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『明日の食卓』 椰月美智子 (角川書店)2016.08.31 Wednesday
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女性にとって、子供というものの存在の大切さ・愛おしさを実生活で体験し、又これまでの作品で表現してきた作者の集大成的な本作はミステリーテイストも盛り込まれていて、最後にはハッとさせられる傑作である。
物語はまず冒頭でプロローグ的に描かれる母親が“ユウ”という男の子を殺めようとするシーンがあり、その後本編に入り3つの石橋家が交互に描かれている。共通するのは子供が小学三年生で“ユウ”という名前であるということ。家族構成や経済状況がそれぞれ違っているところが特徴であるけれど、一生懸命に生きていてそれなりに幸せであるというところが共通していて、読者としてはこのあとどう崩れてゆくのであろうか、どの家族が冒頭のシーンの家族であろうかと捲るページが止まりません。
どの石橋家の母親たちも、子供に対する愛情は並外れたものがあり、共感及び応援を強いられる読書なのだけれど、次第に崩れてゆく姿は目を背けたくなるほど苦しく、裏を返せば常に現実を直視している作者の想いが文章に乗り移って届けてくれているような気がする。印象的なのはフリーカメラマンをしている豊という名の駄目な父親、彼の子供に対する愛情の希薄さは滑稽さを通り越して、作者が世の子供を持つ男性に襟を正すように訴えかけているよにも感じる。
本作は前述したように冒頭の1ページのシーンがどの家族であるのかということが常に頭の中にあり、そのいわば謎解き要素が読者にとって目の離せない読書体験が楽しめる。いじめや認知症の問題にも言及していてとってもリアルであり、小学生のお子さんがいらっしゃる方が読まれたら、自分自身が3家族の中のどの石橋家に近いのかということを照らし合わせて読むことを余儀なくされるのであろう。私が感じるのはあくまでも3つの家族はモデルであって、作者は4つ目のモデルは読者自身の家庭なのかもしれませんと訴えかけているとも取れます。是非夫婦や友達同志で読みあって語り合って欲しいなと作者は願っているのでしょう。
作者はタイトル名にもなっている“明日の食卓”という言葉のように、世知辛い世の中だけれど常に幸せを模索して生きて行こうと私たちの代弁をしてくれているのでしょう。本作はとにかく心に響く物語であった。この夏素晴らしい本に出合えたことを嬉しく思います。
評価9点。
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『横浜1963』 伊東潤 (文藝春秋)2016.08.27 Saturday
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主人公は米国人とのハーフの警察官で国籍が日本人であるけれど外見は白人にしか見えないソニー。彼が理不尽な殺人事件を怖いもの知らずの如く追いかけてゆくところが読ませます。途中から出てくるソニーとは対照的な日系三世のショーン(外見が日本人で国籍がアメリカで米軍犯罪捜査部員)が捜査協力するところがやはり読ませどころでしょうか。互いの生い立ちは違うけれど、正義を貫くことの大切さは伝わります。但し、作品を通して敗戦国としての色合いが濃く、現代に生きる読者にとっては懐かしかったりあるいはお若い読者が読むと目新しくも感じるように思える。
ミステリー的には弱いようにも感じられるけれど、ケネディ大統領やベトナム戦争、あるいはボブ・ディランなど歴史の重みを感じさせる作品でもあります。2人の対照的な主人公を登場させることにより、日本側からもアメリカ側からも当時の世相が垣間見れるところが素晴らしいと感じ、深読みすれば作者は前のオリンピックの頃と現代の平和な日本との対比を読者に呼びかけているようにも感じられる作品でもあると言える。作者の歴史小説早速手に取ってみたいと思っている。
評価8点。
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『カッコウの卵は誰のもの』 東野圭吾 (光文社文庫)2016.08.22 Monday
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決して感情移入の出来る内容ではないし、読後感も良くないのであるけれど、安定感のあるストーリー運びは流石と思われます。
それにしても作者はスポーツやDNAに関する作品が多いですよね。男性読者としてはやはり、元オリンピック選手で血の繋がらない子供を娘として愛情を注いでいる緋田宏昌の苦悩はわからなくはないです。
娘の風美の立場から読んでみても捉え方は読者によって違ってくるであろうけれど、やはり宏昌夫婦に育てられてベストではないかもしれないけれどベストに近い部類だとは感じる。
物語のもう一人の主役と言っても過言ではない柚木ですが、初めは強引で嫌なキャラというイメージがあったのですが、次第に謎を解明してゆく探偵みたいな役割を演じたのには驚かされた。
あとは最初の脅迫者が誰であったのか、最後まで引っ張って読ませてくれますが、上条社長の過去の行動がすべての人を振り回している事実が情けないけれど、息子への愛情をは認めたい気はする。けれど、女性読者には上条社長を許せないという読者が多くても頷ける物語でもある。
タイトル名のセンスは流石で、宏昌がこれからも風美を実の親以上に愛してゆくのであろう。余談ですが、一流の選手は遺伝か努力かということが語られているけれど、今回のオリンピックを視聴して遺伝だけではなし得ないなと強く感じた。東野作品の未読本、ノンシリーズを中心に少しずつ読み進めたい。
評価8点。
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『裸の華』 桜木紫乃 (集英社)2016.08.11 Thursday
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作者の作品に登場する大多数の女性像はどこか不幸を背負っていて、運命に翻弄されながらも生きていく哀しい部分が読者の共感を呼んでいたのであるけれど、本作で主人公を演じるノリカは自分自身で人生を切り開いていく力強さを持っている。
ストリッパーとして生きて来た彼女も40歳となり骨折し踊れなくなり、舞台を諦めてダンスシアターを始めますが選んだ再出発の場所はストリッパーとしてのスタート地点である札幌。
札幌でのダンスシアターの一年が主に描かれているのですが、季節感が本当に出ていて素晴らしいと感じますし、いつもの桜木作品よりも前向きさが溢れていると感じます。
桜木紫乃が描くストリッパーは矜持に溢れていて、私たちがイメージしているものとは違って潔さが漂っていると感じます。ノリカのストリッパーとしての矜持が弟子となる2人のダンサーであるみのりと瑞穂を生き生きと描き出している点が本作の特徴であると感じます。
言い換えれば、若い二人がノリカをリスペクトする気持ちが作品全体を通して滲み出ていて、心地よいストーリーの流れを醸し出しているように思います。お若い女性読者が読まれたら、みのりと瑞穂のどちらかに自分自身を委ねて読んでみるとより味わい深く感じられますよね。
そして脇を固める竜崎や牧田、訳ありなのは他の桜木作品と同様ですが、彼らの存在なしではノリカやダンサーの成長は有りえません。
とりわけ竜崎との出会いは物語全体を構築する大きな部分であると感じます。あとはエピソード的にはノリカのファンであるタンバリンのオジサンの話が心に残りました。
本作は他の桜木作品のようなドロドロ感が影を潜めていて、やはり踊り子としての矜持が貫かれているところが素敵であると感じます。
読ませどころは、初めは2人の若い女の子に自分自身の夢を委ねていたノリカが気持を新たにしてゆく部分というか、彼女たちに覚醒されていく姿が読者に深く伝わる所だと感じます。
店を畳んだのは少し残念なようにも思いましたが、2人の若い女の子の将来のため=自分自身が踏み出すためだったのですね。
いつもの桜木作品では味わえないさっぱりとした感動を覚えました。
余談ですが、冒頭に出てくる宮越屋珈琲店ですが、本作を読み終えた直後に札幌に行く機会に恵まれました。とっても美味しいコーヒーを出すお店であります。次回以降も札幌を訪れるたびにコーヒーを飲むことになりそうです、本作を思い出しながら・・・
評価9点。
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『エスカルゴ兄弟』 津原泰水 (角川書店)2016.08.05 Friday
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タイトルともなっているエスカルゴ兄弟の“兄弟”とは実の兄弟ではないところがポイントとなっている。出版社をリストラさせられた実家が香川のうどん屋の次男で調理師資格を持つ尚登が弟役で主人公格、あと変人と言って過言ではないであろう写真家で実家が飲食店の秋彦が兄貴役であります。秋彦や妹役の梓に振り回されながらも生きがいを見出してゆく尚登の姿は他人事とは思えず、意地らしく応援しながらの読書を余儀なくされます。
決して自立心の強いタイプの人間ではないがゆえに、他人からも疎んじられずに生きてゆく様が要領良いのか悪いのか、ただ作者は暖かい手を主人公に差し伸べているように感じられます。
その顕著な例として讃岐うどんのライバルとも言える伊勢うどんを営む店で知り合った桜の存在が素晴らしいと言えます。とりようによっては彼らの関係は淡すぎてじれったいのかも知れませんが、私には微笑ましくかつ清々しくも感じられました。
その背景としてやはり食を徹底的に調べ上げた作者の尽力が、読者の食欲でなく(笑)、読書欲を掻き立てていることに尽きると思います。展開は大体予定調和的でしたが、血の繋がらない二人の男が実の兄弟以上に連帯感を持ち人間的にも成長してゆく姿は作中の食べ物の描写のみならず、読者を満腹にして本を閉じさせてくれます。
世の中の大半のことは為せば成るのでしょう。
それと、物語の背景となっている出版社のリストラ話、出版不況の一面をも描いており深刻でもあります、小説フリークの一人としてこれからも出来るだけ支えて行けたらなと思っています。、
評価8点。
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