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『陽気なギャングは三つ数えろ』 伊坂幸太郎 (祥伝社ノンノベル)2015.10.24 Saturday
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銀行強盗と言えば、本来は悪役なのであるけれど彼らが主役であって正義の味方であり、悪役を迎え撃つのである。そこからして常識を超えた奇想天外な内容なのであるが、4人組のそれぞれの個性が際立っていて読者にとってはそこに親近感を覚えずにいられなくなる。その親近感を覚える感覚が伊坂作品が読者を引き付ける魔法のようなものだと感じる。
そこには作者の精巧な伏線と達者なユーモアの世界が溢れていて読者が物語の中に没頭することは容易に想像できるのである。
読者も登場人物も9歳年を取ったわけであるが饗野の演説の楽しさは懐かしさも手伝って感激ものである。次に読めるのはいつのことであろうか、楽しみに待つつもりであるが、それまでに今回より若い頃の4人組を再体験したいなと思っている。
評価8点。
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『為吉 北町奉行所ものがたり』 宇江佐真理 (実業之日本社)2015.10.24 Saturday
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やっぱりこの安心感は格別ですね。途中で為吉が登場しない話もあるのですが、それはそれで読ませますが本作はやるせない話が多いかもしれません。例えば岡っ引きのやってはいけないような話などを交えていて、これは現代社会に通じるものがあると思えます。
そして新たな試みと言えるのでしょう、与力の妻など今までスポットが当てられていなかった人が中心となる話が盛り込まれています。
最後に下っ引きとなったいきさつが宇江佐ファンとしては、為吉の今後の成長が語られる場があると予想され嬉しい限りです。これはやはり人との繋がりの重要性を説いているように感じる。
亡き藤沢周平がそうであったように文は人を表わすと言いますが、宇江佐作品に触れるとやはり幸せな気分に浸れますよね、休筆期間もあったと言われていますが、今後も健康に留意されこれからも魅力的な作品を書いて欲しいなと切に願っています。
評価8点。
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『霧 ウラル』 桜木紫乃 (小学館)2015.10.12 Monday
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時は昭和三十年代、他の桜木作品と毛色の違うのは三姉妹がその土地の有力者と呼ばれるべき河之辺家の出であるところでいわば貧困感が一切ないところであろうか。
主人公格で次女の珠生は三姉妹の中で最もアウトロー的な生き方をしていて、花街の世界に飛び込みその後ヤクザに嫁ぐのであるが、小説の世界とは言え夫である重之の描かれ方は職業は別として魅力的に描かれていて彼の成り上がりストーリーとして読んでもそれなりに楽しめそうである。
一方、長女の智鶴は政界入りを目指す運輸会社の御曹司に嫁ぎ、珠生とは逆に計算高い人生を進んでいるが、やはり次女が家を飛び出したから抑圧されてる面も根底にあるのであるが、次第に男性(とういか嫁いだ家庭)を翻弄してゆく姿が珠生の翻弄されている姿と対照的である。三女の早苗は2人の姉の愛憎を両睨みして生きている姿が健気なように見えるけれど実は選択肢のない人生を歩んでいて儚いと感じる。
舞台が根室なのは根室半島の前に国後島が聳えて見え、登場する男たちの出自や根室を支配する人たちとの利権に関わるところが凄くタイトル名ともなっている霧のようであり、登場人物たちの運命に翻弄されそうであっても迷いながらも自分自身の意志で生きて行こうとする姿の象徴のように感じるのである。
物語全体として、他作に漂う貧困さが滲み出ていないために決して悲しくはないけれど、終盤に明らかになる珠生の夫や夫の愛人の行く末を受け入れながらも夫の愛人の娘を育てようとする珠生に、強い夫に対する愛情を感じた。要領の悪い人生だとも言えるかもしれないけれど、三姉妹の中で一番好きな人生を選んだのも事実で後悔はしたくないのであろう。
彼女の選んだ人生を応援してあげたい気がする。
彼女の人生は儚いけれど力強い。
評価9点。
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『紺碧の果てを見よ』 須賀しのぶ(新潮社)2015.10.08 Thursday
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本作が刊行されたのは昨年の12月ということで、今年戦後70年ということでラッシュのように上梓された戦争物がいわば、戦争の悍ましさを描き戦争の知らない大多数の読者たちに二度と繰り返してはいけないということと、今の日本の平和はお国のために命を捧げてくれた人たちのおかげであるということを強く知らしめてくれた作品群が私の知るところではほとんどであった。本作はこれらの作品とは趣が違っていて、戦争を舞台としたドラマという感じで描かれていてそこが斬新に感じたのである。
舞台が戦争時であるが主人公を中心と群像劇的な作品に仕上がっており、現代との対比やタイムスリップものでもなく、直球的な作品で勝負しているところがなんとも清々しく感じる。
海軍に入った兄鷹志とと彫刻家を目指した妹雪子の2人の兄妹の愛情が全編を通して貫かれ描かれていて、読み手によっては戦況の部分がやや退屈と感じるかもしれないけれど、他の戦争を題材にした作品は戦争が青春を奪ったというカラーで描かれているものが大半ですが、戦争は悲しいものだけれど戦争を通して愛をより育んだこと、すなわち人間ドラマとして本作を描いていると感じます。
本作では戦争に青春と夢を託した人たちを描き切っていて、もちろん死も多いけど決して悲惨さだけでなく精一杯生き切ったという世界が素敵です。やはり女性作家ならではのキャラクター造詣が素晴らしく、雪子とは対照的な人物の早苗を鷹志の妻として据えたところが当時の健気に待つ立場の人物の描写として的確だったと思います。
読み終えた後に、雪子が兄にあてた手紙を読み返すとなんとも感慨深く、生きながらえた人たちが戦後どのように幸せを構築していったか、それを想像するだけで胸が熱くなる。
作者について少し記すと上智大学文学部史学科卒で、ライトノベル系作品を経て近年近現代史をテーマとした大作だけでなくスポーツ小説などいろんなジャンルの作品を上梓、スケールの大きな作品を今後ますます期待できる作家だと感じます。少しずつですが読み進めていきたいなと思っています。
評価8点。
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