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『セシルのもくろみ』 唯川恵 (光文社文庫)2017.06.30 Friday
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その要因として二つのことが考えられる。まず、連載が「story」という光文社の40歳ぐらいをターゲットとした月刊誌で、いわば業界内のことを小説化したものでありあまりな内容を書けばイメージダウンを避けることが出来ないであろう点。もう一つは唯川氏以降出てきた女性作家、いわゆるイヤミス系を得意とする面々はもっと人間の弱くて醜い部分の描写に長けていて、読者もそれに慣れていて唯川氏のドロドロ度が低く感じられる点。
ただ本作は文章の読みやすさは他の女性作家よりも一日の長があるように思える。
もちろん、女性の嫌な部分も描写されているが、読み方によってはサクセスストーリーという捉え方も出来爽快感が漂う背中を押してくれる作品であるとも言える。
男性読者の私は、その背中を押してくれる流れとやはり主人公であり専業主婦から雑誌の読者モデル、そしてプロのモデルへと変貌してゆく奈央の人柄と女性的魅力に惹かれて一気に読み切った感が強かったと言える。
それはやはり、少し控えめで容姿的にも飛びぬけていないながらも、現状に満足せず(現状も決して幸せでないことはありません)に前向きに生きて行こうという姿が可愛くもあります。
作者は、女性読者に対してタイトル名ともなっている“もくろみ”を持つように示唆しています。
このもくろみとはやはり前向きに生きる生き甲斐のようなものだ私には感じます。女性読者の心の内に届きやすい作品であると感じます
ドラマでは真木よう子が主人公を演じますが、脇役陣も豪華で楽しみにしてます。
評価8点。
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『ロング・グッドバイ』 レイモンド・チャンドラー著 村上春樹訳 (ハヤカワ文庫)2017.06.30 Friday
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評価:
レイモンド・チャンドラー
早川書房
¥ 1,132
(2010-09-09)
日本名のタイトルは『長いお別れ』(清水俊二訳)で1958年に翻訳され多くのファンの支持を受けてきた(村上氏もこの作品を清水氏の翻訳で楽しんできた)のであるが、今からちょうど10年前に村上氏の手によって新訳完全版として刊行された次第である。
ここで完全版と呼ぶのは、清水氏の訳がかなり原文が省略されたものであるということである。
村上氏が生涯最も影響を受けた三冊(本作以外は「グレート・ギャツビー」と「 カラマーゾフの兄弟」)の作品の内の一冊である本作は、村上氏の手によって選ばれた言葉や表現の古さをリニューアルし、格段と読みやすくなっているように感じられる。
村上氏は現在に至るまで、約70冊余りの翻訳を行っていて(その内私は20冊程度しか読んでいませんが)、小説と翻訳を交互に実施することによって自分自身をリラックスさせ、それにより自身の高みを極める創作活動を行って来たと言えるのである。
そのあたり、本篇のあとのあとがき(解説)約50ページに想いが込められていて圧巻である。
本作の魅力は村上春樹流にフィリップ・マーロウの魅力を十分に発揮できたことと、あとは普段ハードボイルドを読まない人でも入り込めやすい敷居の低さだと思います。
清水訳と両方読んで、清水訳の方が良かったと思われる方がいても不思議じゃなく、それも小説談義のひとつでもあると思われる。
翻訳小説はとりわけ文芸作品においては翻訳者の能力や知名度が読者に与える影響も大きいのだけれど、ミステリにおいてもその例外ではないと思われる。
現に、他の翻訳者が本作を新訳して同じぐらいの読者がつくかは甚だ疑問であり私自身も手に取ってなかったと思われる。
この小説は犯人は誰であったかというより、犯人が誰だったのかというよりも、登場人物それぞれの関係や気持ちを読みとるのが面白い小説である。
とりわけ、マーロウとテリーとの親しくなないのだけれど友情が芽生えます。タイトルの「ロング・グッドバイ」とは、長い 別れに対するさよならではなくて、さよならを中々言い出せない長い時間のことを指していると理解します。
作者のチャンドラーの長編には必ずフィリップ・マーロウが出て来て、その歯に衣着せぬ言い回しはハードボイルド小説における私立探偵の代名詞のようになっている。例えばフィリップマーロウばりのという言葉が沢山の小説で使われています。
本作を読むといかに村上氏 がチャンドラ―の影響を受けたかわかります。まるで村上氏が書いた(訳したではなく)ハードボイルド小説を読んでいる気がする。
小説は色々な楽しみ方があって然りであるけれど、本作の魅力はフィリップ・マーロウが演出する男の美学に尽きる。ギムレットでなくてもいい。ビールでもアルコールをお供にして夜に読んで欲しい。
ちなみにもっともキザなセリフは「アルコールは恋に似ている。最初のキスは魔法のよう、二度目で心を通わせて 、三度目で決まりごとになる。あとはただ服を脱がせるだけだ。」だった(笑)
評価9点。
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『ラジオ・ガガガ』 原田ひ香 (双葉社)2017.06.19 Monday
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六編からなりますが、いずれの主人公も人生において大切なものをラジオから得たり、影響を受けています。
よく言えばテレビよりも直にリスナーに語りかけてくれていて優しく感じられますよね。そう言ったラジオの利点をそれぞれの物語の主人公たちは、良い教訓や心の糧として生かしています。
良い意味で、ラジオを聴くことによって懸命に生きているところが切実に読者に伝わります。
ただ、すべての話が読者の琴線に触れるかは個人差があってしかりだと思われます。
個人的には、ラジオドラマのコンクールに応募し続ける姿を描いた「音にならないラジオ」、夫がM1グランプリのファイナリストの古くからの友人であり、売れない時の彼らに援助していたことがある夫の姿を描いた「昔の相方」あたりでしょうか。
伊集院光やナイナイ、そしてオードリーなど、実在する(した)ラジオ番組をも具体的に言及していて、作者の経歴などを鑑みて、尊大なラジオに対する作者の愛情を感じとりました。本作は作者にとって楽しい執筆であったことは想像に難くありません。
評価8点。
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『風の向こうへ駆け抜けろ』 古内一絵 (小学館)2017.06.15 Thursday
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舞台は寂れた地方競馬で、新人女性ジョッキーの瑞穂が潰れそうな厩舎に配属され、風変わりな面々と出会い最初は戸惑いながらも成長してゆく姿を描いています。
彼女の成長=厩舎の成長ということが読者にとって心地よさこの上ないのであるけれど、一頭の馬との出会いが物語に彩りを添えます。
その馬の名はフレッシュアイという名で、中央競馬をはじき出されたその馬が救世主的存在として厩舎の人達と心を通わせます。
地方競馬の現状や女性ジョッキーの扱われ方など、いろいろと勉強となることもあったのですが、壁に立ち向かって行く姿が清々しいと言えるのでしょう。
途中で厩務員や調教師の視点に代わるところから物語は一層深みが増したような気がします。そして読者は瑞穂はいい馬だけでなく、いい人達と出会ったのだと感じずにはいられませんでした。桜花賞まで出場できたので一応夢は叶ったのかもしれませんが、続編でその夢がどうなったのか楽しみでなりません。新たな試練を乗り越えてゆく瑞樹の姿が目に浮かびます。
評価9点。
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『神様からひと言』 荻原浩 (光文社文庫)2017.06.14 Wednesday
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13年ぶりの再読となる。再読のきっかけとなったのがNHKでのドラマ化であったのであるが、ご存知のように放映中止となったことは残念でならない。
昨年、念願が叶って直木賞作家となった作者がユーモア作家として人気を博していた初期の代表作と言って良い本作。
短気で喧嘩っ早い性分が災いして大手広告代理店を辞め、中堅食品メーカーに中途入社した佐倉涼平だが、新しい会社でもトラブルを起こしお客様相談室へ異動させられる・・・
広告制作会社勤務歴のある作者なので、主人公と作者がオーバーラップされた読者も多いはずです。自身の経験をいかんなく発揮した作品といえるでしょう。
単行本の帯にかつて“会社に人質取られてますか?”という言葉があり、それにドキッとした方も多いと思いますが、内容はそんなに深刻なものではありません。現代社会に起こりうる事を軽妙洒脱な文章で綴ってます。
コメディータッチながらもサラリーマンにとっては、結構真剣に読まざるをえない作品ですが、日頃のストレスの解消には恰好の1冊と言えそうです。
なんといってもお客様相談室のメンバーのキャラが素晴らしい。特に、上司のギャンブル(競艇)狂の篠崎さん、いい味出してます。篠崎さんを主人公とした小説も読んでみたい気になりますよ。
登場人物を自分の身の回りの人間に置き換えて読むだけでもストレスの解消となる本作は、現実では出来そうもない事を主人公がやってくれるので、その過程を楽しめるだけでも読む価値があるでしょう。
普段、“忍耐強く勤めてる人”に是非読んで貰いたい作品です。又、カップ麺やギャンブル好きな人、心して読んで下さい(^O^)
本書を読めば会社内における自分の位置づけや立場を再認識できるかもです。
最後にラストの終わり方もよく、“涼平とリンコの幸せを心から祈って本を閉じた”ことを付け加えておきます。
評価7点。
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