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『絶叫』 葉真中顕 (光文社)2015.09.30 Wednesday
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作者に対する期待感が非常に高かったことが容易に想像できるのですが、プレッシャーに押しつぶされることなくクオリティの高い作品を上梓されたなと感じる。
巷で“徹夜本”という形容が使われた作品があるが、本作のような作品は分厚いながらも続きが気になってしようがなく、徹夜で読み通された方が多かったのではないであろうか。
本作は正しく社会派ミステリーと言えば、それ以上に端的に本作の内容を表わす言葉はないと思われます。
物語は冒頭に2つの殺人事件が読者に開示され、事故か他冊かそしてその2つの事件がどのように繋がっていくのかという点と、殺されたであろう鈴木陽子というひとりの女性の歩んだ転落人生について順を追って語られて行きます。
この2つのバランスが読者にとってもテンポが良く、目を背けずに読むことが出来ます。
陽子のどの部分がはたして転落を余儀なくされたのか、まあ母親の愛情の注がれ方が希薄だったのが大きな要因だと思いますがそれで済ませたくもありません。でも世の中には両親が揃ってなくても真っ直ぐに育っている人たちもいます。
言い換えれば、社会のシステム自体が問題があって少ない確率ですが、陽子のような人物も落とし穴みたいに発生するという捉え方も出来るのでしょうか。途中、保険会社に勤めだしてからはやはりこうなったのであろうかと納得も行きましたが、描写がリアルで素晴らしいですが、日本の世の中難しい問題がおおいですよね。
貧困ビジネス、戸籍のシステム、保険金殺人(替え玉)など。
個人的には、陽子とは対照的にあまり過去が描かれていないけれど存在感の強い神代についても、なぜ彼がこのようになったのか知りたかった気がします。
そして、勘のいい人は気づいていたのでしょう、あなたという呼びかけで陽子という人物が語られますが、ラストの方で明らかにされます。こういったことが現実にあっては困りますが、現代社会に潜む負の部分(前述したシステムだけでなく人間の弱さも含む)が全部陽子にのしかかったように感じられます。
もう少しまっとうに生きて欲しいですよね。
少し弱かったのは、捜査を続ける奥貫綾乃刑事なのですが、刑事として女性として個性的な生き方だと言えるのですが、あまりにも陽子のインパクトが大きくて霞んでしまっているように感じました。書き忘れてましたが、陽子の母親は殺生な人とも取れますが彼女の夫(陽子の父)の責任と影響がかなり大きいような気がします。
現実社会であっては困る話ですが、小説としては非常に良くできていると感じます。次作以降も大いに期待したいと思っております。
評価9点。
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『海鳴り』(上・下) 藤沢周平 (文春文庫)2015.09.23 Wednesday
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本作の魅力はやはり現代にも通じる部分が読者に伝わるところだと感じる。家庭、夫婦、親子、仕事、そして男と女(人生と言った方がベターかな)について深く考えさせられます。男性読者目線で言えば、新兵衛の心情がとってもよくわかり共感できます。そしてほとんど間接的にしかわかりませんが、おこうという女性、やはり魅力的です。「蝉しぐれ」のふく、「三屋〜」の里江と並び称したい。
下巻に入り、新兵衛のおこうに対する気持ちはとどまることは知りません。私たちの住む現代社会においての不倫と江戸時代におけるそれとには、許されないという意味合いにおいては同じかもしれないけれど、江戸時代においては表ざたになれば死罪にもなるというほど命がけなことがらであった。上巻で口止め料を払った彦助が再び脅しを始めたり、あるいは長男が命を落とそうと試みたり、商いにも窮地に落ちていくのですがやはり読ませどころは新兵衛とおこうが密会を重ねるたびに交されるさりげない会話が、これで終わりかもしれないという緊迫感を含んでいてとっても印象的であるところです。ラストは賛否両論があってしかりですが、藤沢氏が描くとどうしても2人を応援したくなってきます。無事に水戸に着いたのでしょうか。犠牲が大きく前途多難だとは言え、2人の選んだ道に拍手を送りたいと思います。
タイトル名となっている海鳴りは主人公の心の不安を表現した言葉だと思いますが、読み終えて上巻の2人の出会いのシーンのページをめくると、やはり2人の出会いは運命であったということを強く感じた。人生に後悔なしということであろう。
評価9点。
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『痛みの道標』 古内一絵 (小学館)2015.09.15 Tuesday
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冒頭から主人公でブラック企業に勤め苦しむ達希がビルの屋上から飛び降りるところから始まる。そこに亡き祖父でありもう一人の主人公とも言える勉が孫を助け出し、祖父が戦時中に出征していたボルネオ島にある女の人を訪ねることによって物語は進んで行くのだけれど、プロローグに登場した2人の男女と彼らを追い詰める兵隊がどう繋がるか緊迫感のある読書となった。
途中に出てくるユニークキャラとも言える特殊能力を持った高校生の雪音やバックパッカーの真一郎も物語に彩を添えており、どういう着地点に収まるかハラハラドキドキの読書が余儀なくされます。
戦時中の軍人の理不尽さはブラック企業の上司のそれに通じるものがありますが、やはり戦時中とは辛さの質が違います。
最終的にはほぼ読者の期待通りに終わったと言えそうですが、途中で現代と戦時中を交互に描くことによりいろんな真実があからさまとなり、作者がいろんなメッセージをプレゼントしてくれたので満腹感のあるエンディングと言えそうです。
個人的には戦時中の狂気が平和となった現代にも通じる部分があって、戦争に関しては勝った方も負けた方もどちらも正義ではないという強い訴えが心に残っているけれど、たとえ戦争時に憎悪をも含めたわだかまりがあったとしても、赦すことによって前向きに生きることの大切さを語っているように思えた。それが達希のラストでの行動として顕著に出てきたように感じた。
彼は過去の日本を知ることにより祖父の十分な愛を受け取り、今後人生を上手く渡っていけると思います。
本作は語り継がれている実話を下にして書かれたものであろうが、下調べを十分にこなした作者の筆力の高さが顕著に表れた作品だと言える。今後他の作品も是非手に取りたい。
評価9点。
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『晴れたらいいね』 藤岡陽子 (光文社)2015.09.11 Friday
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彼女の作品の特徴である命の大切さが本作でも貫かれています。今年は戦後70年ということで戦争を題材とした作品の上梓が多く、そのどれもが秀逸であってメモリアルな年となったと感じている。リアルな描写のみで書かれたものが多いのであるが、本作は現代(ヘイセイという国という言葉が使われています)に生き看護師として活躍している高橋紗穂という女性が主人公で、入院中の95歳の女性を見回っている時に地震に見舞われ、気付いた時は戦時中(昭和19年)のマニラに戦地にて日赤から従軍看護婦として派遣されていた雪野サエにタイムスリップした少し奇を衒った作品とも言えます。
やはり時は流れていますよね、今は看護師という言葉が使われていますが当時は看護婦という言葉がピッタシで、紗穂は戸惑いつつもサエに成りすまし行動を共にしますがやはり転進の場面が圧巻ですよね。
彼女は命を粗末にしてはいけないということを訴え続けます、タイトル名ともなっているドリカムの歌を歌いながら周りを励まします。読者は知らぬうちに皆が生きのび、無事に帰還できるように願いつつページをめくります。ただ決して当時の人は命を粗末にしたわけではありません、お国のために捧げたのです。作者は当時の沢山の人が犠牲になったことを教訓として現代の平和があることを読者に訴えていると感じます。繊細なタッチながら読者にいろんなことを考えさせてくれる作者の作品は、とりわけ女性の立場から訴えていることが多いと感じます。
圧巻なのは自決用の手榴弾の使い方の練習を拒む主人公のシーンですね。ただ前述したように主人公はヘイセイという国が当時の人々がうらやむような国ではないということも伝えていたように感じます。そこが読者に対する訴えかけだと感じます。ラストが少しあっけなかったようにも感じますが賛否両論あると思います。凛とした女性達は素敵ですよね。藤岡陽子さん、ますます目が離せません。
評価9点。
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『まんまこと』 畠中恵 (文春文庫)2015.09.09 Wednesday
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町名主の跡取り息子として麻之助が主人公で身にふりかかる事件を解き明かしてゆくミステリー仕立ての連作短編集で、登場人物のキャラクターが頗る明確で読者にとってユーモア満載で温かくかつ心地よく感じられる。
現在第五作まで刊行されている本シリーズであるが、第一弾である本作では麻之助の縁談話が勃発し、彼を取り巻く人たちが一通り紹介されてゆくといった形で、仲の良い三人組の活躍と成長、サブキャラのサイドストーリー、具体的に言えば麻之助の父親の宗右衛門、清十郎の父親の八木源兵衛、両名主の子供を想う気持ちを語る編が是非読みたいなと思って本を閉じた。
お気楽な人生を歩んでいる麻之助にとって16歳の時のある出来事が彼の人生のターニングポイントとなったのであるが、本作の後半にそのほぼ全貌が明らかにされる。彼の二歳年上の憧れの人で現在は人妻であり親友清十郎の義母であるお由有に対する気持ちの表れと変化、そして寿ずとのという縁談相手との将来がどうなるか、各編それぞれの味わい深い話とともに主人公を取り巻く魅力的な人々との変化が読者にとって目が離せなくなる。
次作からはお由有のことを忘れるほど寿ずが魅力的に描かれているかを念願して読んでいこうと思っている。
評価8点。
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『春の嵐』 畑野智美 (講談社)2015.09.06 Sunday
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現実の世界ではこんなに人が好くってのし上がれるのであろうかとも思ったりしますが、読者にとっては人を笑わせることを生業としているひとたちの笑うどころではない深刻な悩みを抱えていてそれが読者にとっても人生の岐路における選択ということでオーバーラップしてしまい目が離せません。
本シリーズの軸となっているであろうメリーランドが売れっ子芸人になれるかどうかは、次作でのオーディションでの活躍で明らか になると思われますが、やはり本シリーズの魅力は立派な芸人になれるかどうかというよりも人生いかに悩みながら生きて行くかを様々な形で描写している点だと思います。
印象に残ったのは橋本と津田との恋の行方で前作同様、作者は津田ちゃんに手厳しすぎますよね。売れっ子になった津田ちゃんが有頂天になってはいけないということを知らしめてるのかもしれませんが、個人的には魅力的な女の子です。
あと、溝口が終盤に少し鹿島さんのことを意識しだした点も見逃せませんよね。それと書き忘れましたが不器用な三人組のナカノシマ、解散の危機を免れて胸をなでおろしましたが果たして中嶋君は千夏ちゃんのことしあわせにできるのでしょうか。なんとかしてあげて、畑野さん。そしてテネシー師匠の娘に対する愛情にも触れることが出来ました。魅力的な人物に囲まれ支えられているメリーランドの2人が羨ましくもあります。最後にはほっこりしたいというのが人の心というものでしょうが、まあ楽しみに次作待ちましょう。
評価8点。
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『メリーランド』 畑野智美 (講談社)2015.09.04 Friday
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その顕著な例として脇役たちの充実したサイドストーリーが繰り広げられていることが上げられます。一見華やかな世界であるがゆえに裏はいろいろありますよね。主人公格で本作のラストでタイトル名ともなっているコンビ名が決まった溝口新城コンビだけでなく、脇役の脇役と言って過言ではない「トリオ」で出てくるナカノシマの中島がバイトする映画館で働く古淵という女の子の視点で描かれているストーリーがほんとに秀逸で、凄くグッサリとする描写が繰り広げられて、読者もハッとさせられること間違いなく印象的な一編となりました。
あとはやはり鹿島と津田さんの2人の女性の描き方でしょうか。これは読者によっては捉え方も違ってくると思いますが、鹿島さんは作者の応援したくなる人物として、そして津田さんは作者にとって手厳しく描かれていると感じますが2人とも幸せになって欲しいなと思います。それ以外の人物もバラエティに富んでいて、次は誰が主役なんかと胸を高鳴らせながら読むことが出来ます。今後はインターバルとのライバル争いが勃発するのでしょうか、それともナカノシマの人気浮上があったりして目が離せません。
現在まで3冊の刊行でずっと続きがあればと思っています。近藤史恵さんの「サクリファイス」シリーズのようにもっと多くのファンが後押しすればずっと話を広げて書き続けることが作者も可能なのかもしれません。夢を持つことの素晴らしさと現実を知ることの厳しさの両方を思い知らせてくれる本作、未読の方は是非手に取って欲しいなと思っております。
評価8点。
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