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『みかづき』 森絵都 (集英社)2016.10.22 Saturday
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吾郎にとっては蕗子は血が繋がっていないが、他の2人の実の娘(蘭・菜々美)同様、いやそれ以上に可愛くてその気持ちが全編を通して貫かれている。途中でいろんな紆余曲折があるが、一筋縄ではいかないのが人生であるが必ず努力すれば報われるのであるということを教えてくれる。
全体を通して語り手が吾郎から千明、そして最後は蕗子の息子である一郎へと変って行き、時の流れを強く感じる作品であるけれど、当初補習塾の理念を掲げて始めた塾経営がやがてやむを得ずに進学塾へと変わり、また巡り巡って補習塾的なことを掲げているところが素晴らしい。ラスト付近で著者からタイトル名となっている“みかづき”という言葉の意味合いも明らかにされるが、それを知って離れ離れになっていた吾郎と千明はやはり志が同じであったということを理解できた。また、一郎の恋人が千明に似た性格であることは一目瞭然であり、微笑ましく感じられた読者も多かったのではなかろうか。そして私たち読者、とりわけ学校に通っているお子さんがいらっしゃる方は学校教育の意義を根本的に見つめ直すきっかけとなると確信しています。そう本書は感動だけじゃなく、実用書に負けないぐらい有益な一冊なのです。
評価10点。
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『うたうとは小さないのちひろいあげ』 村上しいこ (講談社)2016.10.21 Friday
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そこでの個性的な先輩たちと触れ合うことによって、塞ぎ込みがちだった気持ちが前向きになり、その前向きさが綾美の不登校までもを解決するというテンポも良く感動的な物語です。
ところどころに高校生たちの個性豊かな短歌が披露されていて、同じように定期的に綴られている綾美の引きこもりブログを中和して行ってくれます。最終的に綾美が前向きになるところが読者にとっても幸せいっぱいな気持ちにさせてくれますよね・
もっとも感動的なのは短歌甲子園の舞台でのやりとりでタイトル名となっている言葉の深い意味が読者の心に突き刺さります。
続編があるみたいで、個性豊かな登場人物とまた会えると思うと読まない手はありません。単なるYA小説のくくりでは収めたくない傑作だと思います。
評価8点。
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『犯罪小説集』 吉田修一 (角川書店)2016.10.16 Sunday
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犯罪に陥るのにも大きく分けて2パターンあって、環境などによってやむをえずに陥るものと自己制御できずに陥るものとに分けられると考えます。とりわけ印象に残ったのは後者の自己制御できずにずるずると落ちぶれていく人達であろうか。貧困や周りの環境により陥っていく犯罪は読んでいて同情の余地があるものの、家が裕福であったりあるいは栄光の頂点を極めた人間が落ちていく姿は、やむを得ない部分よりも自業自得的要素が強く読んでいてスリリングであり、作者の筆もひと際冴えている様に見受けられる。本作にて該当するのはバカラカジノに現を抜かす「百家楽餓鬼」、プロ野球一流選手から落ちぶれてしまう「白球白蛇伝」。男性読者としては、全く気持ちがわからないわけではないものの、決して肯定することが出来ないと結論付けざるを得ないところが抉られます。
ただ残り三編を押す方がいらっしゃってもおかしくありません。いずれにしても作者の人間の弱さをあぶり出す見事な描写は他の作家のそれとはステージが違うと感じます。出来れば全編を映像化して楽しませていただけたらと思います。一般的に白吉田作品と言われる『横道世之介』や『路』と合わせて読まれると作者の多才ぶりがより実感できると考えます。一体吉田修一はどこまで進んで行くのだろうか、今後ますます期待がかかります。
評価8点。
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『ミスター・ヴァーティゴ』 ポール・オースター (新潮文庫)2016.10.06 Thursday
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但し他のオースター作品とは少し毛色が違った作品と言えばそれも当てはまりそうです。
かいつまんで言えば一人の少年(ウォルト)の波乱万丈な人生を振り返った作品であるのですが、人生は決して甘くなくアメリカ社会の厳しさと自由さが身に染みて来る内容はオースターのストーリーテラー振りが開花された作品であるともいえる。
時は1927年、セントルイスで、両親を亡くして孤児となり、情のない伯父夫婦のもとで暮らしながらも、 街で小銭をせびるような生活をしていた9歳のウォルトは、イェフーディ師匠と出会う。師匠は13歳までに空を飛べるようにしてあげるという。
何度も脱走しようとする彼だけれど、苦難を乗り越え、師匠のみならずイソップやマザー・スーとの親交も深め目的を果たす。子供は決して甘く見たらいけないものだけれど、本作を読むと本当の愛の大切さを体感できる。それは血が繋がっているか否かではなく、子供(主人公)自身が懐疑的になりながらも、本当に自分を想ってくれるものの大切さを理解し成長してゆくからである。
彼の成長はイェフーディ師匠の愛情なしではありえず、本作自身も師匠の愛情の深さを最大限に描写したいという気持ちの表れだと感じる。それはタイトル名のヴァーディコ(めまい)、主人公が空中浮遊をやめた原因なのですが、彼がその後成功を収める店の名前にもなっています。主人公は過去の苦しいことを糧にして頑張って生きてゆきます。
彼が師匠に対して当初、愛情を懐疑的にとっていたのが彼のコンプレックスですが、そのコンプレックスが運命に翻弄される彼の転落や再浮上を演出しているようにも感じられます。
ただ本作は主人公が77歳まで描かれていて、過去を振り返る作品となるのですが主人公のような壮絶な人生だけれど決して不幸ではない人生にも酔いしれます。
余談ですが、オースター作品には作者の野球好きのシーンが頻繁に出てくるけれど、本作はその最もたる作品だと言え、主人公が後半、自分と実在の野球選手とを重ね合わせるところが、ラストでウィザースプーンとの再会とともに印象的なシーンとなっているが、いずれにしても、イェフーディ師匠の悔やまれる死を無駄にしなかったところが本作の一番の読ませどころで、決してアメリカンドリームではないけれど、アメリカンフリーダムを巧みに描いた佳作だと言えよう。
評価9点。
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