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『家族のシナリオ』 小野寺史宜 (祥伝社)2016.07.22 Friday
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物語は一見普通に見えるのだけれど普通じゃない安井一家が描かれている。具体的に言うと、一家は夫婦と子供二人(男女)の4人家族なのだけれど、父親が離婚した元父親の弟(母親が離婚した夫の弟と再婚)であり、叔父→父親となった構図であります。
まあ一見平和そうに見えるのだけれど、母親がある日家族ではない男の人を看取りたいというところから物語が始まり高1で長男役の想哉が語り手となります。
通常、本作のような状態の家族はあくまでも家庭第一ということでしょうが、なかなかそうはいきません。元女優である血を引いた息子が難題を抱えつつも演劇に取り組み、見事成長を果たしてゆく姿は清々しく感じます。
読ませどころはやはり、母親が看取っている相手に息子や反抗期の妹が会いに行き交流を図るところなのでしょう。この交流が家族全体の結束を高めたことは明らかで微笑ましく感じられた方が多いのではないでしょうか。
一見いい人に見える叔父(現在の父親です)のAC/DCや息子のヒッチコックに傾倒している姿もユーモアと熱意に溢れていて、心地よい気分で本を閉じることが出来ます。作者の暖かいまなざしが十分に詰まった青春&家族小説を2冊読んだような気持にさせられる完成度の高い作品だと感じます。
評価8点。
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『虫たちの家』 原田ひ香 (光文社)2016.07.22 Friday
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九州の孤島にある「虫たちの家」というグループホームが舞台で、そこに住む女性住人たちは訳ありな人生を送ってきました。物語はそのグループホームにアゲハ親子が入所するところから始まり、テントウムシという古参の女性の視点から語られるのですが、十代であるアゲハの行動が気になり禁忌を犯してしまうテントウムシが愛おしく感じられたのは、グループホームに対する深い愛情の結果だったと同情できるか、それともやっぱり余計なことをしたからと突き放すかは読
者に身を委ねるところなのでしょうか。
途中で過去のアフリカにおける描写が出て来て、いったい誰のことなのかとその関連性を模索しながらのやや複雑な読書となったけれど、一男性読者としてはやはり彼女たち全体に対して共感は出来ないけれど同情の気持ちは禁じ得ず、幸せになって欲しいなと切に願ったところである。
ネットの世界の氾濫により、悪意がはびこりいろんな犯罪行為が増幅されているけれど、節度と良識を持っての利用方法を作者は切に訴えかけているようにも取れた。非常に評価のし辛い作品で読み手泣かせかもしれないけれど、作者の挑戦意欲は大いに称えたいし、後年にターニングポイントとなった作品であったと語られる日が来るのであろうと期待している。最後になったけれど、作者は女性読者に対して自分自身を見失うことのないように警鐘を鳴らしているのであろうと受け取っています。
評価7点。
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『ファミリー・レス』 奥田亜希子 (角川書店)2016.07.15 Friday
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作者の魅力はやはりそれぞれの物語の続きというかその後が気になる点でしょうか。読者に一任しているということでしょうが、そう感じるのはやはり読者に伝えたいという部分がしっかりとしているからだと感じます。個人的に印象的なのは冒頭のシェアハウスに住む毒舌の葉月さんと姉と絶縁中の希恵との秘密打ち明け話が素晴らしい、タイトルになっているファミリーレスという言葉のモチーフともなっているように感じられます。いわゆる家族でなはい状態であるけれど血の繋がりの捉え方の違いがここまで違うのかと考えさせられます。
男性読者としては働かずに絵を描いて結婚し、肩身の狭い思いをしつつも嫁の実家先にて家族に苦しみながらも触れ合ってゆく話もよかったですね。あと亡き双子の姉の娘を我が子同然に育て上げている話も印象的で、娘が家を出るというところから話が始まるのですが、父親役である叔父さんと母親である妹との接し方の違いが滑稽でもあり、家族以上に深く愛しているんだけれど親子の温度差の違いが露呈されていて、血の繋がりでは推し量れないけれど血の繋がりも重要なんだなと感じたりもします。それは離婚した娘に会いにいく男の話でも如実に表れていて、娘にどうしようもないことを言うのだけれど、何か先の人生において許されてほしいという期待感を読者に持たせます。
少し支離滅裂になりましたが、作者の懐の深さが文章に乗り移ったような短編集ともいえ、凄く斬新で現代的だと感じました。追いかけて行きたい作家さんです。
評価8点。
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『スティグマータ』 近藤史恵 (新潮社)2016.07.12 Tuesday
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早く読みたい気持と読み終えるのがもったいないという気持ちが交錯してハイテンションな読書体験が余儀なくされます。
前作『キアズマ』にて大学の自転車部を描き、斬新でもあってけれどスピンオフ的な作品という捉え方をされた読者も多かったことであろうと思われます。
そして本作、あのチカこと白石が語り手で最初から最後まで読者を誘ってくれ、いわばプロのサイクルロードレースの王道作品として堪能させてくれます。
舞台はヨーロッパ、ツール・ド・フランスのシーズンが始まるところから物語がスタートしますが、知らぬうちにチカもベテランの域に達しており、いつまで現役選手としてやっていけるのかという瀬戸際に立たされているという境遇が読者にとって驚きでもあり切迫感が伝わってきます。
日本から伊庭もヨーロッパに活躍の場を求め渡るのですが、伊庭の立場とチカ(アシスト役)の違いを心情吐露する描写が印象的です。
物語は冒頭でかつての偉大な選手でドーピングの事件を起こして今季復活を期するメネンコらの依頼がミステリアスでページを捲る手がとまりません。
本作の醍醐味はやはりサイクルレースの過酷さと実態(選手の役割)を的確な描写で行っている点で舌を巻いてしまいます。
メネンコを取り巻く事件の内容もハッとさせられる内容であったし、期待を裏切らない内容であったことは素晴らしい。
次はチカの恋愛を絡めた話や彼のイストワールのさらなる完成も読んでみたいが、本作でチカと再会できたことを作者に感謝したいなと思う。
このシリーズの最も凄いところは、再びシリーズを読み返したいという衝動に駆られる点に尽きるのであろう。
評価9点。
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『花舞う里』 古内一絵 (講談社)2016.07.08 Friday
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それだけ作者の情景描写が素晴らしく、まるで映像を浮かべながらページを捲っている自分にハッとさせられたのである。
主人公である潤が母親の実家の愛知県の奥三河に帰るところから物語が始まるのであるが、辛い過去を背負って帰ってきたということを読者は自分も同じように背負ってしまうのであるが、ある種の期待感、それは作者がどのように誘ってくれるのかというものですがこれは読書の醍醐味だと言えます。
都会の学校では体験できない周りの環境に最初は驚かされる日々でしたが、次第に辛いのは自分だけではないのだということ、つまり他の子供たちもいろんなことを背負っているということを知ってゆく過程が瑞々しく描かれています。いわば潤の成長というものを私たち読者が体感できるところが本書の一番の魅力だと感じます。
花祭りのシーンは本当に圧巻で他の本では味わえないような感動が待っていますし、女性読者ならば母親の息子への愛情が滲み出ている描写に遭遇する楽しみもあり、違った感動が待ち受けていると思えます。なかなか踏み出すことは大人になっても難しいのですが、前向きに考えることの大切さを想い起させてくれる良書だと感じます。
評価9点。
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『PTAグランパ!』 中澤日菜子 (角川書店)2016.07.07 Thursday
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自分は仕事一筋で一切一人娘の都の幼少時代を顧みなかったことを反省していく姿が見ものです。タイトル名からして勤が主人公のように感じますけれど、実際の主人公は3人の男の子を持ちパートしながら同じく副会長として悪戦苦闘する順子であると感じます。彼女と都との対比(働くママ対キャリアウーマン)が本作の読者層(女性が多いと想像します)からして興味深く読めることは請け合いだと感じます。
当初、険悪なムードに陥りますが、お互いがお互いを認め合い寄り添っていく過程が一番爽快感あって心地よいです。あとは劇作家もされている作者ですので会話がスムーズで読みやすく感じますよね。さりげなくですが現代社会の大きな問題点である、認知症(→介護の重要性)などにも言及して出世して働くことの意義をも考えさせられました。
会長役の結真もユニークキャラですが一本筋が通っていて印象的です。本作を読んで何が幸せなのか本当に人によって尺度が違うのだと痛感されたかたも多いんじゃないでしょうか。エンタメしているけれど(読みやすいという意味です)何かを考え掴み取れるような意義のある一冊だと感じました。小説現代長編新人賞を受賞し小説家デビュー、本作が4冊目の上梓ということで遡って挑戦したいと思います。
評価8点。
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『記憶の渚にて』 白石一文 (角川書店)2016.07.06 Wednesday
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それだけ物語自体が壮大であることが読者にとっても伝わるのであるが、それは物語自体が三部構成となっているところが大きいと思われる。
第一部にて語り手となる古賀純一、読者の大半が物語を通して彼が主人公を演じ、彼の人生哲学いわゆる白石哲学が語られると予想されたことだと思う。それが良い意味で期待が裏切られたところが、他の白石作品では味わえないようなスケールの大きさを感じるのである。
物語全体をミステリーテイストが漂っているのが特長である。登場人物ひとりひとりが謎に包まれているわけであるけれど、彼らひとりひとりの生い立ちがキーポイントとなっていて、いかに彼らが生きてきたか、先祖を遡って謎が謎を呼び、最終的にはピースのパズルが完結します。
その読み終えた時の爽快感は他の作家の作品では味わえないような感覚に満ちていて、それは裏返せば、誰も悪くなく一生懸命生きてきた証としてこうなったのだと読者に知らしめしてくれているように感じられます。その一生懸命さが読者の明日への活力となることは請け合いで、まさに作者が願っていることだと強く感じました。機会があればまた読み返したいと思っています。新たな収穫が得られると確信しています。
評価9点。
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『暗幕のゲルニカ』 原田マハ (新潮社)2016.07.01 Friday
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今回はタイトル通り有名なピカソの“ゲルニカ”について物語が語られます。実際にゲルニカが描かれた第二次大戦前後のパリと、9.11テロ事件が起こった頃のニューヨークとスペインが交互に描かれます。
個人的にはピカソがスペイン出身というのは知っていたけれど、ゲルニカがどのような経緯で書かれたとか、その後どこで保管されていたかなどは全然知らなかったけれど、作者に紐を解いていただいた格好となったのであるが、正直凄く勉強となった。
パリ編でのピカソが身近で読者にとっても馴染み安いのであるが、語り手であり彼を献身的に愛するドラ・マールが刹那的で素晴らしく感じる。ピカソにとっても辛かったパリ生活であろうが、彼女の支えなしではゲルニカの創作は出来なかったであろう。それは彼女がバルドという誠実な男とともにゲルニカを守り切ったから、深読みすれば世界に平和をもたらせたのであると感じる。
そして主人公格であるヨーコ、不幸にも最愛の夫を亡くしたけれど、悲しみに浸る間もなく彼女は自分の人生を賭けて"ピカソの戦争展"を開こうと奔走します。それが亡き夫への一番のはなむけとなるからです。でもさすがに一筋縄では行きません。しかしながら、ピカソがゲルニカを描いた時期の苦悩を誰よりもよく知っている作者の分身ともいうべきヨーコが、逆境をものともせずに道を切り開いて行きます。その姿はまるで近年なくならないテロに対してもひるんではいけないと読者に知らしめてくれ、読者にとっては勇気を与えてくれる極上一冊と言えそうである。
評価9点。
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