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『復讐屋成海慶介の事件簿』 原田ひ香 (双葉社)2016.01.28 Thursday
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タイトル名ともなっている成海慶介とはイケメンでセレブ専門の復讐屋と、最初は男性読者を敵に回したようなキャラ立ちだったけれど次第に慣れと彼の生い立ちが明らかになるに連れて、心地よさが伴って来ます。もちろん、相手役で主人公とも言える美菜代が強引に秘書入りするきっかけとなった出来事も滑稽であり、彼女が次第に能力を発揮して行って取りようによっては軽薄な慶介を引っ張って行くような姿が微笑ましくもありました。
原田さんらしいのはやはり復讐の仕方ですね、必殺仕事人とは真逆であり本作の凝った作りが如実に表れています。“復讐するは我にあり”という聖書の言葉が使われていますが、復讐しないことにより依頼人の事件を解決してゆきます。
その方法も慶介の前述した生い立ちが引き金となっており、彼に対する理解を深めることとなります。
ただ、原田作品に求める一本筋の通った読ませるストーリーを求められた方には物足りなさがあるかもしれません。逆に読みやすさという点ではエンタメ度高く一押しかだとも言えます。シリーズ化として2人の活躍を願う読者も多いのではないかと容易に想像できます。
評価8点。
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『空色の小鳥』 大崎梢 (祥伝社)2016.01.27 Wednesday
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本作は終盤どのような展開が待ち構えているかかなりハラハラドキドキの読書を余儀なくされましたが、「アッ、こう来たか」というラストがいかにも大崎さんらしいとも言える形なのでニヤリというか胸をなでおろされた方も多かったのではないかと想像します。
亡くなった義兄の忘れ形見である結希を母親の死後に引き取る敏也。彼には思惑があったのは大体予想通りだったのですが、やはり子供に罪はないというかタイトル名や表紙が物語っていることが作者の言いたいことだと感じます。
4人(敏也、結希、亜沙子、しーちゃん)にで暮らしている時の幸せ感が脳裡に焼き付きます。
この作品を読むと善意と悪意が描かれているのですが、意識的なものか否かによって捉え方も違ってくるように感じます。
そしてドロドロな人間関係の中で損得勘定のないしーちゃん、亜沙子の存在が非常に大きいと思います。彼らのおかげで敏也が大きな影響を受け、その結果として結希のしあわせを見込めたことだと強く思います。彼女の存在は世の中捨てたものじゃないと作者が教えてくれているように感じます。
評価8点。
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『羊と鋼の森』 宮下奈都 (文藝春秋)2016.01.25 Monday
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有体に言えば調律師である一人の若者の成長物語なのだけれど、読者の心を揺さぶることが間違いのないと感じるのは読者自身が誠実に努力して生きて行けば必ずいいことがあると、読後に切なさを通り越して他の作品では味わえないような清々しさを感じとることが出来る。
やはり主人公である外村のキャラ(特別な才能を持っていないけれど彼の生い立ちが起因している)が絶妙で作者の静謐で美しい文章が奏でるピアノの音色が読者にも響いてくる。ピアノの世界に入るきっかけを与えてくれた板倉や双子姉妹を初め、直接の面倒を見る柳など周りを固める人物の配置も絶妙。
読み終えた読者の大半が外村から学ぶ点が多いと気付く。少しの勇気と大きな謙虚さ、そして努力を怠らないこと。人生を切り開いて行くレクチャーを受けた気がする。外村がこの先、調律されたピアノを弾く人の幸せな姿が目に浮かぶ。人生にロマンは必要である。
嬉しいことに本作は本屋大賞にノミネートされた。本屋大賞の本来の趣旨から言えば大賞を受賞してもおかしくないというか、ふさわしい作品であると感じる。推測であるが、舞台が北海道ということで作者が北海道に移り住んだことがこの物語の誕生に繋がったのであろう。
作者にとって本作を上梓された意味合いは今後の作家人生にとっても大きいと感じる。これからも読者の心に響く物語を書いてもらいたい。余談であるが外村との関係も含めて、双子の高校生の女の子たちのその後の物語も読んでみたい気がする。
評価10点。
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『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』 古内一絵 (中央公論新社)2016.01.20 Wednesday
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そして作者の演出の素晴らしさは一編一編の背中を押してくれるストーリーだけではすみません。店主の過去の人となりと人間性に魅せられ、彼の現在進行形で侵されている病気が露わになりそして迫りくる立ち退きの話。果たしてマカンマランはどうなるのでしょうか、一気に読ませてくれますし、最早お店の常連客となったみたいな気分。最初は少し馴染まなかったお店の面々だけれど、途中からは個性的な彼らの魅力に負けてしまいます。あとは読んでのお楽しみということですが、是非続編が読めることを期待したいと思います。それにしても書下ろしでこのクオリティは高いと感心しました。最近疲れていてほっこり系の作品が好きな方には格好の一冊。
作者は映画会社勤務歴があって、活字を通してですがかなり映像的に読者に訴えかける文章が特長だと感じます。そして前作である『痛みの墓標』がインドネシアが舞台であったのがリンクしていると想像するのですが、綿密な取材を通して丁寧に一冊ずつ書かれているスタンスも好感が持てます。
評価9点。
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『鴨川食堂』 柏井壽 (小学館文庫)2016.01.11 Monday
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全6編からなるが、それぞれ依頼人が食堂兼探偵事務所である鴨川食堂を訪れるところから話が始まるのですが、やはり店主流とその娘こいしとのテンポの良い会話とグルメ通にとってはこの上ない食に関する描写が楽しい読書を誘発してくれる。
各地を訪れる探偵シーンがほとんど省略されている点が少しあっけないけれど、ドラマ視聴の予習的読書と割り切ればそれなりに楽しめる。四季の移ろいの描写や亡き妻に対する永遠の愛情にも満ち溢れている点も作者の気配りの高さを窺わせる。是非続編も手に取りたい。
第1回のドラマを視聴しました。何といってもショーケンこと萩原健一の流役の存在感が素晴らしいと感じる。これは地上波でもやって欲しいですね。こいしは原作では30過ぎだけれど忽那汐里だと20代前半で綺麗すぎるかも(苦笑)
エピソード自体は原作に忠実で設定をドラマ用に脚色されてますが、やはりグルメ通には涎の出るようなシーンが満載であり第一話で繰り広げられた桜の咲いている京都の映像を見ると、暖冬とは言え早く春が来てほしいなと思ったりもします。
心が癒され、そして京都に行きたくなる素敵なドラマです。
評価8点。
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『花酔い』 村山由佳 (文春文庫)2016.01.08 Friday
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実は本作より以前にも『ダブル・ファンタジー』という同系統の大作も書かれていて、少し読む順序を間違えたかもしれないのだけれど、いずれにしても直木賞受賞作品である『星々の舟』以降、毛色の変わった作品群を文藝春秋からは書かれていて幅広い年齢層の読者から支持を得ていると言っても過言ではないと思える。
さて本作ですが、官能小説なんだけれど上品な佇まいを維持しているといって良いのではないかなと思う。その一因として舞台が東京と京都という歴史のある街であることと、四季の移ろいを端正な文章で描写していることがあげられる。4人の男女(2組の夫婦ですね)が順番にそれぞれの気持ちを綴ることによって不倫が進行してゆきますが、読ませどころは自分の配偶者が陥っている姿をそれぞれが勝手に想像している部分が読者にとっては面白かったのではと思います。
ただ主人公役というべき結城麻子は4人の中でもっとも純粋に相手を愛しているように感じられ、逆に言うと罪深いのかもしれませんがその捉え方が読者に委ねられていて作者の余裕を感じたりもしました。
麻子と対照的な桐谷千桜は幼い頃の体験のトラウマを引きずっており、性癖が段々とエスカレートして麻子の夫を翻弄してゆくところが最も読ませどころかもしれません。2組の不倫は方や純愛に近い部分に、方や肉欲に陥っている部分に特化されてとても対照的であって、どちらが正しいかは別として、夫婦のあり方や価値観について大胆な考察を施した読み応え十分な作品だと捉えています。
評価8点。
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『希望の地図 3・11から始まる物語』 重松清 (幻冬舎文庫)2016.01.04 Monday
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イジメや不登校に関する小説ネタは作者の最も得意としているところであるけれど、本作を通してイジメに苦しむ少年の心が緩和されてゆく過程が描かれているのは、これからの日本を背負って立つ子供たちに対する作者の期待の気持が伝わってくるのである。
文庫本には事故直後の写真と三年後(2014年)の写真が掲載されていて、その三年間の間のたゆまぬ努力の結果が画像でも読者に迫ってくるのであるけれど、小説では表現できない作者の心のこもった部分を垣間見ることが出来ます。
最も感動的なのは、やはり絶望的な気持ちで生きてきた少年光司が自分よりもっと絶望的な窮地に立たされた被災地の人々が、ひたむきに希望を捨てずに生きている姿を見て徐々にではありますが変化を遂げてゆく姿だと思います。
そして例えばこの本を読んでいる読者層で言えば、お子さんがイジメにあって苦しんでいる親御さんの世代も多いと思われます。きっと本作を読むことによって痛みや苦しみが緩和されたことだと思います。
印象的なのは石巻日日新聞の壁新聞、そして映画にもなったフラガールの新たなる苦難等々。
今回、仙台旅行の道中に本作を読んだのであるけれど仙台空港の当時の写真が生々しく飾られていて胸が熱くなった。この気持ちを日本人の一人として忘れてはならないと肝に銘じたい。3月11日が近づけば再び手に取りたいなと思う。
評価9点。
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