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『わたしの宝石』 朱川湊人(文藝春秋)2016.02.29 Monday
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もっとも印象に残ったのは「ポコタン・ザ・グレート」。主人公の柔道が強い女の子のキャラが最高に憎めないのはもちろんのこと、当時の世相を反映してくる題材が素敵の一語に尽きます。たとえば“チッチとサリー”。恥ずかしながらクスッと笑ってしまいました。あまりにもポコタンに似つかわしくないので・・・、逆にチッチとサリーに関して知っているからこその感情です。そのあと「燃えよ剣」で新選組にとりわけ沖田総史にはまりますが、実は父親は近藤勇に似ていてということです(笑)その後、感動的で勇敢なエピソードが待ち受けています。まあ読んでのお楽しみですね。
他はこれまた天地真理の曲名でもある「想い出のセレナーデ」も感動的な結末が印象的ですが、作者の昭和というかあの頃に対する蘊蓄の深さは、誰しも戻りたくとも戻れないだけに深い読書体験となっていつまでも残るのだと感じます。
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『武道館』 朝井リョウ(文藝春秋)2016.02.27 Saturday
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彼女にはアイドルになるという夢があったのであるが、ずっと同じマンションで住んでいる大地という憧れの存在がいて、どのくらい好きかと言えば両親が離婚する際に父親を選ぶのであるが、それは父親がの方が好きというわけではなく、父親を選べば大地の近くに住むことが出来るが故の選択である。彼女のその気持ちは全編通して根付いていて、読者をも納得させてしまうのである。確かに恋愛は禁止という若い女の子にとって非常に苦しい状況が待ち受けているのであるし、やはり生身の人間であり青春真っ只中の女の子なのですね。個人的な捉え方かもしれませんが、アイドルは演じるものであってそれを割り切って出来る人が成功するのでしょうね。
いろんな犠牲を払ってもアイドルになりたいのかどうか、途中で挫折する人もいれば、なりたくてもなれない人がいます。ネットという簡単にバッシングが出来るメディアがある現代においては、本当にアイドルも強い精神力が必要です。ちょっと冷めた感じ方かもしれませんが、アイドルという人たちが身近に感じられる一冊です。彼女たちの女の子らしい本性を見事に描いた作者の感性に脱帽ですよね。
本作は予想通りといっていいのでしょうドラマ化されていて現在オンエアー中。少し設定がちがうのですがよりリアルになっています。NEXT YOUを演じているjuice-juiceのメンバーはどう感じているのであろうか。映像化されるとどうしてもいずれにしても多様性が当たり前の世相なので、いろんなことに悩むのは若さの特権なんだなと感じます。
評価8点。
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『風の丘』 カルミネ・アバーテ(新潮社)2016.02.20 Saturday
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時代が第一次大戦前後からと長い年月に渡るのでイタリアのファシズムなどの勉強にもなり、戦争に苦しんだのは私たち日本人だけではないということが身に沁みます。
作中に考古学者パオロ・オルシという実在の人物を登場させたのが亡き英雄に対するリスペクトの表れが如実に出ており、作者の南部出身いわば同郷小説ということも相まって成功を収めていると感じる。
いろんなことが起こりますが、四代に渡って家系の固い結束が表れているのが安心した読後感をもたらせていると感じます。そのあたりミケランジェロのの命名が父の亡き兄弟から取った名前であることが象徴されています。
いわば語り手である四世代目の“僕”(リーナ)が父、祖父、曽祖父の良い意味での自慢話を繰り広げている体裁をとっているとも言え、ロッサルコの丘が彼らに強い意志を与えて彼らの人生の希望となっています。
印象的なのはやはりソフィーやリーナという我慢強い妻たちでしょうか。ミケランジェロの妹のニーナベッラの熱さも圧巻ですよね。故郷の良さを忘れがちな私たち日本人に必読の一冊だとも言えます。
関口さんの訳も素晴らしい。カンピエッロ賞受賞作品。
評価9点。
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『ロゴスの市』 乙川優三郎 (徳間書店)2016.02.19 Friday
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直木賞作家ながらも、時代小説という兎角敬遠されがちなジャンルのためにセールス的にも少し伸び悩んだ感も否めなかったのだけれど、根強いファンがいたのも事実で作者が現代小説に挑戦した時にはがっかりした人も多かったのではないかと想像する。
先輩である偉大な山本周五郎と藤沢周平を足して割ったような作風であり、文章に関しては先輩たちよりもより端正さ・静謐さが増していると感じていたけれど、寡作であるのとエンタメ度が足りなかったのがセールス面で苦労した要因かもしれない。
本作は現代ものの4作目であって評判が良いので初めて手に取ったのであるが、評判に違わぬ傑作であると断言したいと思う。
まさか、作者からジュンパ・ラヒリの作品についての蘊蓄が聞けるとは夢にも思わずとっても感動的な読書となり、山本氏や藤沢氏の現代もののような違和感は全く感じなかった。
逆に本作を読んで作者の過去の時代小説に挑戦してより作者の凄みを味わってほしいと感じる。
過去を振り返った青春恋愛小説の形態をとっているけれど、翻訳と同時通訳についての作者なりの大いなる奥の深い考察が積み重ねられていて、本が売れにくくなった時代の実態を知るとともに重みのある読書となった。
男性読者サイドから言わせてもらえば、ヒロイン役のせっかちな悠子が素敵であり、のんびりな弘之を自分に置き換えて読むと楽しくもあり儚くもある。
2人が結婚して生活を送っていたらどうなったかは定かではないけれど、お互いが同志のように励みにし合って成長していく過程は印象的であり、決してすれ違っていたわけではないとわかるラストのサプライズを堪能してほしい。
前述したラヒリだけでなく、向田邦子に対するリスペクトも作者ならではのもので、現代小説においても十分に一流であることを証明した。翻訳小説が好きな方には是非一読して欲しい作品である。
評価10点。
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『帝国の女』 宮木あや子 (光文社)2016.02.08 Monday
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帝国とはテレビ局の名前であって、そこが舞台としての5人の女性たちのぶったまげた働きぶりの圧巻の物語です。
登場するのは帝国テレビに勤める貞江(宣伝部)に麻耶(プロデューサー)、同局のドラマの脚本を書いている多恵子、女優のマネージャーの一葉、テレビ局の記者の清美の5人。一見華やかなように見えるテレビ局ですが、華やかであるが故に競争や軋轢も激しくまるで戦争状態です。その戦争状態的な部分がタイトル名ともなっている帝国という言葉で象徴させているのかどうかは、作者に聞いてみなければわかりませんが、5人ともがそれぞれ超個性的であり、見ようによれば節操がない毎日が読者にとっては滑稽でもあります。共通しているのは恋愛そっちのけで仕事をしているということでしょうか。とりわけマネージャー役で最もその出自が奇抜である一葉の存在が気になり読み進めていたのですが彼女の魅力は表面的には自分自身の壮絶な人生を外部に見せない所に尽きると思います。
書下ろしでもある最終章のまとめ方が作者の際立った表現力の集大成的な部分でもあると思われ、凄く楽しいエネルギー補充読書となりました。是非他の作品も手に取りたいと思ってます。
ご存知の方が多いと思いますが、作者は多数の人気作家を輩出している新潮社の「女による女のためのR-18文学賞を映画化もされた「花宵道中」にて受賞、その後も躍動感あふれる文章で多くの読者の共感を得ています。
評価8点。
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『十字架』 重松清 (講談社文庫)2016.02.04 Thursday
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『とんび』が究極の親子愛(家族愛)を語った作品であれば、本作は読者に人生に向き合うことの大切さを訴えた究極の作品だと言え、読者の胸にズシリと響くのである。
本作は他の作家が一般的に描きがちなイジメ死に対する社会的な発生原因の考察や、イジメの悲惨な描写やそれに対する家族の苦悩を描くシーンはほとんど皆無であって、イジメ苦により一人の中二の少年が自殺し、遺書が残されるところから物語が始まる。
遺書に親友と書かれたユウが語り手で紡がれてゆくのであるが、彼以外にも迷惑を掛けた(自殺した少年の片思いの相手)と書かれたサユリと、彼ら二人と対峙する自殺した少年の両親と弟との関係が描かれて行く。いわば自殺した当事者の周りの人間がタイトル名ともなっている十字架をいかに背負って生きていくか、それぞれの立場で描かれているのが素晴らしいと感じる。
最も感動的なのは、主人公が“あのひと”と語っている自殺した少年の父親に対する気持ちというかわだかまりが、自分が成長して結婚して子供が出来、年を重ねることによって氷解してゆく過程がじーんと来ます。
当初はユウもサユリも被害者的な見方が出来、同情しながら読み進めた読者も多かったとも思えるのだけれど、そこが重松氏らしいところでもあって、決してイジメの当事者に対してはあまり触れず(ある程度は触れていますが)にユウとサユリが約20年背負った十字架の重さを読者に描くことによって、イジメを見て見ぬふりをしている現状を打破して欲しいという気持ちを強く感じます。
そういった意味合いにおいても、途中で恋人関係にもなるユウとサユリがお互いを意識しつつも別々の人生を選択するところが切なくもあるけれど妥当な着地点のつけかただと感じました。
彼らにとっては苦しい人生だったかもしれませんが、より成長出来た人生だったとも言えると信じたいです。
本作は単館系で2月6日より公開、主演は小出恵介と木村文乃です。
評価9点。
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