるのであろうか。
人生はRush(混雑した)なのは否定しないが、本作を読んでせめて心の中はLush(豊か)でありたいものだ。
この物語を読み終えた今、一番悲壮感が漂っていた豊田から主人公は読者であるあなたでありわたしにバトンが無事引き継がれた。
「イッツ・オールライト!」と楽観的に歩いて行きたく思う。
その言葉に伊坂氏の人生観が集約されているはずであるから・・・
とにかく伊坂さんはボブ・ディランだけでなくビートルズも好きなんですね。
そしてもちろん仙台の町も。
評価8点。
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