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『つまをめとらば』 青山文平 (文藝春秋)2016.03.30 Wednesday
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時に頼もしく時に微笑ましくも感じられる女性たちが、ややもすれば現代にも通じるところがあり、大多数の男性読者が自分の過ぎ去りし人生に邂逅した女性たちとの似た点にニンマリしたり、懐かしく感じたりすることによって満足度の高い読書を堪能できる。
どの編も大きな心を持って生きる女性が描かれているのだけれど、現代ではしたたかと取れるような部分であったとしても、時代が江戸だと慎ましいと感じてしまいます。「つゆかせぎ」の銀や「乳付」の瀬紀、皆芯が通っています。それに引き換え男性陣は試行錯誤というか窮屈な生き方が多いのですが、その苦悩が読者にとっては心地よく感じると思います。とりわけ本作品集においては男同士の友情が語られるシーンが多いです。
作者の魅力は他の時代小説作家よりも、時代に密着感がなくて適度にウィットに富んでいるところ。言い換えれば、現代に照らし合わせやすい点であると感じ、その当たりは遅くにデビューを果たして一気に直木賞に上り詰めた年輪を感じたりしますね。他の作家よりも説得力のあるというか、安心して身を委ねらそうで藤沢周平などの偉大な作家の作品が新作で読めない今、最も期待できそうな作家のひとりであると言えそうです。
評価9点
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『田嶋春にはなりたくない』 白河三兎 (新潮社)2016.03.27 Sunday
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やはり田嶋春という風変わりというか個性的というか、一般的には関わりたくないキャラのヒロインに対して読者がどういった気持ちを持つことが出来るかが本作を読んでの評価につながることだと思われます。
ヒロイン(タージという綽名です)自らの語りは間接的で、すべて各編の彼女を取り巻く男女によって語られているのが洒落ていて、作者の文体やハイセンスな言い回しは心地よいのだけれど、かなりケアフルに読まなくてはどこがどうだったか肝心な部分を読み落としたりする可能性はあると感じます。
本作のような作品は二度読めば、ヒロインをよりもっと可愛く感じ、ふむふむといった具合に作者の意図もよくわかるのでしょうが、大多数の読者同様、二度読みは時間的には許されませんよね。結果としてはなんとなく楽しめたという、映画館で途中に少し寝てしまったような読後感になってしまったことに反省している次第である。
評価8点。
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『朝が来る』 辻村深月 (文藝春秋)2016.03.24 Thursday
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育ての母親と産みの母親の苦悩を描いた作品であり、どちらの苦しみも圧倒的な筆力によって読者に知らしめてくれるところが素晴らしいのですね。
通常の作品であれば、どちらかにスポットライトを当てているのでしょうが、本作に関しては最終的には子供である朝斗の幸せが達成された感じの流れで書かれている。
そこに至るまでの過程は生々しく読者にとっても辛いものであるけれど、結果として納得のいくエンディングが待ち受けているので頗る読後感が良くなっている。
やはり実母のひかりと養母の佐都子との対照的な描かれ方が印象的である。冒頭で朝斗にかけられた嫌疑を疑うこともなくひたすら息子を信じ愛情を余すところなく降り注いでいる栗原夫婦。まさか養父母だったとは驚きでしたが、彼らが息子を返してほしいと同時にお金を要求されたことで実の母親ではないと言い切ったところが、受け渡し時に会って常に感謝の気持ちを忘れずにいた(作中では広島のお母さんという言葉が使われています)ところが朝斗を実の子以上に大切に育てている証だと感じます。
第三章以降はひかりに共感して読まれた読者が多いのであろうが、彼女の残りの人生も朝斗の幸せを願って生きることによって必ずハッピーなものになると信じて本を閉じた。
評価9点。
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『やがて海へと届く』 彩瀬まる (講談社)2016.03.17 Thursday
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親友であるすみれを震災で失ってその後ずっと喪失感を持ったまま生きている主人公の真奈。彼女の気持ちを変え、前向きにするのに作者は3人の男性を登場させます。すみれの恋人であった遠野、店長で自殺する楢原、そしてやがて恋人となる国木田。楢原に関しては少し分からない点はありますが、遠野や国木田の気持ちや生き方は男性読者としても理解できます。楢原の死と国木田の存在が真奈にとって単に喪失感を引きずった人生だけに留まってるだけでなく、再生して前に向かってゆくことの大切さを説いて行きます。途中、すみれとの過去の思い出や、すみれが遭遇したであろう震災のありさまも語られ、読者の脳内は葛藤に溢れますがやはり着地点のつけ方が読者にとっても納得の行く形だったと感じます。
印象的だったのは、終盤に明らかにされる女子高校生2人組のエピソード。主人公が高校生に勇気づけられただけでなく、作者の気持ちを代弁すれば、10代の多感な年代の読者に本作のような作品を読んでいただいて少しでも思慮深さを養ってほしいなと思ったりもします。
若い世代が決して忘れてはならないことですからね。
少し脱線しましたが、静かな記憶に残る一冊となりました。作者に感謝です。
評価8点。
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『満願』 米澤穂信(新潮社)2016.03.07 Monday
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各編全く無関係であるにも関わらず、それぞれがクオリティの高い力強い作品であることは殆どすべての読者が体感できることだと思われる。共通しているのはラスト付近にて読者に対してサプライズともとれるどんでん返し的な部分が含まれていて、大体予測はしているものの大概が作者が読者の一枚も二枚も上手であるところがミステリーを読むにあたっての醍醐味であると感じる。
特長としたら読みやすい文章で描かれつつも、凄く深みのある話が多く、人間としての尊厳や矜持が描かれていつつもやるせなさが充満しているところが印象的です。
全6編中、どの編がベストかアンケートをとってもかなり割れそうな気配がしますが、個人的には冒頭の「夜警」でしょうか。横山秀夫ばりな硬質な文章に男としての矜持が描かれていています。あとは少し意外かもしれませんが「柘榴」ですね。これはイヤミス的な作品で女性の末恐ろしさを堪能出来ます。何年か経ってもこの女性たちが描かれていたということは覚えていると思います。
この後味の悪さは全6編中でも飛びぬけていて、それを男性作家が書いたということで大いなる拍手を送りたいと思います。
評価9点。
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『永遠をさがしに』 原田マハ(河出文庫)2016.03.02 Wednesday
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その人は真弓という名で、最初は母親らしくないところが目立っていたのですが、そのうちに彼女の本当にこの人ほど不幸を背負った人はいないんじゃないかということが露わとなり親睦が深まります。そして母親と真弓との関係などが明らかにされますがこのあたりはマハ節全開であり、作者の独壇場と言ったところでしょうか。
少し出来過ぎ感もあると思いますが、この心地よさは原田作品ならではのものとも言えます。個人的には真弓の個性派キャラはもちろんのこと、和音のクラスメイトの文斗や朱里の暖かい存在が彼女の背中を押したことは間違いなく、爽やかな読後感を満喫することが出来ます。
評価8点。
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