-
『ふたえ』 白河三兎 (祥伝社)2015.08.26 Wednesday
-
京都の修学旅行を舞台とした青春小説で、日ごろ日陰のような高校生活を過ごしている生徒たち(ぼっち班)ひとりひとりが語り手を変えて彼らの抱えているものを吐露してゆく話で一章一章は楽しく読めます。
そして最も個性的で班の残りの生徒たちを引っ張って行く転校生の手代木麗華、彼女の存在なしではこの物語自体が発生しないのですが、彼女以上により若い読者の身近にいそうな他のメンバーたちに対する共感が最も楽しめる部分だと思っていたのですが、著者はもっと大きなサプライズを最終章で用意していました。
そのサプライズ捉え方によって本作に対する評価は分かれてくると思いますが個人的には少し混乱した読書となった気がします。
そんな必要があったのかなと思ったりするのは、それ以前の話がとっても心に残る話であって、たとえばタイトル名ともなった二章めの舞妓の話や右京の将棋の対戦の話なんかはなかなか読ませる話でドキドキ感満載でザ・青春といった感じで印象に残りましたし、最初のだらしない久米先生の終盤のカッコ良さも圧巻ですよね。
本作のような作品は最終章で描かれた驚愕する事実に関して、もう一度読み返すことによって散りばめられた伏線を再確認することによってより楽しめるような作品とも言えそうです。ただ私にはそんな時間はありません(苦笑)
それは手代木麗華に対して魅力を終始感じなかったからかもしれませんが、他の読者の意見も聞いてみたい衝動に駆られます。
評価7点。
-
『南部芸能事務所』 畑野智美 (講談社)2015.08.23 Sunday
-
芸能事務所と言っても所属しているのは芸能人じゃなくて芸人。いわゆる漫才やコント、そしてものまね系ですがちょうどブームが去って苦しい時代に差し掛かった時期が描かれていて、そこがかえって読者が共感できる人間ドラマが繰り広げられていると感じます。
7章立てですが各章視点が変わっていく所が読者にとって斬新であって、芸人を取り巻く環境がリアルに感じられます。とりわけ冒頭の新城とという大学生が芸人ライブを観に行って芸人になりたいと決心するところは物語の導入として良かったと思います。特に私のように普段テレビで芸人の出ている番組に疎い人間にとっては。素人である新城が成長してゆく姿というのが繰り広げられるというかと言えばそうではありません。落ち目の芸人や追っかけをしている女子高生なども描かれ、夢を追いかけつつも現実に突き合せて生きなければならないことが読者に突きつけられます。
そしてやはり読者の脳裡に焼き付くのは、コンビやトリオにおける人間関係の繊細さですね、これは人気が陰ってくると顕著に表れてきます。著者の人柄が滲み出た作品とも言えそうで、登場人物誰もを愛おしく思え応援したい衝動に駆られます。次作以降はやはり新城と溝口のコンビが舞台に立って悪戦苦闘するシーンがメインとなってくることは容易に想像できますが、それ以外の脇役たちの人間模様も噛みしめて読んでいけたらと思います。苦しくても生き生きと描かれている点が作者の魅力だと強く感じました。
評価8点。
-
『永い言い訳』 西川美和 (文藝春秋)2015.08.20 Thursday
-
それほど本作ほど人の心の中を抉った内容の濃い作品に巡り合うことはそうそうないと感じ、作家であり映画監督でもある作者のレベルの高さは専業作家の方々の逃げ道を防ぐほどのものだと考えます。こう言った作品は是非英訳して全世界の人々に読んで欲しいなと思っていますが、作者は映画でその道を切り開こうとしているのでしょうか。
バスの事故で妻を亡くした人気作家の幸夫が主人公ですが、本名がいきなり紹介されるように広島カープの往年の強打者と同じ名前であって、彼のコンプレックスというか鬱屈した部分が効果的に知らしめられています。そして妻との冷めきった愛が故に彼女を亡くしても喪失感が感じられず、マスコミが描く綺麗事とのギャップに苦しみ始めますが、妻と同行していて同じように亡くなった女性の夫と知り合うことによって自分自身を見つめなおすきっかけが与えられます。もう一人の主人公と言って良いであろうトラック運転手の陽一は幸夫とは対照的な生き方で女性読者からの共感度は抜群じゃないかと容易に想像できますが、彼の子供たちのベビーシッター的な役割を幸夫が果たすことによって彼自身が生まれ変わったように活気づきますが、その後またいろんなことが起こりますがそこは読んでのお楽しみということですね。
タイトル名ともなっている言い訳言葉は更生とか再生という言葉に近い意味合いだなと捉えています。子供のいない主人公が子供のいる被害者を見て、自分では体験しえない大変な部分を通して他者とのつながりの大切に気づくと言えば簡単すぎるかもしれませんが、読者である私たちも幸夫的な部分があるように思います。
永いが長いではないのは、これから幸夫にとって乗り越えなければならないことは一生続くということでしょう、代償は小さくありません。陽一に残された子供たちが愛おしく、亡き母親の分まで幸せになって欲しいと切に願って本を閉じた。
評価10点
-
『子供時代』 リュドミラ・ウリツカヤ (新潮社)2015.08.10 Monday
-
物語の舞台となっているのは1949年でちょうど第二次大戦から4年経った時代でやはり戦争の余波で貧困にあえいでいた世相が反映されている。そしてやはり注目したいのは作者自身が1943年生まれであって、冒頭のキャベツの奇跡で登場する6歳の少女とどうしても重なってしまい、それが単なる創作という部分だけでないという重要なものが読者の胸に伝わってくるのである。
ラストの「折り紙の勝利」もとりわけ感動的であって、物語のラストを飾るにふさわしい一編である。母親役の女性がベートーベンの曲をピアノで弾くシーンが印象的であり、現代日本に生きる私たちはベートーベンと言えばやはりヨーロッパの偉大な作曲家という意識していないけれど、当時のロシアにおいてはファシズムの国の偉人という認識で捉えていることにハッとさせられた。
読者それぞれ自分の子供時代と照らし合わせて、似た経験もあるであろうがやはり戦後生まれであれば自分自身の生い立ちの方が平和であることにも気づかされ、ちょうど終戦に近い時期に読め、忘れてはならないことを再認識できたことが感慨深いのである。
つけ加えておくが、本作はところどころに効果的な絵が散りばめられていてまるで二人三脚のような素敵な一冊に仕上がっている。新潮クレストブックスシリーズの底力を見た読書となったことを書き留めておきたい。
評価9点、
-
『カステラ』 パク・ミンギュ (クレイン)2015.08.09 Sunday
-
予想通りという言葉が当てはまるかどうかは疑問ではあるけれど、読書好きの間で話題に上がった日本翻訳大賞の第一回の受賞作品は英語ではない言語で書かれた作品が選ばれた。
これは賛否両論あるだろうが、ある一定の成果を得ることが出来たという見方が出来るのではないだろうかと思える。
韓流ブームという言葉も落ち着いた感は否めないけれど、それはドラマや映画の世界でのブームであって小説まで広がることはなかったけれど、今回本作を手に取る機会を得てとっても斬新な読書体験を経験することが出来た。
そして改めてお隣の国ということと、訳が素晴らしいということで私たち読者にとってはすんなりと読み取れることが出来、それはあたかも日本人の作家によって書かれたものと錯覚を起こしそうなほどであった。
表題作を含む11編からなる短編集であるが、初めに登場する表題作の「カステラ」が冷蔵庫に入るアメリカを比喩していて、表紙の写真も含めて最もインパクトが強く、一つの世界観が現われているとも感じたけれど、読み進めていくうちにもっとハッキリと作者の現代に生きる男たちの疲弊ぶりや孤独感がじわじわと読者の胸に沁み込んでくるのには恐れ入った。
ダイオウイカにハルク・ホーガン、感想を書いている今も思わずにやけてしまっています。再読すればきっともっと世界にはまり込めること請け合いの一冊です。というのは作者の最も長けているところは、重い内容を軽い語り口で描写できる点だと思います。翻訳された2人に拍手を送りたいと思います。
評価8点。
< 前のページ | 全 [1] ページ中 [1] ページを表示しています。 | 次のページ > |