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『サロメ』 原田マハ (文藝春秋)2017.02.28 Tuesday
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物語はサロメの挿絵を描いたが病弱の為に25歳で早死にするオーブリー・ビアスリーとワイルドとの関係を姉のメイベルが語るという方法であるが、途中でワイルドの恋人(男ですが)アルフレッド・ダグラスが登場してからよりドロドロ度というか愛憎ぶりがヒートアップしてきます。
読めばわかるのですが、当初事情があってフランスで発売された『サロメ』、その英語版の翻訳をワイルドから頼まれるところが本作の奥深い部分へのスタート地点であります。
あとはやはりメイベルの嫉妬深さと野望ですよね。果たして弟に対してどれほどの愛情があったのか、単に利用しただけともとれないこともないところが女性の怖さともとれないことはありません。
当時のロンドンとパリとの違いも読者にとっては興味深く、ワイルドの苦しかった晩年を見ると決して充実した人生でもなかったようにも感じられました。作者の史実に基づいた作品を読むと、どこまで本当なのかという気持ちが常にあるのですが、本作に関しては本当であって欲しくないという部分もあり、そう思う気持ちが本作の魅力であり表紙に直結しているのかと感じます。
評価8点。
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『蜂蜜と遠雷』 恩田陸 (幻冬舎)2017.02.23 Thursday
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キャリアの長い作者は独自の恩田ワールドと呼ぶべく作品群を展開しているが、敢えて悪く書かせていただければ風呂敷を広げ過ぎて上手く伏線が回収されていなかったり、幕切れが中途半端であったりとした作品もあったのだけれどそれらを払拭するべく本作は満を持して発売されたと思われる。
わずか10日間ほどのピアノコンクールの世界が描かれているのだけれど、まさに作者の独壇場であり主要登場人物が生き生きと描かれているところが読者に伝わって来て、序盤であれどクライマックス的な描写が後を絶たなくてハイテンションな気持ちを持って読み進めることを余儀なくされる。
文字だけで臨場感をこれだけ出せるとは、まるで読者を映像の世界に連れて行ってくれると言えば言い過ぎでしょうか。
序盤はギフトという言葉に焦点を当てて読んでいたけれど、四人のメイン演奏者の個性が魅力的過ぎてそういうことも忘れました。
そして一次→二次→三次→本線と勝ち進んでいかなければならないので余計にハラハラドキドキします。女性読者にしたらマサルと塵のカッコ良さや亜夜を自分に置き換えたりして読むことが楽しめるのだろうし、男性読者、とりわけ中高年の読者は天才肌の3人よりもどちらかと言えば努力型の明石を応援して読まれた方も多かったのかもしれない、ちなみに私は明石派です(笑)あとはサイドストーリーとして離婚した審査員側のふたりとかの話も面白くてこの作品の魅力を語れば枚挙にいとまがありません。
最後に本当に素晴らしいのは作者の描写力の凄さで、これはコンクールの結果が分かっていても再読してその世界に浸りたいと思われた方も多いと思われます。それは作者が読者の背中を押して励ましてくれているようにも感じられました。まるで登場人物たちが相互的に背中を押しあっているのと同様に思われます。
評価9点。
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『ロゴスの市』 乙川優三郎 (徳間書店)2017.02.16 Thursday
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再読。ビブリアバトル発表用に再読したのであるが、タイムリーなことに島清恋愛文学賞を受賞されたことはファンの一人として喜びこの上ないことである。
ちょうど一年ぶりの再読であったので、おおまかな内容は覚えているものの、初読み時と変わらないぐらいの新鮮な読書に酔いしれることが出来たのは、作品の持つ奥の深さ所以かと感じる。
今回は悠子の心の動きにスポットを当てて読んだけれど、読めば読むほど魅力的に感じた。主人公の弘之が惚れるのも無理のないところであろうか。
ただ、女性としての幸せはどこか掴み損ねているようにも強く感じられた。それ故に余韻の深い読書となったのであろうか。作者の次の作品が待ちどおしい限りであるがその前に向田邦子の作品にも触れたいなと思う。
きっと悠子の面影を浮かべながらの読書となるであろう。
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『松田さんの181日』 平岡陽明 (文藝春秋)2017.02.13 Monday
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表題作とラストが登場人物も繋がっていて(脚本家の寺ちゃんが出ます)どちらも余命短い人と周囲の人との暖かい繋がりを描いていて感動的な作品となっています。この作家の只者ではないところはそれ以外の4編も読ませるところだと感じます。夢を見ることと現実を見ることの大切さを謳っています。
とりわけレッスンプロゴルファーとゴルフ雑誌記者との交友を描いた「床屋とプロゴルファー」、リストラされる側とする側の悲哀を描いています。とりわけ首切りジョージという人の誠意ある行動には驚かされました。どの編も登場人物がキャラ立ちしていて適度にユーモアがありそして泣かせる話。作者のしっかりとした人生観と人間観察の鋭さが文章に乗り移った感が強く、他の作品も手に取ろうと思わずにいられない作家だと感じました。
評価8点
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『サラバ!(下)』 西加奈子 (小学館)2017.02.10 Friday
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圷家の崩壊と再生の話が展開されるのですが何といっても姉の再生が読者にとってはサプライズでそう来たかと思われた読者も多かったのではないでしょうか。そして歩の外見の劣化をも含めた脱落してゆく姿が読者にとっても痛々しいのですが姉弟のいわば逆転現象がとりようによっては爽快ともとれます。
これは作者が主人公に与えた試練であって、自分に溺れてしまった歩は落ちるところまで落ちます。姉のことを素直に話せる2人の男女の友達が恋人になったことを素直に喜んであげれないほどにまでになります。
そして下巻においては二つの大きな感動が待ち受けています。ひとつは物語の謎的な部分ともなっていた父母の離婚の原因が明確にされますが、それを知った男性読者の大半はなんと立派な父親であろうと感服されると思われます。あと一つはヤコブとの再会であって、これは読者の希望が叶ったという感じでしょうか。立派になったヤコブを見て再生しようとする歩が痛々しくもあり微笑ましくもありますが、要するにこの世に生を受けたものは苦楽が詰まった人生が待ち受けているということを読者に伝えたかったのだと思います。
人間っていうのは脆いものですが、本作を読めば多少なりとも逞しくなるエネルギーを注入された気にさせられます。
評価9点。
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『サラバ!(上)』 西加奈子 (小学館)2017.02.09 Thursday
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作者の特徴でもある繊細さと力強さを併せ持った作品であるところは間違いのないところであろうが、読み進めていくうちに読者は歩ほど波乱万丈ではないにしても、自分自身の過去を振り返ることを余儀なくされる。
特に印象的なのはエジプトで別れることとなった親友のヤコブとの邂逅は、歩の人生にとってその後多大な影響を与えることだと容易に想像できるのである。作中でタイトル名ともなっている“サラバ!”という言葉が使われるけれど、“グッドバイ”という意味と“ガンバレ”という相手を鼓舞する意味合いとを併せ持った言葉であるように感じられ心に沁みた。これから歩がどのような成長を示すのか、いかに人生に立ち向かってゆくのか期待しながら下巻に向かいたいなと思う。
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『テミスの求刑』 大門剛明 (中央公論新社)2017.02.03 Friday
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というのも主人公にはどうしても父親の死という辛い過去があるにも関わらずその悲壮感が漂ってこないのだ。作者には滝川と深町をメインに据えた話があるそうですがやはり本作においては田島の存在感は絶大であろう。ストーリー自体は田島検事の逮捕など現実的にはありえないような話ではあるのだろうけれど、冤罪が深いテーマとなっているところはやはり目を背けてはならないところであり、ラスト近くの法廷シーンはかなり読み応えがあって二転三転するところがとってもスリリングである。主人公が弁護士に接触し過ぎているところも気になり、卒なくまとまっているようであって逆に作者にとって課題の残る作品であると言ったら言い過ぎであろうか。
評価7点。
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『i(アイ)』 西加奈子 (ポプラ社)2017.02.01 Wednesday
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タイトル名ともなっているアイはシリア生まれでアメリカ人の父と日本人の母の養女となる主人公の名前でもあり、冒頭の言葉でもあり作中で頻繁に使われるi×i=-1→“この世界にアイは存在しません”という言葉が読者の脳裡に焼き付いて深い読書を強いられるのである。個人的にはタイトル名となっているアイとはアイデンティティのアイとloveのアイとを兼ねていて、主人公であるアイの強烈で魅力的な個性がどのような着地点をつけてくれるかという期待を持って読み進めるのであるけれど、作者は期待以上の着地点を読者に披露し読み終えた後の充実感は他の作家の追随を許さないレベルだと言っても過言ではないであろう。
作者の深遠な世界観にほど遠い読者である私は、日本の高校で親友となるミナと主人公アイとの究極の友情物語として読んでみるときっと何かを掴める読書になるであろうと、これから読まれる若い女性読者にオススメしたいなと思ったりする。本作は手元においてある程度期間を経て再読すればまた新たな発見をすることができるであろう。それはまるで自分自身の成長変化を確かめる行為のようでもある。
評価9点。
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