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『オーディション』 畑野智美 (講談社)2016.06.29 Wednesday
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特長としてあげると、まず読みやすい文章、他の作家では扱っていない分野であること、語り手が章ごとに代わるので視点が目新しくかつどの語り手にも共感できる点。
タイトル名どおり、いよいよオーディションが開かれます。個人的にはナカノシマの三人組には肩入れしてしまいます。七話中三話が彼らが語り手を担当するところがやはり特筆すべき点だと感じたのだけれど、第四弾に関しては彼らが主人公と言っても過言ではないように感じます。
それはやはりメリーランドやインターバルよりも苦労を積み重ねていて、後がない感が読者にも伝わるのでしょう。そして漠然とですが、同じようなコンビやトリオが現実にもたくさんいるのでしょう、そして彼らもバイトと掛け持ちしてある人は家族を養い日々を過ごしているのでしょう。
一見華やかな世界のように見えますが決してそうではありません。笑いの陰に涙があります。そして読者に伝わってくるのはオーディションを通してそれぞれの語り手(今回は三組七人の男たちです)が結果を踏まえて成長していく点が清々しくもあります。
今回は大半の読者の期待通りの話の運びでしたが、いつも作者が手厳しい津田さん視点の話がなかったのが寂しかった気がします。対照的な人物として描かれているマネージャー鹿島さんの成長が著しいだけに次作での津田さんの心情吐露を楽しみとします。
評価8点。
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『近いはずの人』 小野寺史宜 (講談社)2016.06.17 Friday
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主人公の北野俊英は33歳で数か月前に妻を交通事故でなくして意気消沈の日々を送っているところから物語が始まります。妻の遺品となった携帯の暗証番号を毎日ビールを飲みながら打ち込む毎日だったのですが、その後暗証番号が判明後、いろんな秘密が露呈され彼の人生や価値観も変わってきます。
やはりこの物語は夫婦のあり方を問うていると思います。良く知っているようでいて元々は他人である夫婦ですが、自分自身の落ち度にどうしても甘くなっているのが普通かもしれませんね。男性読者サイドからして、俊英というのはかなり現実的というか等身大キャラだという認識を持って捉えることが出来、亡き妻の浮気(?)相手を探るシーンなどもかなり同情かつ共感しながら読むことが出来ます。そしてラスト前のバドミントンのシーン、爽快感にあふれています。捉えようによってはモヤモヤ感の残る読書かもしれませんが、作者が敢えて読者にバトンを委ねたという捉え方が妥当なのかなと思います。
実際同じ立場にたったらかなり苦しいこと請け合いだと思われます。ほんのわずかかもしれないけれど、勇気を踏み出す大切さを教えてくれた一冊だと思われます。他の作品も機会があれば読んでみたいなと思っております。
評価7点。
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『世界の果てのこどもたち』 中脇初枝 (講談社)2016.06.09 Thursday
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本作は他の戦争を題材とした作品とは一線を画し、真っ向から取り組んだ正統派作品であり、それゆえに本屋大賞にノミネートされた意義は大きかったと感じる。その理由はやはりフィクションなれど圧倒的にリアルな作品であり、教科書では教えてくれないことが詰まっているからだと感じる。作者の圧倒的な筆力に読者も情景を目に浮かべながら読むことを余儀なくされ、他の作品では味わえない読書体験ができるのは圧巻である。
本作の素晴らしい点は、戦争を側面的だけでなく大きく捉えている点であると感じる。子供に罪をないのはわかりきったことであるが、それにしてもおむすびを分け合うシーンが印象的というか非常に強烈で、まるで映画のワンシーンのようにいつまでも脳裡に焼き付いて離れないことであろう。
満州で知り合った3人の女の子たち、それぞれの人生は中国残留孤児となった珠子、人種差別を受ける美子、空襲で家族を失った茉梨と波乱万丈な人生を進んで行くのであるが、苦しいことがあっても友情に結ばれ、それを糧にして生きてゆく儚げな女の子たちに感動は禁じえない。
歴史を知ることは本当に難しいと感じる。本作は戦争の惨さだけでなく儚さを強調したところが素晴らしいと感じる。友情を育み、懸命に人生を生き抜いた人たちがメインとして描かれているけれど、生きながらえなかった人たちの印象も強く忍ばせている。
先日オバマ大統領が広島を訪問されたことが、再々読のきっかけとなった。本作は戦争の悲惨さと人を思いやるべきことの大切さの両方を謳っている。私たち現代に生きる人間は、今の幸せを噛み締めながら1日1日を大切に生きなければならない。
評価10点。
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『テミスの休息』 藤岡陽子 (祥伝社)2016.06.04 Saturday
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前作『おしょりん』は大正時代の伝記作品を描き作風が広がったと感じたのであるが、本作は作者の正攻法的な作品であると言え、個人的には現時点で代表作と言っても過言ではないのではなかろうか。舞台は横浜にある小さな法律事務所で、現代社会に潜む問題点を抉りつつも弁護士と事務員との言わば年齢は重ねているけれど淡い恋愛模様が描かれていて、じれったさが心地よく読者としては2冊分の読書を楽しませてもらったという気持ちにさせられる。
まるで作者の人柄が登場人物(涼子)に反映されているように感じられ、芳川の方は理想の男性像とも思われます。
作者の魅力はやはり誠実に生きることの大切さを謳っていて、他の作品でもそうなのですが本作では特に感じられました。印象的だったのはやはり弱者に対しての暖かいまなざしなのでしょうね、こんな弁護士事務所現実的には存在しにくいのかもしれませんが、依頼人も後悔はしないところが素敵です。
とりわけ涼子の息子の友達の母親の再婚相手のとった誠実な行動がとっても印象的です。あとはとんかつ屋の大将、なかなかやりますよね。
本作品で描かれている芳川事務所は『ホイッスル』にも登場していて、未読の方はそちらも読まれることをお勧めします。とにかく芳川と涼子の幸せを願ってうるうるして本を閉じたことを書き留めておきたい。まるで幸せをお裾分けされた気分に浸れる読書であった。
評価9点。
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『大きくなる日』 佐川光晴 (集英社)2016.06.02 Thursday
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中心となるのはやはり横山太二一家で、物語の初めは保育園卒業でしたがラストは中学校卒業ということでほのぼのした語り口ですが、親子の愛情だけでなく社会問題にも言及したところが読ませるところだと感じます。
とりわけ印象に残ったのはフィリピンから日本で住んで運動会を体験する「水筒の中はコーラ」、少年サッカーチーム内での問題を描いた「どっちも勇気」などでしょうか。作者の描写する物語の根底には世の中に対する肯定的な優しさというものが常にあって、読む終えたあとホッとするところが特徴だと感じます。
本作は小学生高学年ぐらいのお子さんからも読解可能だと感じます。是非親子で手に取っていただけたらと思います。それが作者の願いでもあろうと感じますので。
評価8点。
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