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『誤断』 堂場瞬一 (中央公論新社)2015.11.26 Thursday
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他のジャンルの作品群は推測するに熱き男たちが描かれているのであろうけど、本作は苦悩する男たちが描かれている。
大手製薬会社の現在と過去の隠蔽事件がサスペンスフルに描かれていて、ドラマでは広報部に所属して隠蔽業務を特命される槙田の苦悩が中心に描かれるのであろうけれど、原作においては槙田だけでなく、隠蔽を推し進める副社長の安城、弁護を受け持つ高藤弁護士の三者三様の苦しい生き様が描かれていて、それはまさしく幅広い読者層を持つであろう作者ががそれぞれの年代や立場の登場人物に自己投影を促しているかのようにも見える。
とりわけ正義という観点においては支持は出来ない安城であろうけれど、彼が40年前に同じことを経験したということを踏まえれば、合併問題を抱えた現在においては自身の出世や行く末を差し引いても愛社精神というものが常に去来していたということが容易に想像できる。
ひとつの読み方として書き留めておきたいことは、やはり40年前に通用したことが今は叶わなくなったという世の中自体の変化ということも読者は知らしめされるのである。
これは凄く読んでいて収穫があった点である。もちろん、隠蔽自体はあってはならないことであり、命の尊厳さに関しても捉えようによっては軽く扱われているようにも取れるけれど、どんでん返しもないエンディングが作者が表現できる最大限の正義が振りかざされていると感じた。
第一回のドラマ版を視聴しました。原作では登場しない槙田の恋人役(蓮沸美沙子)や安城の家族も姿を出し彩を添えていて、今後どのように展開されるであろうか興味が尽きない。
評価8点。
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『下町ロケット2 ガウディ計画』 池井戸潤 (小学館)2015.11.17 Tuesday
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舞台がロケットから医療機器(心臓弁)に代わり、命の尊さを念頭において読むと自然と佃サイドに肩入れ出来、熱くなって敵サイドの悪辣ぶりに対してまるで読者自身が立ち向かっていっているような気がします。
佃社長の人柄はもちろんですが、いろんな登場人物のサイドストーリーをイメージしながら“いろんな人生があるんだな”と思わずにいられないのですが、ドラマ版での活躍が素晴らしい帝国重工の財前部長の対応がやはりひとつの読ませどころのように感じられました。彼が佃製作所の窮地を救ってくれたと言っても過言ではありません。
あとはやはり桜田社長ですね、彼の出資しようという志が佃プライドの根底を支えていて感動のラストに繋がっていると感じます。その分お気に入りの殿村さんの登場は少なかったような気がしますが、次作まで(あるのか分かりませんが)気長に待とうと思います。
誠意をもって地道に志を持って生きることの素晴らしさを教えてくれる本作は5年前に出版された第1作とともに今後も読み継がれていくべき名作だと強く感じます。心が折れそうなときまた手に取る機会がありそうなのでいつでも手元においておきたいですね。
最後に中小企業とはいえ、社長の意志に賛同して信頼できる若い人間が育っているところは現実に目を向けてもずっと生きのびていくのではないでしょうか、たとえ特許がなくとも。
評価9点。
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『ここは私たちのいない場所』 白石一文 (新潮社)2015.11.11 Wednesday
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本作の主人公である芹澤に関しても少し変わり種ではあるけれど、やはり落ち着きがあるところが魅力的なのでしょうか。
幼い頃の妹の死をずっと引きずっており、彼が普通でない人生を歩むことを余儀なくさせているのであり、常に人生において振り返る習慣づけがされています。彼のポリシーは決して家族を持とうとしないことだと言え、仕事人間として生きてきたのですが、作者は物語の冒頭において大手食品メーカーの役員という肩書で仕事人間として生きてきた彼に対して仕事を辞するという試練を与える。彼は他の白石作品の主人公ほどではないが、それなりに過去に恋愛を経験はしているのであるけれど、職をなくするきっかけとなった過去の部下である珠美という女性と再会することによって再び色んなことを振り返りますが、その振り返りが前向きなものとなります。
珠美に関しては離婚問題の渦中にあって、こんな女なんかやめておけという気持ちも強かったのですが、読んでいくうちになんとなく二人は合うのだなという白石マジックにやられてしまいそこが心地良いのですね。
タイトル名についても考えたのですが、二人が踏み出すべきジャストタイミングであるという示唆的な意味合いだと捉えてますがどうなのでしょう。
評価8点。
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『空に牡丹』 大島真寿美 (小学館)2015.11.08 Sunday
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時代は明治の御一新に入ったころ、地方の名家の次男である可津倉静助の人生が語られるのであるが彼の人生とはタイトルと表紙が示している通り、花火に捧げた人生であった。
事実として身を持ち崩した人生であったけれど、彼の人生に悲壮感はひとかけらもなく、逆に充実したロマンのある人生であったように語られているところが花火のように儚げでもあるが、清々しいと捉えることができる。
一見すると単なる道楽者だとも捉えられる危惧もあるのだけれど、彼の時としてのほほんと生きる姿が周りに受け入れられるのは、やはり時代も相まって、花火の周りの人にエネルギーをもたらす効果が十二分にあったと推測できる。
あとは兄である欣市や幼なじみである了吉との人生におけるスタンスの違いが読者にとっては好印象である。良い意味でいわゆる花火以外では野心の一切ないところが彼の人となりを表わし語り継がれているようである。
少し余談になるけれど、本作では作者が本来描くのが得意であるはずの女性たちが脇役としてだけれど物語に深く彩を添えている。母親である粂、兄の嫁となった琴音、そして兄の愛人である葉。現在オンエアーされているNHKの朝ドラが同時代なので彼女たちひとりひとりにスポットライトを当てると深い読書ともなるのでしょう。
個人的には終盤に兄が失踪してから葉を訪ねる場面が印象的なのですが、葉と琴音どちらが幸せな人生だったのでしょうか作者いや女性読者にも聞いてみたい気がする。琴音にとっては静助の存在こそが彼女の強い忍耐力を維持させたような気がする。彼女の忍耐力は敬服に値すると強く感じた。
評価8点。
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『ギリギリ』 原田ひ香 (角川書店)2015.11.04 Wednesday
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作者は人間関係の微妙さを描くことが上手く、本作でもその才能を十二分に発揮していると感じます。
主要な登場人物はシナリオライターの健児、彼の再婚相手であり同窓生の瞳、そして瞳の亡くなった夫の母親である静江の3人で、5編からなりますが語り手が入れ替わっているところが読者にとっても目新しく感じます。
ポイントとなっているのは健児と静江が懇意にしていることと、その懇意にしていることがきっかけでシナリオの案が出来上がり後半は健児も忙しくなり瞳との間にすれ違いが生じるところですね。
それぞれ3人ともに共感できる点が折り込まれていて、作者の巧妙さが光る作品となっていますが、読ませどころはやはり人に頼ってばかりいてはいけないという自立を促している点だと強く感じます。その根底には男性目線で言わせてもらえれば、健児の人柄というか懐の深さが妻にも静江にも伝わり結末にも繋がったように感じます。
ありえない話のようでありますが、よく似たことが読者のまわりでも展開されているような気にもさせられ背中を押してくれる一冊となりました。作者の作品は4冊目となりますが、未読も含めて積極的に読んで行こうと思っております。
評価8点。
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